第40話

 オークの集落に対する夜襲が終了し、ボッブスの下へと戻ってきてから数時間。レイを含めた討伐隊の面々は泥のように眠っていた。

 皆が眠っている馬車の近くではボッブスが一応念の為に見張りとして起きており、その隣ではエルクが地面に座ってレイが寝る前にミスティリングから出して貰った料理の数々を口へと運んでいた。


「おい、エルク。一応見張りという名目で起きてるんだからもうちょっとはやる気を見せろ」


 地面に座って周囲の様子を見ながらボッブスがエルクへと声を掛ける。

 だが、エルクは串焼きやサンドイッチ、あるいは蒸し焼きにしたファングボアといったものを口へと運びながら、呆れたように返事をする。


「おいおい、お前だってセトの感覚の鋭さは知ってるだろ? あいつがいる限りは敵に奇襲される心配は殆どないって」


 エルクの視線の先では、セトが地面へと寝転がって目を瞑っている。だが、それは寝ているのではなく周囲の気配やら何やらを感じ取っているのだということはエルクにもボッブスにも容易に想像がついた。


「だがな……と言うか、そんなに食って大丈夫なのか?」


 既に10人分近くの料理を腹へと詰め込んだエルクへと、先程の仕返しとばかりに呆れたようにボッブスが呟く。


「何しろ一晩中戦い続けていたからな。皆が起きたら次はオークの集落で剥ぎ取りという大仕事が待ってるだろう? それにオークが溜め込んでいたと思われるお宝についてもまだ見つかってないしな。……まぁ、集落の中央にあるオークキングの屋敷には見当たらなかった以上はその辺にはあまり期待出来ないが」


 ようやく食事を終えたエルクが、水筒に入っていた水を飲み干して一息吐く。


「確かにな。……お前は本当に寝なくても平気なのか?」

「はんっ、俺をその辺りの奴等と一緒にして欲しくないな。何しろ何年か前に駆り出されたクラーケン討伐の時なんか丸3日も戦い続けたんだぜ? それに比べたら一晩くらい楽勝だ」

「……お前も、いつまでも若いって訳じゃないんだから、そろそろその辺を自覚しろ」

「まだまだ若い奴等には負けねえよ」


 エルクの言葉に、溜息を吐いたボッブスもまた近くに置いてあった水筒を呷る。

 何しろ真夏の日差しが照りつけている上に、オークの集落から少し離れた所にある草原に作られた拠点だ。太陽を遮るような屋根のような物は無く、直接日光を浴びているので水分補給はかなり頻繁に行わなければならない。


「暴れん坊エルクは未だ健在、か」


 暴れん坊エルク。それはエルクがまだ低ランクの冒険者だった時に付けられた通り名だ。今でこそ雷神の斧というパーティ名が轟いているが、ギルドに登録したばかりのエルクはその名の通りに当時ランクC冒険者だったボッブスの手を何度か焼かせたものだ。

 己の忘れたい過去の通り名を出され、眉を顰めるエルク。ボッブスも昔馴染みとの会話とあってリラックスした表情で、笑みを浮かべながらエルクへと視線を向ける。


「いい加減その名前はやめてくれよな」


 さすがに大人になって結婚し、子供も出来た身としては暴れん坊という呼び方は嬉しく無い。


「まぁ、確かに今のお前は十分強いさ。少なくても冒険者を引退したロートルの俺よりはな。特に今回の依頼でもお前がいなければあんな無茶な作戦も立てられなかったのも確かだ。……けどな、上がいつまでも頑張り続けていると下の芽は育たないというのも事実なんだ」

「……レイか?」


 さすがに大きな声でする話でもないので、声を潜めてそう尋ねる。


「まぁ、それもあるが……奴は別格だろう。俺が言ってるのはお前の息子とかのことだよ。にしても、レイか。知ってるか? あいつ、あのオーク達に夜襲をしている中で奇襲を仕掛けてきた夜闇の星を逆に返り討ちにしたんだぜ?」

「へぇ。さすがにやるな。……夜闇の星の連中は自業自得だが」

「少なくてもあんな奴がランクGってのは何かの間違いだろうさ。この依頼が終わってギルドに戻ったらすぐに上に掛け合ってEランクに推薦するつもりだ」

「おいおい、一気に2ランクアップかよ」

「いや、3ランクだな」

「ボッブス?」

「なるべく早い内にDランクへのランクアップ試験を受けて貰おうと思っている」


 幾ら緊急性の高い依頼であるとは言っても、たった1つの依頼で実質的に3ランクアップする。それがどれ程有り得ないのかということはそれ等のランクを歩んできたエルクだからこそ理解していた。


