第133話

 山の頂。そこからは東の空から昇ってくる太陽が見えていた。

 その太陽に照らされ、死闘……と言うには一方的な奇襲の結果が明らかになってくる。

 草木が殆ど生えていない、山の頂上付近にある洞窟。その周辺一帯には黒く焦げた砂のような物が至る所に散らばっている。

 洞窟の中へと多数の火球を叩き込まれ、眠っている場所から何とか逃げだした20匹を越えるハーピー達。突然の奇襲による混乱と怒りでレイ達に襲い掛かってきたそんなハーピー達を相手にレイが使った大規模魔法『舞い踊る炎』により、消し炭と化した死体が地面へと落下した衝撃で砕け散ったものだ。

 本来であればランクDモンスターなので、戦闘力自体はランクCパーティである砕きし戦士の2人よりも落ちる。そしてそれはレイとセトという規格外の1人と1匹に対しても同様であり、その結果が目の前に広がっていた。


「……明るくなってきたな」


 朝日が差してきた影響で見やすくなった周囲の様子を眺めながらフロンが呟く。


「うむ。……取りあえず、素材を剥いでから寝るとしよう。出来ればこのまま眠りたい所じゃが、その間に血の臭いに惹かれて他のモンスターがハーピーを食い荒らしては元も子もないからのう」


 溜息を吐きつつ、自分が地揺れの槌で叩き潰したハーピーを見ながらブラッソが呟く。

 夜の奇襲自体は殆ど苦労せずに成功したのだが、まだ周囲が闇に包まれており、ハーピーの血の臭いが周囲に漂っている中で他のモンスターの襲撃を警戒しなければいけない以上は休む訳にもいかなかったのだ。

 また、同時に可能性は低いがハーピーの生き残りがどこかに隠れている可能性もある。基本的にそれ程高ランクモンスターと言う訳でもないので群れてさえいなければ脅威となる訳ではないのだが、それでも空を飛べるというのはそれだけで大きなアドバンテージである以上は警戒してしすぎるということはなかった。

 奇襲を仕掛けに来た自分達が奇襲を受けると言うような間抜けな真似をしない為にも。


「……早く酒を飲みたいのぅ」


 面倒臭そうに周囲を見回すブラッソへと、デスサイズの柄の部分を肩に乗せながらレイが口を開く。


「それなら、取りあえずハーピーの死体については俺のミスティリングに入れておくか? それで一休みしてから改めて素材やら討伐証明部位やら魔石やらを剥ぎ取ればいいんだし」


 そんなレイの言葉に、その手があったとばかりに髭面に笑みを浮かべるブラッソ。フロンもまた昨日の午後に休んではいるが、徹夜はそれなりにきつかったのだろう。笑みを浮かべて口を開く。


「そうだな。さすがに寝不足のまま素材を剥ぎ取ったりして、その隙を他のモンスターに襲われたりしたら洒落にもならないからな。俺はレイの意見に賛成だ」

「もちろん儂としても文句はないぞ」


 結局はそういうことになり、最初の奇襲で倒した3匹と、洞窟から脱出した中でもレイの魔法により焼き尽くされる前に倒したハーピーの死体を集め、それをレイが順番にミスティリングへと収納していく。

 幸いだったのは戦いが終了してからある程度時間が経っていたことだろう。その間に自然と血抜きがされたものが多く、流れ出た血でレイが汚れるというようなことはなかった。

 そして全部で10匹程のハーピーの死体をミスティリングへと収納し終えると、ようやく3人は安堵の息を吐く。


「グルルルルルルゥ」


 そんな3人を見ながら、セトもまた猫がするように背伸びをしているのだった。


「さて、じゃあ取りあえずはさっさとここを移動するか。洞窟の中の様子に関しては起きてからで構わんじゃろう」

「……いいのか?」


 休憩する前に確認しておくべきではないか? との意味を込めて尋ねたレイだったが、ブラッソは地揺れの槌を慣れた様子で肩に担ぎながら問題無いと頷く。


「そもそも、レイの使ったあの炎の魔法。あの威力を見るに巣の中で生き残ったのは儂等に襲い掛かってきた奴等が精々じゃろう。あるいは本当に運良く、たまたま何らかの原因で生き残って儂等に襲撃を仕掛けてこなかったハーピーもいるかもしれんが……そんな幸運を得ることが出来たのは、いてもほんの数匹じゃろうて」

