第135話

「凄い! ここは凄いぞ! いや、どちらかと言えばレイが凄いのか!?」


 いつもの酔っ払った陽気な興奮の声ではなく、一種の鬼気迫るとでも言うような顔付きで持っていた鉱石と思しき物をレイとフロンへと見せつけるブラッソ。その手に抱えられているのは、ほんのりと薄紅色に輝いている鉱石だ。もしレイに魔力を感知する力があったとしたら、相応の火の魔力を感知出来ただろう。だがその能力に乏しいレイはフロンと顔を見合わせてから尋ねる。


「それは?」

「火炎鉱石じゃよ、火炎鉱石!」


 火炎鉱石。その名を聞いて、レイはギルドでブラッソ達に聞かされた内容を思い出す。

 この山にある鉱山。その鉱山で採掘出来ると聞かされていた一種の魔法金属だ。


「それがどうしたんだ? この山にある鉱山で取れるんだろう? それならこの洞窟にあっても不思議じゃないと思うんだが」

「違う! いや、間違ってはいないんだが根本的にち……が…う……?」


 持っていた火炎鉱石を抱え上げ、口を開こうとしたブラッソの動きが止まる。その視線の先にあるのは、大広間の天井から幾本も生えている鍾乳石に、洞窟の奥にあるハニカム構造の壁。


「……ば、馬鹿な。何故こんな所に風石結晶が……それも、こんなに。それにあっちにあるのはエ、エメロスト鉱石……か?」


 唖然とした様に呟くブラッソの様子に、何を言っているのか分からないレイとフロンは首を傾げる。

 それでも、ブラッソが呟いた名前は何らかの金属だろうと判断して久しぶりにゼパイルの記憶から知識を引き出す。


(風石結晶。一年中、止むこと無く風が吹き続ける場所に数百年単位を掛けて生み出される鉱石か。風の魔力が何らかの影響で半ば物質化し、それが溶けて鍾乳石のように天井から生えてくる。武器や防具といったマジックアイテムの材料や、錬金術の材料として非常に有用。……なるほど。ようはお宝な訳だ)


 内心で呟き、天井からぶら下がっている鍾乳石……否、風石結晶へと視線を向ける。作られるのに数百年単位も掛かるのなら、それは確かに滅多に拝める物では無いだろうと。

 次に視線を向けたのは、ハーピー達が巣として使っていただろうハニカム構造の壁だ。


(エメロスト鉱石。自然に満ちている魔力を吸収し、それを触れている者に分け与える稀少鉱石。……へぇ。確かにこれは凄い。ようは身につけているだけで魔力の回復速度が高まる訳か。ハーピー達が巣にしていたのも当然と考えるべきだろうな)


「なるほど、風石結晶にエメロスト鉱石か。師匠から聞いたことはあったが、実際にこの目で見るのは初めてだな」


 感心したように呟くレイに、フロンが視線を向けてくる。


「知ってるのか?」

「話だけだがな」


 フロンの言葉に頷き、ゼパイルの記憶から引き出した知識を説明する。

 その説明を聞いたフロンは、感心したようにその2つの鉱石を眺めていた。

 てっきり狂喜乱舞……とまではいかないにしろ、もっと喜ぶと思っていたレイは多少拍子抜けしたように口を開く。


「もっと喜ぶと思ったんだがな」

「いや、確かに凄いとは思うが……別に俺達の物になるわけじゃないしなぁ」

「え? 違うのか?」


 何気なく呟かれたフロンの言葉に、思わず聞き返すレイ。それに対して、フロンはそれに当然とばかりに頷く。


「そりゃそうだろ。この山自体がラルクス辺境伯の持ち物だぞ? 今回ハーピー討伐に来る原因になったあの鉱山を含めて……な。そんな領主の持ち物である山から貴重なお宝を掠め取ってみろ。それが知られた時にどんな目に遭うか。ただでさえラルクス辺境伯の治めている領地は文字通りの意味で辺境なんだ。そんな所で私利私欲に走ったら、いくら領主が真っ当な貴族だとは言っても……いや真っ当な貴族だからこそ、その辺は厳しく取り締まる筈だ」

「……そう言うものか」

「ああ。せめてこの山に鉱山が無い、完全に誰の手も入ってない山だったら話は別だったんだがな。……だから! ブラッソに関しても、その手に持ってる火炎鉱石を盗もうなんて思うんじゃないぞ!」


 フロンのその声に、風石結晶とエメロスト鉱石に目を奪われていたブラッソがビクリとする。


(こいつ、あわよくばとか思ってたんだろうな)


