第163話

「……さて」


 呟き、ボルンターの屋敷の庭を見回すレイ。

 周囲はレイとコルド。そしてセトとミナスが行われた戦いにより酷く荒れてはいるが、それでも人死にが出てないのは幸いと言うべきだろう。


(俺やセトはともかく……門の近くに集まっていたチンピラや低ランク冒険者達が興味本位で覗きに来ていなくて運が良かったと言うべきか)


 内心で呟くレイだったが、実は門の近くに集まっていた者達は既にその殆どがこれ以上の騒ぎに巻き込まれるのは御免だとばかりにそれぞれが街の中へと散っており、今も残っているのは極少数のみとなっていた。

 その極少数の者達にしてみても、凶悪とも言える戦闘音が響いてきている以上はそれを見に行くような真似はせずに大人しく門の側で佇んでいたのだ。ただし、その場に残っていた者達の判断は正しかったと言えるだろう。何しろボルンターの屋敷があるのは貴族街であり、雇われた冒険者達が夜の見回りをしているのだから。それも、今夜に限って言えばボルンターの屋敷に多数の冒険者やチンピラが集まっており、そして戦闘音が周囲へと響いている。そうなると見回りをしている者達としてもこの屋敷を気にせずにはいられず、チンピラや低ランク冒険者達が貴族街の中で自由に行動出来るというのを見逃す訳にもいかない。

 よって、ボルンターの屋敷から逃げ散っていった者達のほぼ全ては見回りの冒険者達に捕まって事情を洗いざらい吐かせられることになり、短い者で一晩。色々と余罪のあるような者達はそのまま捕縛されるという結末になるのだった。






「セト、悪いがこの2人の様子を見ていてくれ。意識が戻って何かしそうになったらまた気絶させるなりなんなりすればいい」

「グルゥ」


 気絶しているコルドとミナスの2人を1ヶ所へと纏め、セトへと見張りを頼むとレイは身軽に庭にある樹へと登り――2mを越えるデスサイズを片手で持って――先程自分達が出て来る時に破壊した応接室の壁から応接室の中へと戻る。

 そして応接室の中に入ったレイが見たのはムルトにハルバードを突きつけられて身動きが出来なくなっているボルンターの姿と、どこから出したのかロープで手足を雁字搦めに縛られ気を失い、こちらも身動きが出来なくなっているポストゲーラの姿だった。そのポストゲーラの近くには緑色の宝石のような物が転がっている。


「こっちは片付いたが……何がどうなっている?」

「……レイに言われた通り警戒していたんだが、護衛のあの2人? 2匹? とにかくそいつ等が不利になった瞬間、そこにある宝石を取り出したんでな。気を失わせて縛り上げておいた」

「なるほど。どうやらやっぱりこの手のアイテムを持っていた訳か」


 足下に転がっていた緑色の宝石を拾い上げ、数秒程眺めるがやがてガラハトへと放り投げる。


(まぁ、惜しいと言えば惜しいが……ここにいる者達皆がこの宝石の存在を知っている以上は懐に仕舞い込む訳にもいかないしな)


「恐らくこの宝石を使えば転移するんだろう。それが特定の場所に転移するのか、あるいは使用者の好きな場所に転移するのかは分からないけどな。とにかく、ベスティア帝国の錬金術がどれ程のレベルなのかを確認する為の手段の1つにはなるだろうからポストゲーラや庭で気を失っている2人と一緒にラルクス辺境伯に渡した方がいいな。……連絡は?」

「一応、下働きの者を領主の館に向かわせた」

「……下働きの者を? それで向こうが信じるか?」

「恐らく最初は信じないだろうが、それでもアゾット商会の会頭を勤めている人物の屋敷で働いている者からの連絡だ。最低でも騎士団から数人程度は寄こすだろう。そしてこの現場を見れば嫌でも信じざるを得ない筈だ」


