第53話
入り口が狭い為に、まずは先程中に入ったキュロットが先行して見張りの交代や何か不審に思った盗賊の姿がないかどうかを確認する。その後、スペルビア、アロガン、スコラ、フィールマの順に中へと入っていき、最後にレイが最後尾として中へと入る。
「……狭いな」
洞窟の中は、2人が何とか並んで通れる程度の幅しかない。自由に戦うとしたら精々1人といった所だろう。
その様子を確認し、レイは口を開く。
「先頭からスペルビア、アロガン、フィールマ、スコラ、俺の順だ。キュロットはさっきも言ったように人質の確保を最優先に。その後は見張り台の物陰にでも隠れてろ」
「……さっきアロガンがその物陰で吐いてたんだけど……」
不満そうに口を尖らせるキュロットだったが、だからと言って森の中で戦いに関しては素人であろう商人達を守りながら待機するというのを考えると、結局は物陰に隠れる方を選ぶのだった。
「よし、行くぞ。これ以降は時間との勝負だ。盗賊を見つけたら躊躇せずに殺せ。俺達が侵入したことを他の仲間に知らされるのを遅らせたいから、出来れば声も出させないようにして仕留めるように。……酒盛りをしてる所に奇襲を仕掛けるんだ。戦い自体は殆ど手間が掛からないだろうさ」
レイの言葉に皆が頷き、キュロットが先行して牢屋のある右側の通路へと入っていく。
それを見届けたレイ達も素早く、なるべく音を立てないようにして真ん中の通路を進み……
「っ!?」
先頭を進んでいたスペルビアが手を振って止まるように指示を出してからレイの方へと近付いてくる。
「いたぞ」
「敵の数は?」
「きちんと数えた訳じゃないがキュロットの報告通りざっと30人といった所だ。殆ど全員が酔っ払ってるし、連れ込まれているような奴等もいない」
「よし、じゃあまずは見張りを倒した時のように飛び道具で先制攻撃だ。今回は俺も参加する。俺、スコラ、フィールマの3人が魔法や弓で先制攻撃をして盗賊共を混乱させるから、スペルビアとアロガンはその混乱に乗じて突っ込め。俺は後衛2人の護衛として広間の入り口に陣取る」
レイの指示に全員が頷き、スペルビアとアロガンは武器を抜いていつでも中へと突入出来るように準備を整え、フィールマは弓を構え、スコラは呪文を唱えていた。
それを確認したレイもまた、長物の武器は洞窟の中だと取り回しがしにくいということで持っていたミスリルのナイフを腰へと戻し、ミスティリングから魔法発動体でもあるデスサイズを取り出す。
『炎よ、我が意に従い敵を焼け』
呪文を唱えるとの同時に、30cm程の火球がレイの前へと現れて周囲の温度を急激に上げていく。
レイがチラリとスコラへと視線を向けると、向こうも詠唱を完了したのか小さく頷く。
『火球』
まず始めに放たれたのはレイの炎球。5人程が固まって酒を飲んでいる集団の中央へと命中する。まず最初に炎球を直接当てられた盗賊が瞬時に燃え上がり、断末魔すら発する間もなくその命を散らす。同時に男へと命中した炎が小さな炎を周辺にも撒き散らしてその男の周囲にいた盗賊達に大小の差はあれど火傷を与える。
「何だ? 敵襲か!? 全員迎……」
燃え上がった盗賊達の近くにいた男が咄嗟に迎撃を指示しようとするが、そうはさせじと額へとフィールマの放った矢が突き刺さった。
「敵襲、敵襲だぁっ! 迎え撃てぇっ!」
さすがに酔っ払ってはいても、攻撃されているというのには気が付いたのだろう。部屋の奥にいた首領らしい巨体を誇る男がそう叫んで命令する。