 ブラッソが大事そうに抱えている火炎鉱石へと視線を向け、その慌てた様子に思わず苦笑を浮かべるレイ。


「べ、別にそんなことは思っとらんわい! そ、それよりもじゃ。この火炎鉱石は凄いぞ。周囲にある鉱石の類も含めて調べてみたんじゃが、恐らくこの火炎鉱石は昨日生成されたばかりの代物なんじゃ」

「昨日?」


 その言葉を聞き、フロンはレイへと視線を向けてくる。

 それもそうだろう。火炎鉱石と言うのは炎の魔力が鉱石に封じ込められた代物なのだ。そして生成されたのが昨日。そうなると思いつくのは1つしかない。

 フロンの視線に押されるようにして口を開くレイ。


「それはつまり……昨日の俺の魔法でその火炎鉱石が生成されたと?」


 出来れば外れててくれ。そんな風に思いつつ尋ねたレイだったが、ブラッソは当然とばかりに頷いてみせる。


「それ以外にないじゃろう。儂は魔力についてはそれ程詳しくはないが、恐らくレイが昨日この洞窟に叩き込んだ魔法は桁外れの炎の魔力を持っていたんじゃろうな。それが偶然に何らかの作用によって鉱石に封じ込められてこの火炎鉱石が作られることになった」

「……つまり、レイがいれば幾らでも火炎鉱石を作れると?」


 レイ自身も感じた疑問をフロンが口に出すが、ブラッソは小さく首を振る。


「今も言ったように、確かにこの火炎鉱石が出来たのはレイの魔法が原因じゃろう。じゃが、あくまでも原因の1つでしかない。幾つもの偶発的な要素が積み重なってこそじゃ」

「となると、俺がもう1度昨夜のような魔法を使っても火炎鉱石は出来ないってことか?」

「恐らくじゃが、な。ただし少しでも魔法金属に知識のある者が見れば、この火炎鉱石がごく最近生成されたというのは分かるじゃろう。となると、その原因として上げられるのは当然ここにいたハーピーの討伐を受けた儂等であり……その中でも魔法が使えるのはレイだけじゃというのもギルドで調べればすぐに分かる。……うーむ、困ったのう」


(つまり、下手をすれば俺が延々と火炎鉱石を生み出す為に捕らえられる可能性もあるって訳か。そうなると……)


「妙な騒動になる前に、一度ラルクス辺境伯に会って説明をしておいた方がいいかもしれないな」

「いや、それは確かにそうなんじゃが……伝手があるのか? 領主に面会したいと言って、すぐに面会出来ないというのは分かるじゃろう?」


 髭の生えた顎を撫でながらブラッソが溜息を吐く。

 だが、そんなブラッソに向かってレイは笑みを浮かべながら頷く。何しろ領主からはダンジョンの件で指名依頼を受けたのだから、一応の面識はあるのだ。


「恐らくだがな。とにかくなるべく早くギルムの街に戻って領主と話をつけた方がいいだろう。……ハーピーからの素材剥ぎ取りに関しては……」

「お前のアイテムボックスに入っていれば腐ることはないんだろう? なら今はなるべく早くそっちの問題を片付けた方がいいだろうな」

「いいのか?」

「なに、別にレイだけの為って訳じゃない。確かに火炎鉱石を作ったのはレイの魔法が原因かもしれないが、だからと言って一緒に依頼を受けた俺達が面倒事に巻き込まれないとも限らないからな」


 フロンの言葉にブラッソもまた頷く。


「そうじゃな。腐るのなら素材の剥ぎ取りを早くした方がいいじゃろうが、今はこっちの件を早めにどうにかしておいた方がいい。欲の皮の張った馬鹿な奴等にしてみれば、火炎鉱石を自由自在に作り出せるかもしれないというだけでレイをどうにかするには十分な理由じゃからな」


 欲の皮の張った馬鹿な奴等。その言葉でレイの脳裏にボルンターの顔が思い浮かんだ。


(とは言え、あそこまで脅したんだ。そうそう馬鹿な真似はしないと思うが……な)


 あそこまで脅され、それでも自分に干渉してくると言うのなら、それはそれで見事と言ってもいいだろう。次は無いと宣言された上での行動であると考えれば、己が命を賭けての行動だろう。そう思いつつブラッソの持っている火炎鉱石へと手を伸ばす。


「ラルクス辺境伯に会うにしても、何らかの証拠が必要だろう。これを持っていくとするか」

「む? ……うむ。まぁ、しょうがないのう」


 渋々といった様子でブラッソが差し出した、薄紅色に輝いている火炎鉱石へと手を触れミスティリングの中へと収納する。


「じゃあ、さっさと山を下りるか。……いや、俺がセトに乗って先に行くってのもありなのか?」


 エメロスト鉱石の近くにある、外へと続いている出口へと視線を向けて呟く。

 だがその言葉に首を振ったのはフロンだった。


「確かに1分1秒を争うのならそれもいいかもしれないが、今はそこまで急ぐ必要はない。何しろ今の所この洞窟を知っているのは俺達だけなんだからな。それなら、セトがいなくて山を下りる時にモンスターの襲撃を撃退しないといけなくなる分時間が掛かるから一緒に行った方がいい。どのみちこれからギルムの街まで戻れば、夕方前には着くだろうし」

