第38話

 激闘。オークキング率いるオーク達との戦いはそう表現しても構わない程のものだった。

 オーク5匹相手では持ち堪えるだけで精一杯だったと言っていたミレイヌ率いる灼熱の風は、レイの奇襲でオーク達が動揺したという幸運もあったが、それでも3人でオーク5匹全てを倒した。

 レイもまた、王の貫禄を持つ文字通りのオークキング相手に己の最も得意とする炎の魔法を使う隙が見いだせずに結局はデスサイズのみで戦うことになり、その首を討ち取った。

 今回の戦闘で一番優勢に戦いを進めていたのはセトだろう。ランクAモンスターの貫禄とも言うべきか、オークアーチャーを相手に殆ど完勝と言ってもいい戦い方だった。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」


 オーク達の死体を前に、荒い息を吐くミレイヌ。その横では補助に回復に攻撃にと魔法を使い続け、魔力が殆ど空になったスルニンもまた地面へと腰を落として座り込んでいる。

 灼熱の風の中で一番元気なのは、意外なことに一番の新入りであるエクリルだった。額に汗を滲ませてはいるが、特に息を荒げもせずに周囲を警戒している。

 もっとも、これはパーティ内の役割分担によるものだ。灼熱の風ではパーティリーダーのミレイヌが1人で前衛を受け持ち、スルニンが攻撃、回復、補助と魔法で援護をし、エクリルは敵の牽制をメインにしているのだから。


「よく勝ったな。戦闘前には5匹を相手にした時は持ち堪えるので精一杯とか言っていたと思うが」

「はぁ、はぁ、はぁ……ふぅ。そりゃね、幾らレイが強いとは言っても、ランクGの冒険者がオークキング相手に互角に渡り合って……渡り合って……そう言えば、あんたランクBモンスターのオークキングと正面からまともにやりあったってのに傷1つ受けてないわね。全く、あんたみたいなのが将来的にはランクSに届くのかしら。まぁ、とにかく。この場で一番ランクが下のあんたがオークキング相手にやりあっているっていうのに、ランクCの私達が普通のオーク相手に倒せませんなんて恥ずかしくて言えないでしょうが。……あー疲れた。とにかく疲れた。もの凄く疲れた。もう一歩も歩きたくないけどね」


 ミレイヌのその言葉に、同感とばかりにスルニンも頷く。


「私達は、これでも一応それなりに名前は知られたパーティなんですよ。だからこそ、その売れている名前通りの活躍はしないといけない訳です」

「……だってさ」


 周囲を警戒しながらも、微かに笑みを浮かべて頷くエクリル。

 それに対してレイが何かを言おうとしたその瞬間。


『うおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!』


 集落の東の方から雄叫びが聞こえて来る。


「あっちも勝負が決まったか」


 そう、今聞こえてきたのは紛れも無く勝利の雄叫び。歓喜の混じっているその声は聞き間違えようが無かった。


「らしいわね。まぁ、オークキングがこっちに来たんだから、あっちは結局自分達が逃げる為の捨て駒だったんでしょうね」

「捨て駒にしても、この集落で生き残っていた殆どをそっちに充てたんだからその辺はさすがオークキングと言った所か」


 もし自分達の護衛を増やして陽動の方を少なくしていた場合は陽動の部隊は当然兵力が少なくなり、もっと早期に壊滅していただろう。そして護衛の兵が多いオークキングは目立つ為に討伐隊のメンバーにあっさりと見つかってしまう。


「……さて。まぁ、何はともあれオークの討伐依頼はこれにて終了、と」

「そうね。……疲れた依頼だったわ。まぁ、放っておけばギルムの街にも被害が出たのは間違い無いんだからしょうがないんだけどね」


 苦笑を浮かべるミレイヌを横目に、レイは自分とセトが倒したオークメイジ、オークジェネラル、オークキングの死体をミスティリングへと収納していく。

 その様子を興味深そうに見ていた灼熱の風の面々だが、オークキングの死体を収納した所でスルニンがレイへと声を掛る。


「へぇ、何度か遠くからは見ましたがこんなに近くで見るのは初めてです。それがアイテムボックスですか」

「ああ。魔法の師匠から餞別に貰った品だが、超の付く稀少品だというのはギルムの街に来て初めて知ったよ」

「それ程のマジックアイテムを、弟子とは言っても餞別に渡すとは……一度会ってみたいものです」

「さて、俺自身転移魔法を使われるまでは自分がどこに住んでいるのか気にしたことが無かったからな。師匠の家がどこにあるのかすら分からないから紹介はちょっと難しいだろうな」