その命令を聞いた男達が近くへと置いてあった剣、斧、棍棒、弓といった自分の武器を手に取り広間となっているこの場所の唯一の出入り口へと視線を向ける。だが、まるでそれを待っていたかのようにスコラの魔法が発動した。
『ウィンド・ブロー』
風で出来た見えざる拳。その拳が数十発も同時に放たれて近くにいる盗賊達を打ちのめす。
殺傷力という意味ではレイの炎球には遠く及ばない威力しかないが、攻撃範囲に関して言えば炎球の数倍はあった。
「うあぁっ! モンスターだ、モンスターの攻撃だぁっ!」
風の拳で殴られ、その一撃が偶然鳩尾に入って気絶したことにより地面へと倒れこんだ仲間を見た男が思わずそう叫ぶ。
そしてそのモンスターという一言はただでさえ動揺している盗賊達にさらなる混乱をもたらす。
「ええい、馬鹿が。炎と風の魔法を使うモンスターはこの辺にはいないだろうが! しかも敵は弓を使ってるんだぞ。しっかりしろ!」
首領がそう叫ぶが、一端混乱に陥ってしまった者が我に返るというのはそう簡単なことではない。それが訓練された兵士や冒険者ならともかく、盗賊なら尚更だ。
そして……
「行けっ!」
レイの口から放たれた鋭い叫びが発せられるのと同時に、スペルビアとアロガンが武器を構えて盗賊達へと突っ込んでいく。
「ええいっ、クソッ。俺だってやってやる。やってやるさ!」
半ば捨て鉢になりつつも……いや、そうすることによってようやく殺人という行為に覚悟を決めたアロガンが、魔剣を使って手近にいた盗賊の腹を薙ぎ払うようにして一閃した。
「ぎゃあっ!」
さすが魔剣と言うべきか、その横薙ぎの一閃は特に抵抗もなく盗賊の胴体を上下の2つに分断する。
そのまま内臓と血を周囲へとバラ撒きながら盗賊の男は絶命し、アロガンは生涯初めての人殺しを経験したのだった。
「アロガン、ぼうっとするな。敵はまだいるんだぞ!」
スペルビアがそう叫びながら近くにいる盗賊の頭へとロングソードを叩き込み、持っていた短剣を弓を構えようとしている盗賊の手足へと向かって投げつける。
アロガンもまた、スペルビアの言葉に今は悩んだり葛藤している場合ではないと認識したのだろう。必死になって盗賊相手に魔剣を振るう。
そしてその2人を援護すべくスコラからは風や水の攻撃魔法が。フィールマからはマジックアイテムである弓から放たれた風属性を与えられた矢が放たれて前線で戦う2人に対する援護が行われていた。
「ええいっ、まずはあの後ろにいる3人を片付けろ!」
盗賊の首領の命令に従ってスコラとフィールマへと襲い掛かる盗賊もいるが……
「この広さがあれば問題無いな」
デスサイズを構えたレイが、そんな盗賊達の前へと立ち塞がる。
「どけ、クソガキがぁっ!」
宴会の最中に奇襲を受け、仲間を次々に殺された恐怖と焦り、怒りといった感情で興奮しているのだろう。盗賊の男が血走った目をしてスコラとフィールマを守るように立ち塞がったレイの頭部を目掛けて斧を振り下ろす。
盗賊にしてみれば大鎌という巨大な武器を持ってはいるものの、身長は自分の胸くらいまでしかなく、そしてその身体も華奢な作りに見えるのだ。自分の一撃で殺せる筈だと思い込んでもしょうがなかっただろう。
だが……
「人を見た目で判断するのは3流のやることだ」
キン! という金属音を立て、頭へと降ってきた斧をデスサイズの刃で受け止める。
……否。受け止めるまでもなく、魔力の通ったデスサイズの刃へと振り下ろされた斧はデスサイズの刃の外側の部分へと当たる。そしてそのまま魔力で強化されたデスサイズの重量により真っ二つにされるのだった。
「んな馬鹿な!」