 苦しげにだが、呟くガラハト。ガラハトにしてみれば、自分の兄がレイに殺されるよりは……という理由で今回の騒動を引き起こしたのだ。だがそれが実際に屋敷に来てみればベスティア帝国の手の者が入り込んでいると言う予想外の展開であり、藪を突いて蛇を出すどころかドラゴンが出て来たような思いだろう。


「恐らくアゾット商会は今回の件で最悪潰される。……運が良ければ何とか存続を許されるかもしれないが、それにしても完全にラルクス辺境伯の管理下……いや、支配下に置かれるだろうな。あるいは商会の者以外にしてみればその方が良いのかもしれないが」

「ガラハトさん……」


 ボルンターへとハルバードを突きつけているムルトが心配そうに名前を呟き、続けて何かを言おうとするが、それよりも早く口を開いた者がいた。ムルトにハルバードを突きつけられているボルンターだ。


「ふ、ふざけるな! このギルムの街で武器に関する商売を仕切ってきた儂のアゾット商会が潰されるだと!? ダスカーの若造の管理下に組み込まれるだと!? そんなことはこの儂が決して許さんぞ!」

「……」


 見苦しく叫ぶボルンターへと悲しそうな視線を向けるガラハト。


「大体だな、貴様が儂を会頭の座から引きずり下ろそうと企んだりしなければこのような事態にはならなかったんだ。貴様、ここまで育てて貰った恩を仇で返しおって。はんっ、所詮は下賤の血が流れている妾の子よ。恩を恩とも感じられないとはな」

「……まれ」


 喋っていて、ますます興奮してきたのだろう。ボルンターがガラハトを罵る声は次第に大きくなっていく。


「アゾット商会があるからこそ、このギルムの街は辺境であるにも関わらず冒険者達に対して十分な武器を提供出来ているのだぞ? 明日以降、武器の不足で冒険者が死んだら、それは全てお前のせい……」

「黙れって言ってるんだよ、この糞野郎がぁっ!」


 ムルトの叫びと共に、ハルバードが振り上げられ、そのまま斧の部分をボルンターの顔面目掛けて振り下ろされ……

 ギンッ!

 鋭い金属音がして、斧がボルンターの頭部へと吸い込まれる寸前に受け止められていた。


「よせ、ムルト」


 剣を抜いたガラハトによって。


「何でですか、ガラハトさんっ! こんな屑、生きてても何の価値もありません。食べ物や水の無駄遣いです! こいつ、こいつがこれまでガラハトさんに対して……」

「ムルト。俺はよせと言った。それに兄貴は……」


 そこまで告げ、ハルバードの一撃で命を落とす寸前であった為かさすがに息を呑んで黙り込んでいるボルンターを一瞥してから、一連の出来事をただ黙って眺めているレイへと声を掛ける。


「レイ、確かお前の希望は兄貴から命以外の全てを失わせるだったな。見ての通り今の兄貴は既にどうしようも無くなっている。この先はラルクス辺境伯に捕らえられてこれまでの悪事を洗いざらい吐かせられるだろう。そしてこの先2度と日の光を見ることはない。……いや、最悪情報を全て引き出した後は処刑の可能性もある」

「……だから見逃せ、と?」

「もちろんそれ……」

「はっ、ははははは、あははははは、くははははははっ!」


 レイの言葉にガラハトが何かを言おうとした時、まるでその言葉を遮るような笑い声が応接室の中へと響き渡る。

 狂気すら感じさせるその笑いは、ロープで雁字搦めにされて気絶している筈のポストゲーラの口から吐き出されていた。


「は、は、は……はぁ、笑った笑った。いや、これ程笑わせて貰えるとはさすがの僕も思ってなかったよ。君達、大道芸人の素質があるんじゃないのかい? まさか目が覚めた途端にこんな笑える展開が待ってるとはね」