「ねぇ」


 スルニンとレイの会話に唐突に割り込んでくる声。その声の主へとレイが視線を向けると、不思議そうな目で自分を見てくるミレイヌと目が合った。


「どうした?」

「レイとセトちゃんが倒したオークの上位種を回収するのは分かるけど、何でオークアーチャーの回収はしないの?」


 ミレイヌの視線の先にあるのは、頭部をセトに握りつぶされたオークアーチャーの死体。オークの上位種……とは言っても、Cランクモンスターであるオークジェネラルやオークメイジとは違いオークアーチャーはオークと同じDランクモンスターなのだが。それでもオークの上位種というだけはあり、内臓の何種類かや特定部位の皮膚が素材として剥ぎ取り可能だし、魔石もDランクモンスターの中では高額な方に入る。

 ミレイヌの言葉にチラリ、とオークアーチャーの死体へと視線を走らせたレイは口を開く。


「オーク達との戦闘になる前に話したことを覚えているか?」

「何よ、いきなり。もちろん覚えているわよ。レイとセトの切り札を使って私達を助ける代わりに誓約の魔法ってのを使うってことでしょ?」


 ミレイヌの質問に、セトだけに分かるような素早い目配せをしてから質問に答える。

 灼熱の風の3人がレイの言葉を興味深く聞いている間に、セトは気配を殺してその後ろへと回り込む。


「ああ。で、誓約の魔法というくらいだから色々とお前達に負担になる部分もあると思う。その代償……みたいなもんだな」

「……つまり、その誓約の魔法っていうのはそれ程危険な魔法な訳?」

「もちろんお前達が俺の秘密を他人に伝えようとしなければ一切の危険は無い。ただ、それでもそういう風に縛られるというのは余りいい気分はしないだろう? まぁ、誓約の魔法はお前達にもある程度のメリットはあるが」

「メリット?」

「ああ。誓約の魔法の性質上、この魔法を使われた者は多少ではあるが炎や熱に対する耐性を得る」

「……いいわ。今更どうこう言ってもしょうがないし、何よりあの時レイ達がいなければなくなってた命だものね。覚悟が鈍らないうちにさっさとやって頂戴。スルニン、エクリル、貴方達もいいわね?」


 深く深呼吸して、誓約の魔法を受けいれることを告げるミレイヌ。そのミレイヌに声を掛けられた2人もスルニンは無言で、エクリルは多少頬を引き攣らせながらも頷くのだった。

 その3人の様子を見たレイはセトへと軽く合図を送る。

 もし灼熱の風のメンバーが誓約の魔法を受けるのが嫌で逃げ出そうとした場合は、セトが背後から襲い掛かる予定になっていたのだ。

 そのレイの合図を見たセトはようやく臨戦態勢を解き、オークの残党の襲撃を警戒する。


「行くぞ」


 レイの言葉にミレイヌが頷いたのを見て呪文を唱え始める。


『炎よ、汝は種なり。宿主が我との契約を破りし時はその命を用いて美しき炎華を咲き誇らせよ』


 レイの呪文と共に、炎がデスサイズへと集まり花の種のような大きさまで圧縮される。

 そのままデスサイズの柄を持ち上げて、ミレイヌの頭部へと接触させる。


『戒めの種』


 そして呪文が完成するのと同時に、デスサイズの柄にあった炎の種がミレイヌの頭部へとスルリと入っていく。


「あ……」


 その感覚に思わず声を上げるミレイヌだったが、自分で予想していたような衝撃等は全く無く、ただ仄かに暖かい何かが自分の中へと入ってくるのを感じただけだった。


「あれ、もう終わり?」


 その様子に思わず呟くが、その問いにレイは小さく頷くだけだった。


「よし、他の2人もだ」


 そう言い、同様の魔法をスルニンとエクリルへと使用する。

 そうして3人に対する戒めの呪文を使用したレイは、小さく息を吐く。


「これでいいだろう。で、今の魔法についての詳しい説明だが、セトのファイアブレスや水球。それと俺の腐食を他人に何らかの手段で教えようとした場合にお前達の中に植え付けられた種が体内を焼き尽くすことになるから、くれぐれも言動には注意しろ」


 体内から焼かれる、という言葉に先程戦った……というよりは一方的に殺されたオークジェネラルの姿が灼熱の風の3人の脳裏に思い浮かんだ。

 仮にもランクCモンスターであるオークジェネラルがその痛みに恥も外聞もなく泣き叫んだのだ。どれ程の激痛なのかはあの様子を見れば嫌でも理解させられる。


「それと、さっきも言ったがその種の影響でお前達には多少の炎や熱に対する耐性が付く」

「ぐ、具体的にはどういう感じ?」


 オークジェネラルの様子を無理矢理に脳裏から消し去りレイへと尋ねるミレイヌ。


「そうだな……炎系統のダメージを大体1割程減らす程度、か。それとこれは魔法を使える奴にしか恩恵は無いが、炎の魔法を使った場合の威力も大体1割程度上がって、消費する魔力が1割程減るな。まぁ、簡単に言えば炎による恩恵といった所だ」