予想もしていなかった光景なのだろう。唖然として思わず動きを止めた盗賊の男の胴体をレイの持つ、文字通りの死神の鎌は薙ぎ払う。
「がっ!」
胴体そのものを切断され、上半身と下半身に分かたれた盗賊はその生涯を終えるのだった。
(とは言っても、この乱戦だと何が起きるか分からないからな。いざという時の為の保険は使っておくべきか)
内心で呟き、つい先日手に入れたばかりのスキルを発動する。
「マジックシールド」
レイがスキルを発動させるのと同時に、光の盾が姿を現す。その盾はまるで自らの意志があるかのようにレイの邪魔にならない場所へと自動的に移動して自らの主人であるレイへの攻撃にいつでも反応出来るように備える。
「レイ、それは……」
そんなレイのマジックシールドを見ていたフィールマが驚きの声を上げかけるが、すぐに今はそれどころではないと判断して弓へと矢を番えてアロガンへと向かおうとしていた盗賊へと矢を放つ。
盗賊達にしてもさすがに混乱から立ち直りつつはあるのだが、それでもまだ完全とは言い難い。何しろ、酒盛りをしていたということは当然酒を飲んでいたという訳で、敵が来たからと言ってその酔いがすぐに覚める訳ではないのだから。
アロガンとスペルビアもそれを理解しているのか、早い内に勝負を付けようと魔剣で敵を文字通りに真っ二つにし、あるいはロングソードで盗賊の首や四肢を斬り落としていく。
「くそっ、かなりの手練れが揃ってやがる。それも魔法使いが2人だと? 盗賊退治にしては過剰戦力じゃねぇか!」
首領が吐き捨てるように言って、この広間からの出口を塞いでいるレイ達3人を睨みつける。
「弓を持ってる奴! 入り口を塞いでる奴を排除しろ!」
首領の命令に従い、数人の盗賊が弓を引き絞ってレイ達へと狙いを付ける。
「そうそう好きにやらせるか。飛斬!」
首領から下された命令を聞き逃さなかったレイが、飛斬のスキルを発動させながら大きくデスサイズを振るう。
その軌跡を描くかのように飛ばされた斬撃は、弓を構えていた3人程の盗賊を纏めて斬り裂く。
スキルのLv自体がまだ1の為に命中した箇所を切断するというようなことは出来なかったが、それでもその傷は大きく、この戦闘で弓を使うような真似は出来ないだろう。
「レイッ!」
フィールマの口から放たれる悲鳴のような声。それは地面へと倒れた仲間達の死体に紛れながら弓を引いてレイを狙っている盗賊の姿を見つけたからだ。
咄嗟に自分も弓を引いてその盗賊を狙うが、一瞬遅く既にその矢は放たれていた。
弓を放った盗賊はフィールマの矢に頭部を射貫かれて絶命する。しかし、その矢を放つのを防ぐことは出来なかった。そしてフィールマはレイが矢に貫かれる姿が脳裏を過ぎる。だが。
「構うな、こっちは問題無い」
咄嗟に目を瞑ったフィールマに、いつも通りの冷静なレイの声が聞こえて来る。
その様子に疑問を覚えながらも目を開けたフィールマの視界に入ってきたのは、矢を受け止めたマジックシールドが霞のように消えていく所だった。
「分かったな? ならまずは敵の数を減らすのを優先するんだ。盗賊共もそろそろ混乱から立ち直りつつあるからな」
「え、ええ」
頷きつつ、広間の中へと視線を向けて精霊へと語りかけるべく意識を集中するフィールマ。
(ここは洞窟の奥だから、風の精霊の力は弱い。かと言って迂闊に地の精霊の力を使えば崩落する危険が……いえ、洞窟そのものではなく地面に干渉すれば)
『地の精霊よ、大地の槍を!』
フィールマの呼びかけに地の精霊が応え、盗賊達の足下から1m程の鋭い切っ先を持つ土の槍が突き出される。
「うわぁっ!」
「な、何だ!?」
「くそっ、何が起きてる!」