「……本気か?」


 いっそ正気か? とでも尋ねたいかのような視線でボッブスを見るエルク。

 だが、ボッブスは至極当然とばかりに小さく頷く。


「当然だろう。ランクBのオークキングを倒せる実力を持つ冒険者だぞ? このままEやFに置いておくのは非効率的すぎる。それに……」


 チラリ、と少し離れた場所。レイの眠っている馬車の近くで寝そべっているセトへと視線を向ける。


「モンスターランクAのグリフォンを従えているような奴だ。それこそAやBランクにしたっておかしくはないと俺は思っている」

「おいっ!」


 その言葉には、さすがにエルクもボッブスの正気を疑う。だが、ボッブスはまるでいつものエルクの如くニヤリとした笑みを浮かべる。


「当然すぐにって訳じゃない。Dランクになるのはともかく、BやAになるってのは戦闘能力以外にも色々と知識が必要なのは事実だしな」


 冒険者として一流であると言われるAランクやBランクともなれば、各国の王侯貴族といった存在から直接依頼を任されることも少なくない。その時の為の作法や、時には国益すらも左右される選択をしなければならない時もある。

 王族や貴族に対する作法という言葉がまるで似合わないエルクだが、こう見えても最低限の作法は心得ているのだ。そして何よりエルクの妻であるミンがその辺全般に関しては前面に立って処理をしているので、雷神の斧はランクAパーティとしては全く問題無くそれ等をこなしている。だがレイはと言うと、ボッブスやエルクが見る限りでは人付き合いがそれ程得意ではないらしいというのはすぐに分かった。そんな人物が王族や貴族と会ったらどうなるか……叱責される程度ならまだいい。だが、下手をしたら冒険者を続けられないようになる可能性もあるのだ。あれ程の可能性の塊をそんな下らないことで失うのは2人にとっては考えられなかった。


「それに……なぁ、エルク。お前、あのオークキングの死体を見て何か気が付いたことはなかったか?」

「……気が付いたこと?」


 ボッブスにそう尋ねられ、数時間前に見たオークキングの死体を脳裏に浮かべる。まず最初に目に入ってきたのは皮一枚で繋がっている胴体……では無く。


「頭を切断した首への一撃。どれ程の技量があればああいう斬り口になるのかはちょっと想像付かないな。少なくても俺には無理だ」


 いつでも手を伸ばせる位置に置いてある己の相棒たる戦斧へと視線を向けて呟く。

 斧とは斬るのではなく、破壊するという武器だ。頭部ごと木っ端微塵にしろというのならエルクでも出来るだろうが、レイがやったように鋭く斬り裂けと言われると無理だと言わざるを得ない。

 だが、ボッブスはエルクの言葉を聞いて小さく首を振る。


「そういうことじゃない。……いや、お前の言いたいことは分かるがな。実際、俺だってあんなに鋭い切断面を見たのは今まで生きてきてほんの数度あるかないかって所だ。だがな、ギルドの会議室であいつに職業を聞いた時に何て言ったと思う?」

「……さぁ?」

「魔法戦士、だ。つまりレイは魔法も使えることになる。けど、あのオークキングの死体に魔法で付けられたような傷があったか?」


 そう問われ、自分の息子であるロドスの言葉が思い出される。

 集落の東でオーク達と戦っていた自分達の背後へと回り込もうとした相手が殆ど全滅していたと言っていた。その時にはセトの力でどうにかしたんじゃないかと言ったのだが、オークの殆どが焼き殺されていたと言われてはそれをやったのがレイであると理解しない訳にはいかなかった。何しろグリフォンに炎を操るような力は無いのだから。

 それはつまり……


「おい。レイは全力を出さないでオークキングを倒したってことか?」

「恐らくな。風の魔法でよく使われるカマイタチのようなものを使った可能性はあるが……俺の知ってる限りではレイは炎の魔法に特化している筈だ。恐らくはまだ全力を出していないんだと思うが……その状態でオークキングを倒す実力を持つレイと、モンスターランクAのグリフォンを従えているというのを考えると、少なくても戦闘力に関してはAランクやBランク相当だと思うのはおかしくないんじゃないか?」

「……その話が本当なら確かに、な」


 自分の息子であるロドスよりも随分と小柄で華奢な体格に見えるレイだったが、その身に秘めている実力は息子を圧倒的に越えているらしいと判断する。そして同時に、今回の依頼を通してそのレイへと対する対抗心やライバル心といったものを抱いた息子のこれから先の苦労を想像して……ニヤリと笑みを浮かべた。


(ライバルがいるってのならそれは悪いことじゃねぇ。そしてそのライバルが高い壁であればある程それに負けじとロドスの奴も冒険者として成長していくだろうさ。その壁を乗り越えるなりぶち破るなりが出来ない可能性もあるが……まぁ、俺の息子なんだからそれくらいは何とかするだろ)