「……悪いんじゃが、今のどこに笑える要素があったのか教えて貰えんかの?」


 ふざけたことを言ったら、直ぐにでも骨の1本や2本は叩き折る。そんな空気を醸し出しながらブラッソがポストゲーラへと尋ね、その横ではこちらもまたフロンが不愉快そうに視線を向けている。


「だってさ。まさか小さい時に思い込んだ記憶がここまで効果を発揮するなんてね。……ガラハトとか言ったっけ? 君、今まで僕が見てきた中でも最大級の道化師だよ」

「……道化師?」


 小さい時、思い込んだ記憶、ガラハト。それ等の単語を頭の中で並べたレイはボルンターへと鋭い視線を向ける。そう、その単語の連鎖で思い出すべき内容は1つしかなかった。何故ガラハトがボルンターに疎まれながらもアゾット商会から離れなかったのか。その理由を自分は本人から聞いていたのだから。

 そのレイの近くではやはり同様の連想をしたのだろう。ブラッソとフロンの2人も顔を厳しく引き締めている。

 ムルトだけはボルンターに対する怒りを静めるのに必死だったのかポストゲーラの話を聞いている様子は無かったが。


「黙れ! この期に及んで何を言う気だ!」


 自分にとって致命的な何かを言おうとしていると気が付いたのだろう。我に返ったボルンターが怒鳴るが、ロープで雁字搦めにされて口以外は碌に動かせないポストゲーラは笑みを浮かべたまま口を開く。


「ガラハト、よーく思い出してくれ。君がそこにいる人形に対して恩を感じるようになった時の出来事を。君の母親は病気で、それを直す薬を人形が渡した。そうだったよね?」


 人形、と言いつつボルンターへと視線を向けながら話すポストゲーラ。


「……ああ」

「その病気。身体中に緑色の斑点が出来て、強烈な痒みに襲われてただろう? そしてその斑点を掻いた場所に膿のような物が出来て、そこから強烈な腐臭を感じさせる緑色の液体が流れ出てくる。痒みに襲われていた時とは正反対の激痛を発しながら」

『……』


 ポストゲーラの説明する、あまりにも凄惨な病気の内容に思わず眉を顰めるレイ、フロン、ブラッソの3人。


「で、あんた達を嫌悪していたボルンターが薬を持ってきて、その薬を使ったらある程度は回復したけど結局は完治することなく最終的には死亡。……よく考えてみたらさ、それって病気を治したと言うよりも逆に長い時間無理矢理苦しめながら生かしたってことにならないかな?」

「黙れ黙れ黙れぇっ! 貴様如きが何をほざくか!」


 ボルンターから放たれる怒声だが、既にその効果はない。いや、逆にその怒声により我に返ったムルトまでもがポストゲーラの話へと耳を傾けている。


「そして君はその薬を持ってきたそこの人形に恩を感じて、これまで誠心誠意尽くしてきた訳だ。……ねぇ、ガラハト。1つだけ聞くよ? 本当に君はそこの人形が親切心で君に薬を渡したと思うのかい? そして、何故僕が病気の内容をそこまで詳しく知っていると思う?」


 ニタリ、とでも表現出来そうな笑みを浮かべるポストゲーラ。


「ついでに言えば、その小瓶の中身とか調べてみると結構面白いことが分かるかもね」


 次に視線を向けたのは、ボルンターが後生大事に持っていた小瓶だ。捕らえた時に取り上げられて証拠品になるだろうと判断してガラハトが持っていたのだが……


「……兄貴」

「……」

「なぁ、兄貴。こいつの言ってることは……事実なのか?」

「……」


 ガラハトの問いに、沈黙を返すボルンター。

 本来であれば嘘だと言いたいのだろうが、現在ガラハトが決定的な証拠とも言える小瓶を持っている以上は何を言っても無駄だと判断したのだろう。

 そしてガラハトはそんなボルンターの姿を見て真実を悟ったのだろう。何を言うでもなく俯き、無言で時を過ごす。


(最悪の予想だったんだが……まさかドンピシャとはな)


