第81話

 木の洞の中でそれぞれがローブやマント、あるいはレイがミスティリングから出した毛布を掛けて眠っていた。一応寝袋の類もあったのだが、ダンジョンの中で、尚且つグリフォンであるセトが警戒しているといってもいつ戦闘になるか分からない以上、いざという時とっさに身動きが出来ない寝袋を使うのは拙いとのエレーナの指摘によりこのような形になったのだった。

 また当初はエレーナが雑魚寝をするというのに反対をしていたキュステだったが、これもまた同様に言い負かされて不承不承ではあるが納得することになっていた。

 そして周囲で皆が眠っている中、やがて外で見張りをしていたヴェルが中に入ってきてレイへと近付く。


「レイ、起きてるか?」


 周囲で眠っている者達を起こさないように配慮してか、小声で呼びかけるヴェル。


「ん? ……ああ、見張りの交代か?」

「そうだ。もう夜明けも近くなってるからそうそう敵襲とかはないと思うが、逆に考えれば一番油断しやすい時間帯でもあるからな。頼む」


 やはり眠いのか欠伸をしながらそう告げてくるヴェルへと頷き、入れ替わるようにして外へと出る。

 そこで見たのは10匹程のゴブリンの死体の山。そしてその隣には昼間に森の中で襲われたウォーターモンキーの死体も数匹存在していた。

 レイより前の見張りの時に襲い掛かってきて撃退されたモンスター達だ。


「グルルルゥ」


 その死体へと目を向けていると、つい先程までは木の洞の側で寝転がっていたセトがゆっくりと身を起こしてレイへと近付く。


「腹でも減ったのか?」

「グルゥ」


 レイの問いに、喉の奥で鳴き空腹を訴えるセト。その様子に苦笑しながらも、どうせならということで腰のミスリルナイフを取り出してゴブリンの死骸の山の隣にあったウォーターモンキーを解体していく。まずは討伐証明部位でもある右耳を切り取り、死んだ為に既に水を纏っていない毛皮を剥ぐ。さすがに素材の剥ぎ取りにも慣れてきたのか、その作業は戸惑うといったことはなくスムーズに進んでいく。剥ぎ取った毛皮はミスティリングへと収納し、四肢や頭部、尻尾を切り取って内臓を取り除く。その後は少し離れた場所に穴を掘って内臓や頭部を埋めて準備は完了した。


「と、その前に……セト」


 セトへと呼びかけ、ウォーターモンキーの心臓から取り出した魔石をセトへと差し出す。


「グルゥ!」


 魔石をクチバシで咥えて一息で飲み込むが……


「駄目か」

「グルゥ……」


 残念ながらスキルの習得は出来ずに1人と1匹で多少落ち込む。

 その後は早く焼けるように一口サイズに切られたウォーターモンキーの肉を木の枝で刺して焚き火の側の地面へと突き刺す。

 焚き火で徐々に焼き上げられていく肉が食欲を掻き立てる匂いを周囲へと漂わせ、セトは喉をグルグルと鳴らして串焼きが完成するのを待ち侘びる。

 夜の森の中でレイ達のいる場所だけがどこか長閑に時間が過ぎていくのだった。


「ほら、熱いぞ」


 焼けたウォーターモンキーの串焼きにミスティリングから出した塩を少量振り、皿代わりの大きめな木の葉の上へと載せてセトの前へと差し出すと待ってましたとばかりに前足で串を押さえてクチバシで肉を抜き取っては喉を鳴らしながら口の中へと放り込んでいくセト。

 その様子を見ながらレイも焚き火の側に突き刺さっている串焼きを1本取って塩と胡椒を振って口へと運ぶ。

 分類的には猿なのだが、モンスターの為かそれ程に臭みの無い肉をセトと共に食べ終えると、そこからは特に口を開くでもなくただじっとセトと共に夜が過ぎていくのを待つだけだった。