「退け、邪魔だよ!」
仲間の数人が、いきなり真下から生えてきた土の槍に突き刺されたのを見た盗賊達は再び混乱に陥る。
ようやく奇襲の混乱から立ち直りかけた時に起きたその新しい混乱は、盗賊達へと絶望をもたらす。
「うおおおおおぉぉっ!」
真下から土の槍によって貫かれた仲間の姿に、思わず飛び退いた盗賊。その盗賊にアロガンが雄叫びを上げながら斬りかかっていったのだ。
また、仲間がアロガンとスペルビアの2人を相手にしている間に、もうここにはいたくないとばかりに逃げ出して広間の入り口に向かう盗賊もいたのだが……
『アイス・ニードル』
スコラの放つ数十もの短剣のような氷の針にその全身を串刺しにされ、地面へと倒れこむのだった。
「くそっ、おい。お前とお前。俺に付いて来い。他の奴等に気が付かれないようにな」
殆ど恐慌状態になりつつも、広間の出口に向かってはスコラの魔法、フィールマの矢、そしてレイの持っている巨大な大鎌で文字通りその命を刈り取られて行く様を見た盗賊の首領は近くにいた自分の側近へと小声で指示する。
その2人も首領が何を考えているのか分かったのだろう。小さく頷き、気配を消して首領と共に広間の奥へと移動していく。
首領とその側近だけが知っている秘密。即ち、この広間から抜け出る為の秘密の脱出路だ。
部下達を犠牲にしてでも自分達だけはいざという時に生き残る。その為にこの洞窟を自分達の本拠地と決めた時にこの大広間から外へと繋がる通路を真っ先に隠して自分達だけでその存在を秘匿したのだから。
既に広間の中で無事な盗賊は10人を切っている。その殆どが未だ覚めぬ酔いと、半ば破れかぶれな気持ちで奇襲を仕掛けてきた相手へと向かっていっているのだ。この通路を知っている者は既に自分達以外は皆死んでいる。ならばさっさとここから逃げ出て、また盗賊団を1から組織するまでだ。
そんな風に内心で思いながら広間の中で暴れている者達に見つからないように奥へ、奥へと移動していた首領達。
だが、そんな様子を見逃さなかった存在も当然いる。
「……広間の中は残り7人。後はお前達で何とかなるな?」
「え? ええ。それは大丈夫だと思うけど……突然どうしたの?」
また1人、盗賊の腕へと矢を射込みながらフィールマが尋ねる。
「いや、こそこそと逃げだそうとしているネズミがいてな。そいつらを処分してくる。一応念の為に……マジックシールド」
「は? ネズミ?」
フィールマの戸惑ったような声を聞き流し、デスサイズを構えたまま先程もフィールマが見た光の盾を再び呼び出してから地面を強く蹴り、アロガン、スペルビアの2人と盗賊達で乱戦になっている場所へと向かい突っ込んでいく。
「ちょっ、レイ!?」
「うわ、2人共気をつけて。レイがそっちに突っ込んでいったよ!」
戸惑ったようなフィールマの声と、スコラが前衛2人に呼びかける声を聞きつつ乱戦の場との距離を縮め……
「スレイプニルの靴、起動」
空を走れるというマジックアイテムのスレイプニルの靴の効果により、そのまま跳躍して乱戦となっている場所の上空を1歩、2歩と空中を蹴って飛び越える。
「は?」
「何!?」
背後からの声でレイが近付いていたことに気が付いていたアロガンとスペルビアの間の抜けたような声が響いたが、それは聞き流してさらに空中を3歩、4歩と踏み越え……目標の位置へと着地する。
そう、こっそりとこの場を抜け出そうとしていた盗賊達の首領とその側近の目の前へと。
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