「だろうな。少なくても俺ならあんな炎の中で生きていられるとは思えないし」


 ブラッソの言葉にフロンもまた同様だと頷きを返す。


「いやまぁ、今回の依頼はお前達砕きし戦士が受けた依頼で、俺はあくまでも臨時のパーティメンバーという扱いだからそれならそれで構わないが……」

「そういうことじゃ。ほれ、とっととここから離れるぞい。血の臭いに酔ってセトがいようとも襲ってくる奴が出てこないとも限らんからな」


 レイの腕を引っ張り、自分達が隠れていた茂みの方へと向かう。

 その後をフロンとセトも追いかけ、やがて木々に囲まれていながらもそれなりに開けている場所へと辿り着く。


「さて、休むぞ。起きたら色々と忙しくなるから、お主等もきちんと休んでおくようにな。見張りに関してはセトに任せておけばいいんじゃな?」


 ここまでの旅路で、セトについての話を聞いていたブラッソの言葉にレイが頷くと、それを見るや否や近くに生えていた木の幹へと寄り掛かり目を瞑って眠りへと落ちていく。


「……」


 その眠りに就く早さにレイが唖然としていると、既に慣れた様子でフロンもまた近くにある木の幹へと寄り掛かる。


「冒険者ってのは寝るのも1つの仕事だ。ブラッソみたいに数秒で眠れるっていうのも1つの資質だな。起きたら忙しくなるのは間違い無いんだから、お前も早く寝て体力を回復させておけよ」


 呟き、フロンもまた目を瞑ってから数分もしないうちに眠りに落ちるのだった。

 それでもブラッソにしろフロンにしろ、自分の武器を握りながら眠っているのはやはり冒険者といった所だろう。危険を察知した場合はすぐさま対応出来るようにしてあるのだ。


「……そうだな、俺も寝るか。セト、見張りは頼むな」

「グルルゥ」


 基本的に人間のように睡眠時間を取らなくてもいいセトは、こんな時にはうってつけの見張りだった。よく街中でレイを待っていたりする時や夕暮れの小麦亭の厩舎では眠ったりしているが、それはあくまでも一種の娯楽としての眠りであり、セト自身は数日に数時間程度の睡眠で十分なのだ。

 そんなセトの頭を撫で、ミスティリングから今回の依頼開始前にギルムの街で煮込み料理を買った時におまけで貰ったパンを数個程与え、ブラッソとフロンと同様に近くにある木の幹へと寄りかかって目を瞑る。

 手の中にあるデスサイズの柄を確認し、襲撃があった場合はすぐにでも対処出来るようにし……10分程経つと自然とレイは眠りに落ちるのだった。


「グルゥ」


 そんなレイへと視線を向け、自分の大好きな相棒の眠りを妨げないように渡されたパンを頬張って地面へと寝転がり、目を瞑るセト。

 モンスターの中には、以前ダンジョンに行く途中で遭遇したカマキリの様に一種の光学迷彩を使って姿を消すものもいる。また、そこまで完璧ではなくても特定の昆虫がやるように擬態をするものもいる。木々が生い茂り、視界が効きにくい山の中では視覚よりも聴覚や嗅覚の方が効果的だと本能で悟っているのだ。そして……


「……っ!」


 音もなく立ち上がり、そのまま跳躍。茂みの中からレイ達の様子を覗いていたゴブリンの頭部へとその鷲爪を振り下ろす。

 ゴキャッ、というゴブリンの頭部が破裂するような音が周囲に響き、その音でレイ達が起きていないのを確認してからゴブリンの死体をそのままに元の場所に戻り、再び寝そべって目を瞑る。


「……」


 いつも自分を撫でてくれている優しい相棒。その身を危険から守る為ならどんな危険に身を晒そうとも平気だった。そんな状態で山の中で寝転がって目を瞑り、音や匂い、あるいは気配といったもので近付いてくるモンスターを警戒するセト。

 幸い、最初に倒したゴブリンの他は特にこれといったモンスターが来ることなく――セトの気配を察知して殆どのモンスターが避けた――数時間程して3人ともそれぞれ目を覚ますのだった。






「……ん……」


 急速に意識が覚醒していく感覚。それに従って目を開けたレイは、近くで焚き火をしているブラッソの姿を見つける。


「む? 目が覚めたか。丁度いい時に起きたな。アイテムボックスから何か出してくれぬか? 出来れば酒……」


 笑みを浮かべてそう言いかけたブラッソの後頭部に、茂みの奥から飛んできた枯れ木が命中する。

 枯れ木の速度とブラッソのドワーフ特有の石頭。その2つがぶつかり合った結果、枯れ木は真っ二つに折れることになるのだった。


「馬鹿なことを言ってんじゃねぇ。ったく、ちょっと目を離すとこれだ。街に着くまでとは言わないが、せめて山から下りるまでは我慢しろよな」


 茂みの中から現れたのは、言うまでも無くブラッソの相棒。砕きし戦士のもう1人のメンバーであるフロンの姿だった。


「ほら、これで顔でも拭け」


 そう言いながらフロンが放り投げてきた濡れた布を受け取り、その冷たさに思わず眉を動かすレイ。

 既に秋という関係上、周囲の気温はダンジョンに行っていた時と比べると驚く程に寒い。それは今いるのが山の頂上付近であると言うのも関係しているのだろうが、それでも水の冷たさは予想以上だったのだ。