 パチッ、パチッという焚き火の音を聞きながら偶に薪を放り込んで火の勢いを保つ。

 あるいはミスティリングから鍋と水、茶葉を取り出して見よう見真似で淹れたお茶をセトと共に飲む。

 そうしてゆっくりと夜が過ぎていき、東の方から僅かに明かりが差して来た頃……レイはふとその振動に気が付いた。


「……なんだ? 今、揺れたような……」


 レイが呟くと、再び身体が僅かに揺れる感覚を覚える。微かに聞こえて来るズシン、ズシンという音。そしてその音は次第に大きくなってきており、それに比例するように振動も強くなっていく。


(この規則的な音から考えて、何らかのモンスターの足音か?)


 内心で考えつつも出来れば自分達の方へと向かってこないで欲しいとも思ったのだが、足音は遠ざかること無く近づいて来ている。


「足音の規則性から考えて数は1匹だろうが、その大きさも想像出来るな」


 チラリと木の洞の方へと視線を向ける。


「ここで迎え撃つのは危険だな。となると打って出るのがいいか。セト、出るぞ」

「グルゥッ!」


 セトへとそう声を掛け、木の洞へと入っていき取りあえず一番近くにいたアーラを蹴り起こす。


「んあ? なんでふかぁ?」

「起きろ、アーラ。敵だ」

「敵? 敵って……敵!?」


 さすがに騎士と言うべきか、敵という単語には即座に反応するアーラ。目を擦りながらも近くに置いてあった剣の鞘へと手を伸ばす。

 そしてここまで騒いでいれば周囲で眠っていた者達も異変に気が付いたのか、エレーナ達ももぞもぞと動き出していた。


「かなり大きいモンスターらしいから、引きつけてから戦うとここにも被害が来かねない。セトと共に打って出るから、周辺の警戒をしてくれ。頼んだぞ」

「あ、ちょっ、レイ殿!?」


 アーラの声を背に、足音が聞こえて来る方へと視線を向ける。ズシン、ズシンという音は次第に近づいて来ており、足音の目的地が自分達であると判断するのはそう難しくは無かった。

 夜営の見張りということで出しておいたデスサイズを手に取り、音のしてくる方向へと向かって走り始める。その横を黙ってついてくるセト。

 一瞬、セトに乗って上空から敵の姿を探すという方法も考えたレイだったが、何しろ森の中だ。木々が生い茂っており尚且つ太陽らしき存在も半ば以上が隠れている状態なので上空から見つけるのは無理だと判断した。

 そのまま走り始めて数分。ほんの数分で足音を立てて自分達が夜営をしている方へと向かっている存在と遭遇する。


「ガアアアァァァァッ!」


 レイとセトを見た瞬間、その大きな口を開けて威嚇の声を上げるその存在。

 身長は最低5mを超え、全体的に緑色の皮膚を持っているのはゴブリン系統のモンスターだからだろう。だが、その身に秘めているのは圧倒的なまでに凝縮された筋肉の束。そして手に持っているのは生えていた木をそのまま抜いた棍棒。顔は口から牙が生えており、その凶悪で尚且つ醜悪な相貌をより強調している。そんな目の前にいる存在をレイは本で読んで知っていた。即ち。


「オーガ、か」


 ゴブリンの系統とは言っても、凶暴さや危険度。そしてその強さはランクFのゴブリンとは比べものにならない。だからこそランクCという高ランクモンスターとされているのだから。

 身長が165cm程度と男としては小柄な部類に入るレイと向かい合うと、その大きさはほぼ3倍近くもありレイの頭部はオーガの膝付近までしか届いていない。そんなレイを見ながら取りあえず潰してから食えばいいとばかりに棍棒を振り上げるオーガ。

 だが、オーガは知らなかった。レイという存在を。もしレイの能力を知っていたとしたらここまでおざなりな対応を取らずに、最初から全身全霊の力を込めてその棍棒を振るっていただろう。

 しかしその圧倒的な身体能力とは裏腹に知能の低いオーガは、見かけだけでレイを取るに足らない存在だと決め付けたのだ。

 轟っ!