「そうじゃな、儂としてもそうしてくれれば助かる。……あるいは、セトが儂等3人全員を運べれば最良なんじゃが……」


 ブラッソの、どこか期待したような問いに首を横に振る。


「いや、基本的にセトに乗れるのは1人、頑張っても軽めで小柄な人物が2人って所だ」


 そう言い、ブラッソとフロンの2人へと視線を向ける。

 ブラッソは問答無用で却下だ。ドワーフ族特有の筋肉にマジックアイテムの巨大なハンマーである地揺れの槌。

 武器の重さで言えばデスサイズの方が圧倒的に上なのだが、同じ魔獣術で生み出されたという影響もあるのかセトにとってデスサイズはレイと同じ程……とまではいかないが、それでも幾らか重量軽減の効果を受けているらしく、それ程重くは感じていないらしいので問題はなかったりする。

 フロンに関して言えば、レイより多少背が高く身長170cm程で戦士だけあって筋肉もそれなりについている。そしてその皮鎧は補強として金属が使われている箇所もありそれなりの重量がある。

 そんな2人を少し観察し……小さく首を振るレイ。


「無理だな」

「儂はともかく、フロンもか? ……あぁ、それだけ体重がぐがっ!」


 最後まで言わせることなく、ブラッソの脳天にフロンの持っていた剣が素早く振り下ろされて悲鳴を上げる。

 幸いなのは剣が鞘に収まっていたことだろう。もし鞘から抜かれていたのなら、今頃はブラッソの身体は左右に分断されていた筈だ。それ程の勢いを持った一撃だった。


「ぐっ、ぐが……な、いきなり何をするん……じゃ……」


 怒声と共に背後へと振り向いたブラッソだったが、そこにいたのは自分よりも尚怒気に満ちた表情を浮かべているフロンだった。その様子にブラッソの怒気は瞬時に消え失せる。


「ブラッソ。女に体重のことを言うとはいい度胸をしているな。いや、さすがにドワーフ族の勇者だ。世界中の女の怒りをその身に受けてみるとか、そんな勇気はお前くらいしか持って無いだろう」

「い、いや。別に儂はそんなつもりは……」


 チラ、チラ、と助けを求めるようにレイへと視線を向けてくるブラッソだったが、フロンの怒気をその目にしたレイはそっと視線を逸らして救援要請をやり過ごすのだった。






「……そろそろいいか?」


 ブラッソへの仕置きを完了して、ある程度落ち着きを取り戻したフロンへと声を掛ける。

 それでもやはりどこか慎重な様子で声を掛けたのは、それだけ体重のことに関して話された時のフロンが怒りに満ちていたからだろう。


「……ああ、そうだな。お仕置きは取りあえずこの程度でいいだろう。残りはこの件が終わってからゆっくり、じっくり、たっぷりとその身にデリカシーという言葉と共に刻み込んでやるからな」


(まだ足りないのか)


 グロッキー状態になっているブラッソへと気の毒そうな視線を向け、それでも関わると自分にも不幸が訪れると理解しているのか特に何を言うでもなく2人と共に洞窟から出ていく。


「グルルゥ?」


 洞窟の外でモンスターの襲撃を警戒していたセトが、洞窟から出て来た3人を見て嬉しそうに喉を鳴らして近付いてくる。


「特に異常はなかったみたいだな」


 そんなセトの頭を撫でながら、ブラッソへの仕置きから気分を逸らすようにそう告げる。

 実際に洞窟の外には新しいモンスターの死骸も無く、セト自身がどこか退屈しているような様子を見せていたことからもそれは明らかだったのだろう。


「セト、予定がちょっと変わった。ハーピーから素材の剥ぎ取りをするんじゃなくて、まずはギルムの街でラルクス辺境伯に会わなきゃいけない用事が出来たんだ」

「グルゥ?」


 首を傾げているセトへ、洞窟の内部で火炎鉱石が見つかったこと。そしてその火炎鉱石は昨夜のレイが放った魔法が原因で作られたことを話す。


「だから、このままだと欲の皮の突っ張った奴にちょっかいを出される可能性があるからな。そうなる前に今回の件はあくまでも偶然だって言っておかないといけない。幸い、鉱石に詳しいドワーフもいることだしな」


 洞窟から出て、ようやく復調しつつあるブラッソへと視線を向けてそう告げるのだった。

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