 そんな相手がいるというのが羨ましい、とふと内心でエルクは思う。


「で、エルクも知っての通りギルムの街に限らず冒険者ギルドは基本的に常に人手不足だ」

「……まぁな」


 ボッブスの言っているのは事実だ。先程エルク自身が言っていたクラーケンの討伐に関しても、海辺の街からギルドを通して応援要請があり雷神の斧が出張ったのだ。それ程に冒険者ギルドというのは常に人材不足……否、正確に言えば高ランク冒険者の数が少ないのだ。C~Dランク。あるいはそれより下のE~Gランクというのはそれなりの数がいるのだが。


「今はまだいいさ。お前がまだまだ現役だし、お前程じゃないが俺だっていざって時は前線に立つことが出来る。けど、俺やお前達の世代が引退した後のことを考えるとどうしても……な」

「ボッブス」


 一瞬言いよどむエルクだったが、すぐに気を取り直したかのようにボッブスの背を力強く叩く。


「ほら、あんまり心配しすぎると髪の毛の生え際がもっと後退するぞ?」


 さらりと自分が最近気にしていることを告げられ、思わず苦笑を浮かべるボッブス。


「次の世代には俺の息子のロドスもいる。レイだっている。ほら、あんまり心配する必要はないって。それに今はまだ無名だとしても腕の立つ奴ってのはそれなりにいるもんだ。低ランクの冒険者達だってそのうち才能を開花させるだろうさ」

「そうだな……あぁ、確かにそうだといいかもしれないな。久しぶりに現場に出たせいで柄にもなく感傷的になってしまったらしい」

「そういうのを年寄りの冷や水って言うらしいぜ?」

「ぬかせ。お前も俺とそう大して変わらないだろうに。……さて、時間的にはそろそろいいか?」


 話を一段落させ、太陽の位置を確認する。

 基本的に持ち歩ける時計といったものが無い以上は、太陽の位置で大体の時刻を計るしかなかった。


「だな。出来ればもう少しゆっくりと寝かせておいてやりたいが、何しろこの暑さだ。早めにオークの討伐証明部位と素材の剥ぎ取りをしないと傷んでしまうし、動物や他の魔物に食われたりする可能性もあるしな」


 エルクの言葉に頷き、懐から魔笛を取り出して思い切り息を注ぎ込む。するとその音により眠っていた討伐隊のメンバー達が起き出してくる。

 そしてそれぞれがまだ完全に疲れが取れていない状態でありながらも、レイのミスティリングから出してもらった糧食や水を軽く腹に入れて早速オークの集落へと向かうのだった。






「レイ、お前は集落に行かなくてもいいのか?」


 ミスティリングの中に入っている補給物資を出して貰う為に真っ先に叩き起こされたレイだったが、その仕事を終えた後はセトの相手をしながら声のした方へと振り向く。

 そこには一睡もしないで見張りをしていたというのに体力が有り余っている様子のエルクと、ある程度の魔力が回復して元気になったミン。そしてまだ眠たそうにしているロドスの姿があった。

 既に周囲には数人の冒険者達しかいない。本来なら昨夜オークの集落から助け出された女2人もここにいる筈だったのだが、ボッブスの命令で他の冒険者達が数名、オークの討伐成功の知らせをギルドに伝える為に馬車でギルムの街まで一足先に送っていったのに同乗させたので既にここにはいない。


「ああ。俺が倒したオークはオークキングみたいに全部ミスティリングに収納済みだからな。街に戻ってから素材の剥ぎ取りや討伐証明部位の切り取りをやるつもりだ」


 オークキングという単語を聞いてピクリと反応したロドスだったが、既にその辺の事情はエルクから聞いているのか特に何か口に出す素振りはなかった。


「まぁ、それはお前の自由だからいいけどよ。何でここでやらないんだ?」

「……」


 数秒沈黙するが、エルクの視線に耐えきれなくなったのか溜息を吐いて口を開く。


「どうも素材の剥ぎ取りとかが苦手なんだよ。ランクの高いモンスターの剥ぎ取りだからな。なるべく失敗したくないから慎重にやりたい」

「くっくっく。なるほどなるほど。驚異のランクG冒険者のレイにも苦手なことはあった訳だ。しかも剥ぎ取りとか……」


 笑みを漏らすエルクにバツの悪そうな顔をするレイだったが、それは次の言葉で消え去ることになる。


「いい機会だ。俺が剥ぎ取りのコツを教えてやるよ。ほら、出せ出せ」

「ちょっ、父さん!? ここでレイに時間を使ってたら俺達の分の報酬はどうなるんだよ!」

「そんなの、お前とミンで行って来ればいいだろうに。別にもう敵はいないんだからよ」

「けど!」


 さらに言い募ろうとするロドスの肩を、ミンが押さえる。


「……無駄だロドス。こうなったエルクはもう止められないよ。私達だけで行ってこよう。幸いエルクの言ってるようにもうオーク達はいないんだからな」


 そうして引っ張られていくロドスを見送り、エルクは早速剥ぎ取りのコツを教えるべくレイのミスティリングからオークを取り出させるのだった。

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