 内心で溜息を吐くレイ。

 ガラハトが何故あれ程兄を慕っていたのか。その理由を聞いた時にまさかとは思ったのだ。だがすぐにそれを否定した。さすがにそこまではやらないだろうという思いもあったが、それよりもそこまでして自分の手駒としたにしては、随分とガラハトに対する扱いが雑と言ってもいいものだったからだ。

 そんなガラハトを眺めつつ、まずは自分の分とばかりにボルンターの方へと歩を進める。


「な、何だ? 貴様、何の為に貴様は儂に近付いてくる?」


 路傍の石でも見るような視線を向けられ、碌でもない目に遭うのだということを理解したのだろう。何とかその場から逃げだそうとするボルンターだったが、次の瞬間……


「がっ!」


 立ち上がろうとした足をムルトの持つハルバードの柄によって掬われ、床へと顔面をぶつける。

 初老にしては鍛えてあるボルンターだからこそ怪我はなかったが、これがもし普通の初老の男であったのなら確実に怪我をしていただろう。そう思わせる程の勢いでボルンターは床へと倒れ込む。


「な、何をするか貴様!」


 起き上がり、睨みつけるが返ってきたのはレイが自分を見ているのと変わらないような、まるで自分を人間としては見ていないようなムルトの視線だ。


「お前はちょっと黙ってろ」


 床へと倒れ込んだボルンターの首元をハルバードの斧の部分で押さえ込み、身動き出来ないようにする。

 そしてそんなボルンターへとゆっくりと近付いていくレイ。


「本当はお前の四肢を毟り取って、目玉を潰し、鼻を削ぎ、耳を斬り飛ばして……とか考えていたんだけどな。お前をラルクス辺境伯に引き渡す以上そんな真似は出来ない」


 いっそ優しいとすら言えるレイのその言葉に、安堵の表情を浮かべるボルンター。しかし、その安堵の表情も次の瞬間には崩れ去る。


「何しろベスティア帝国の錬金術師と取引をしていたんだ。お前からその情報を聞き出す為にラルクス辺境伯がどんな手段に出るのか……考えるまでもないだろう? その時に手足が無かったり目玉が潰されていたりすると尋問官、あるいは拷問官が仕事を出来ないしな?」


 天国から地獄へ。まさにそれを体験したボルンターは、レイが紡ぐ言葉を聞き絶望の表情を浮かべる。

 確かにラルクス辺境伯のダスカーは武人であり汚い真似を嫌う男だ。だが、だからと言って故国を侵略しようとしている国と繋がっている者、あるいは繋がっている可能性が濃厚だと思われる者に対してまで寛容な訳では無い。いや、いっそ武人であるからこそ拷問や尋問は凄惨を極めるだろう。


「どうやら理解したようだな。それと……これはついでだ。取っておけ」


 呟き、魔力を込めて呪文を唱え始める。


『炎よ、汝は永遠の業火。その永遠の苦しみをもたらすものは苦痛の炎。時が巡るその時、汝の宿主に絶望と苦痛の悲鳴を上げさせよ。その業が祓われるその時まで永久に』


 呪文を唱えると共に、柄の先端に炎が現れ、レイの魔力によって1cm程の大きさにまで圧縮される。

 その姿はまさに炎の種。レイが使う魔法の1つでもある『戒めの種』と瓜二つの存在だ。だが、この魔法は違う。制約と引き替えに炎の加護を与えるのではなく、ただひたすらに炎による責め苦を与える拷問用とも言える魔法。毎日日付が変わる時に、これまで犯してきた罪が償われたと炎そのものが認めるまで業火に焼かれるような痛みを対象へともたらす魔法。そして狂いそうになれば強制的に精神を癒し再び苦痛を与えるその魔法の名は……


『断罪の焔』


 その罪を断罪する為の炎が、デスサイズの柄を経由してボルンターの体内へと沈み込んでいくのだった。

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