 触れる物全てを破壊するかのような勢いで振り下ろされた棍棒。技というものを少しも考えられていない一撃ではあるが、筋力だけで振るわれたその攻撃は確かに凶悪な破壊力を秘めた一撃だった。……そう、当たりさえすれば。


「そんな見え見えの攻撃を食らうか!」


 後方へと跳躍し、オーガによって振るわれた棍棒が地面へと小さいながらもクレーターを作ったのを見ながらあからさまに見下した視線と言葉で挑発するレイ。

 人間の言葉を理解出来ないオーガだが、それでも相手が自分へと悪意を持っているというのは十分に理解できた。そう、自分の膝までの大きさしか無い矮小な生き物がオーガである自分を見下したのだ。


「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 凶暴故に単純なオーガはそんなレイの安い挑発に見事に乗せられ、怒りの咆吼を上げながら地面へと叩き付けていた棍棒を再び振り上げる。

 そこに……


「セトッ!」


 レイの鋭い叫びが周囲へと響き、その声が響いた途端オーガの背中へと5本の風の矢が次々に突き刺さる。風の矢1つ1つの威力はそれ程高くはないが、それもオーガの注意をレイから逸らすのには十分だった。そしてオーガが背後へと振り向こうとした時。


「グルルルルルゥッ!」


 振りかぶられたセトの鉤爪がオーガの背を深く斬り裂く。


「ガアアアアアアアアアッ!」


 己の負ったダメージを自覚したのだろう。苛立たしげに叫びながら後ろへと振り向き様に棍棒を振り回す。

 だが、既にそこにセトの姿は無く、翼を羽ばたかせた影響で抜けた数枚の羽根が空中に浮かぶのみだった。

 そして背中に一撃を与えた相手を探して周囲を見回すオーガ。そこへ音もなく地面を蹴りデスサイズを構えたレイが突っ込んでいく。

 自分へと近づいて来ているレイの存在には全く気が付かずに、オーガは棍棒を振り回しながら自分へと傷を与えた存在を探す。


「スレイプニルの靴、起動!」


 オーガに聞こえないように小声で呟き、助走を付けたまま地面を跳躍してそのまま1歩、2歩と空を蹴って駆け上がっていく。その高さは既に5mを越え、オーガの頭部より上にレイの姿はあった。


「ガァッ!?」

「はあぁぁっ!」


 さすがに自分の視線の高さにいる相手には気が付いたのか、レイがその頭部目掛けて魔力を通したデスサイズの刃を振り下ろしたのと、オーガが咄嗟に棍棒を掲げたのは殆ど同時だった。……だが。


「ガッ!?」


 レイによって振り下ろされたデスサイズは、100kgを越える重量。それとレイ自身の人外の膂力。さらにはその刃に魔力を通していたという影響もあってレイにとってみれば巨木といっても構わないようなその棍棒をまるで何の抵抗もないかのようにいともたやすく切断し、その刃はオーガの頭部へと迫り……生存本能故にか咄嗟にその巨体を後退させたオーガの胸元へと深い傷は付けたものの、一撃で絶命させるには至らなかった。


「ガアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 自分の目の前にいる、まるで虫けらの如き小さな獲物。それこそ自分の朝食代わりでしかなかった筈の獲物に与えられたその傷に触り、そしてその手についていたべっとりとした赤い血液。その鉄の匂いを嗅ぎオーガの怒りは頂点に達する。


「ガアアアアッ!」


 最初の一撃同様……否、それよりも尚力を込めて振るわれた棍棒――デスサイズで切断された為に大分短くなってはいるが――の一撃を大きく回避するレイ。

 何しろオーガの一撃は速度こそ鈍いものの、威力だけはかなりのものがあるので叩き付けられた地面はその衝撃で周囲へと土や石を弾き飛ばすのだ。それ故に本来であれば敵の攻撃を紙一重で回避してその隙を突き反撃をするというレイが得意としている行動を取ることは出来なかった。