(と言うか、この寒さの中で数時間程度眠ってたのに……よく風邪を引かなかったな。ゼパイルの作ってくれた肉体の性能に感謝って所か)


 内心で呟き、ブラッソの方を見る。ドワーフだから恐らく通常の人間よりも頑丈なのだろう。見た目的にもそんな感じなのだし。


(しかし……)


 次にフロンへと視線を向ける。

 確かに女としては背が高いし、体格も戦士だけに頑丈な方だろう。だがそれでも、普通の人間である以上はこの寒さが平気だったとは思えないのだが……


(まぁ、異世界だしウィルスやら何やらに対する抵抗力は高いんだろうな)


 フロンに放り投げられた濡れた布で顔を拭きつつ焚き火の方へと移動する。


「あぁ、レイ。小さい鍋か何か無いか? 少し離れた場所に川があったからな。水を汲んできてお湯でも飲んで身体を暖め……」


 そう言いかけたフロンだったが、すぐに首を振る。

 無言でレイが鍋を取り出したからだ。それも、フロンが考えていたような水やお湯ではなく出来たての野菜スープがたっぷりと入っている鍋を。

 それは昨夜食べた煮込み料理とは違う鍋でありながらも、周囲へと野菜スープ特有の甘みのある匂いを漂わせて食欲を掻き立てる。


「ん? どうした、フロン? ほら、取りあえず秋の山で冷えるんだから少しこれでも飲んで暖まれ」


 アイテムボックスの特徴である、内部に収納されている間は時の流れが止まっているという効果もあり、差し出されたカップに入っている野菜スープは出来たての熱々で湯気が漂っていた。

 苦笑を浮かべながらそのカップとスプーンを受け取るフロン。

 そのまま、スプーンで野菜を掬って口へと運ぶ。


「あぁ……美味い」

「うむ。出来れば酒があればよかったのじゃが、これはこれでなかなかじゃ。特に野菜の甘みと、ベーコンの塩分がいい具合に……」


 ブラッソもまた美味そうに髭面に笑みを浮かべながらもスープを飲み、具であるベーコンや野菜を口へと運んでいる。


「にしてもだな。こうしてレイの持っているアイテムボックスの便利さを考えると、今回の依頼が終わった後にブラッソと2人だけのパーティでやってけるか?」

「一度便利な物に慣れたら、それを元の水準に戻すのは難しいとは良く言われることじゃしな」

「まぁ、今回みたいにたまに組むのなら問題無いさ。何か手を焼く依頼があったら手を貸すしな」

「……それは、やはり砕きし戦士に参加はしないと考えてよいのか?」


 レイの言葉にブラッソが野菜スープを飲む手を止めて視線を向けてくる。

 その視線を正面から受け止め、こちらも野菜スープを飲む手を止めて小さく頷くレイ。


「ああ。色々と考えたが、やっぱり俺にはソロが向いている。……いずれはパーティを組まないとやっていけないと言うのは分かるが、行けるところまではソロで行ってみたい。それに……」


 呟き、自分の近くで嬉しそうに野菜スープの入った大きめの食器にクチバシを突っ込んでいるセトの背を撫でるレイ。


「何度か言ったが、ソロとは言っても俺にはセトがいる。こいつがどれ程の能力を持っているのかはブラッソも実感しているだろう?」

「うむ。それは……な」


 レイの言葉に頷くブラッソ。

 何しろ数時間程度とは言っても見張りを完全に任せきってぐっすりと眠れるのだから、その点は非常に心強い。ソロであることの難点の1つが、パーティのように交代で睡眠を取ることが出来ないというものがある。だが、セトがいればそんな心配は確かに無用なのだ。……それどころか、下手な相手とパーティを組むよりもずっと安心して背中を任せられるだろう。

 今回のハーピー討伐依頼で、セトの能力とどれだけレイに懐いているのかを実際にその目で見たブラッソにしてみれば、そう言われると頷くしか無かった。


「そう、か。残念じゃがそれもしょうがないのう。じゃが、よいか。もし何かあったら儂等に言うんじゃぞ。お主のような腕の立つ若者が減るのはつまらんからな」

「へっ、折角これで楽に依頼をこなせるようになると思ったのにな」


 しみじみと呟くブラッソに、どこか無理をしているように悪態を吐くフロン。そんな2人の様子に、思わず笑みを浮かべつつ再び野菜スープを口へと運ぶレイだった。

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