(まぁ、それならそれでやりようは幾らでもある。既に仕込みは済ませた。後は奴が倒れるのを待つだけだ)


 振り下ろされる一撃を横へと移動して回避し、横薙ぎに振るわれる攻撃は地を蹴り上空へと回避する。技も何も無いオーガにしてみれば、繰り出せる攻撃は振り下ろしの一撃と横薙ぎの一撃の2種類しかない。少しでも頭を使えれば棍棒の一撃の他にも踏みつけてきたりフェイントを使うといったことも思いつくのだろうが、それが思いつかないからこそのオーガなのだ。逆に考えれば、オーガの凶暴性と身体能力に知恵が身に付いていればモンスターランクはCどころでは済まなかっただろう。


「ほら、どうした? そのでかい身体はただの飾りか?」


 攻撃をせずに、ひたすらにオーガを挑発しながら攻撃の回避に専念するレイ。


「ガアアアアアアアアアアアアッ!」


 言葉は分からずとも、自分が侮辱されているというのは分かるのだろう。オーガは怒りの咆吼を上げながら疲れを知らないかのように幾度となく棍棒を振り回す。

 レイが挑発し、からかうようにオーガの腕を肉ではなく皮膚だけをデスサイズの刃で切り裂く。あるいは、手の平サイズの炎球を放って火傷を与える。時には攻撃を回避しざまにオーガの足下を駆け抜け、そのついでとばかりにデスサイズの柄でオーガの足の小指を潰す。

 オーガが怒ってレイへと意識を集中すれば、セトが空中から水球やウィンドアローを放って着実にダメージを重ねていく。

 そんなことをしながらどのくらいが経っただろうか。恐らく10分以上は確実だろう。そして、ついにその瞬間が訪れる。


「ガ……ガァ?」


 困惑するようなオーガの声。足を一歩踏み出した筈だというのに僅かにしか動いていなかったからだ。そして同時に振り上げようとした腕も思い通りにならなくなり……口から血の泡を吐きながら地面へと倒れこむ。


「グルルゥ」


 セトが鳴きながら翼を羽ばたかせてレイの横へと降り立つ。その背を撫でながらも、レイは慎重にオーガが本当に息絶えたのかどうかを確認していた。


「はっ!」


 地面に倒れたオーガへと斬り上げるように放たれたデスサイズがオーガの右肩へと吸い込まれ、特に抵抗もなくその右腕を切断する。その勢いのまま空中でデスサイズの軌道を変更してオーガの筋肉で覆われた首へとその刃を振り下ろし……右肩同様に何の抵抗も感じさせずにその首を飛ばしたのだった。


「ふぅ、例え生きてたとしても首を飛ばされたらどうにもできないだろう。セト、良くやってくれた。毒の爪か。それなりに使えそうだが、まだLV.1のせいかそれ程強力な毒ではないらしいな。あるいはオーガの図体がでかかったから毒が回るのに時間が掛かったのか?」

「グルルルゥ?」


 自分にも分からないとばかりに首を傾げるセトだった。

 オーガと戦闘開始直後に行われたセトの背後への強襲。ウィンドアローの後に振るわれた鉤爪の一撃はレイがランクアップ試験をしている時にミレイヌ達と共に行ったトレントの討伐依頼で希少種の魔石を吸収して手に入れたスキルだ。ランクアップ試験終了後はすぐに指名依頼を受けた為にそれ以後は街の外に出ないで欲しいという要請もあり、やっと出られるようになったのはエレーナ達とも合流した後でダンジョンに向かうまでの道程では常に誰かと一緒。そんな状況だった為にここでようやくそのスキルを試すことが出来たのだ。


「ま、何はともあれスキルの確認も出来たし向こうにも被害は無かった。万々歳って所だな」

「グルゥ!」

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