「1割も、ですか」


 レイの説明を聞いたスルニンが唖然と呟く。

 魔法使いであるスルニンだからこそ、その恩恵がどれ程の物なのかを素直に理解出来た。魔法の威力を高める類のマジックアイテムというのは存在しているが、白金貨数枚程度で買える物の性能だと自分で上がった威力が把握出来ない程度の物でしかない。見て分かる程に魔法の威力を上げるマジックアイテムとなると、それこそ光金貨による支払いが必要な物になるだろう。

 それに加えて炎や熱といったものに対する耐性も付くというおまけ付きだ。レイやセトの秘密を他人に喋る気は全く無いスルニンにとっては、今使われた戒めの種という魔法はそれこそ恩恵以外のなにものでもなかった。


「魔法については分かったよ。私も勿論言いふらすつもりは無いから、戒めの種の恩恵はラッキーだと思っておく。で、オークアーチャーは本当にこっちで貰ってもいいの?」

「構わない。じゃあ、俺は一旦ボッブスの所に行ってくる。オークキングを倒したって報告をしないといつまで経っても依頼終了にはならないだろうからな」

「ええ、お願い。さすがに私達は疲れたから、少し休んでからそっちに合流するって言っておいて」


 ミレイヌの言葉に頷き、セトの背へと跨がる。


「あー、出来ればセトちゃんは置いてって欲しいんだけどな。私の癒しの為にも」

「ミレイヌ、余り無理を言ってはいけません」


 名残惜しげにセトへと視線を向けるミレイヌをスルニンが窘める。それをエクリルが苦笑して眺めていた。


「グルゥ」


 そんなミレイヌへと喉の奥で小さく鳴き、尻尾を数度振るセト。


「ミレイヌ、セトがまた後で遊んでくれだってさ」


 セトの態度からレイが翻訳してミレイヌへと言葉を掛ける。

 そこからは、もし戒めの種から逃げ出した時に背後から襲い掛かるつもりだった様子は一切見られなかった。


「え? 本当? うん、うん。出発する前に一杯遊ぼうね。干し肉もまだあるから」


 そんなミレイヌの嬉しそうな声を聞きながら、今日何度目かになる夜空へと上昇を開始するのだった。






「夜明け、か」


 上空へと昇ってきたレイが見たのは、東から昇ってきた朝日によって徐々に夜の闇が薄れていく光景だった。


「何だかんだ言っても結局は一晩中戦い続けていた訳だな。まぁ、下はまだまだ元気そうだが」


 さすが冒険者と言うべきか、一晩くらいの徹夜は特に堪えるといった様子は無いようで、今も地上では陽動部隊を倒した雷神の斧を先頭にしてオークの残党を狩り出す為に集落を虱潰しに見て回っているらしい。

 そして数ヶ所で隠れ潜んでいたオークを発見して戦闘になっているが、既に多勢に無勢。最後の抵抗とばかりに攻撃を仕掛けるオーク達は次々に討ち取られていく。

 残党狩りと聞けば酷い行いをしていると見られるかも知れないが、これはどうしても必要な処置なのだ。何しろオークは人間の女を繁殖用の母体として使うので、ここでいらない情けを出して逃がしたりしたら、その分ギルムの街で被害が出る可能性が高い。何しろ、ここから一番近い位置にある人が集まっている場所と言えばギルムの街なのだから。

 そんな残党狩りが行われている地上へとチラリと視線を向けてから、セトへと合図してボッブスの待っている場所へと向かう。

 この時、集落から離れていくセトの姿を見たエルクは、オーク達を率いていた存在がレイとセトによって倒されたというのを本能的に確信していた。






 オークの集落から少し離れた場所。そこでボッブスは明るくなってきた空を見上げていた。

 そんなボッブスから少し離れた所にある馬車の中では、オークの集落に捕まっていた所を助け出された2人の女が死んだように眠っている。ようやく自分達がオークの下から助け出されたと知り、これまでの疲労が一気に吹き出たのだ。他にもオークに捕まっていた時のことを思い出させないようにボッブスが気持ちをリラックスさせる効果のあるお茶を飲ませたのも原因の1つだろう。


「……あの煙は集落が燃えているもので間違い無い。となると、夜襲は成功したと見てもいいだろう。何か不測の事態が起きればすぐに知らせに来る筈だしな」


 元々が冒険者出身のボッブスは待つということには慣れていた。ジリジリと嫌な考えが頭に浮かびつつも、討伐隊に参加をしてくれた者達を信じてその場でじっと待つ。

 もちろんいざという時の為にその手には冒険者時代に愛用していた槍を持っている。あの集落から逃げ出したオーク達がここに来ないとも限らないのだから。

 そんな状態でオークの集落へと視線を向けていたボッブスは、ふと何かが聞こえたように周囲を見回し……朝焼けの中を悠然と飛んでくるセトと、その背に跨がったレイの姿を見つけて夜襲の成功を確信して小さく笑みを浮かべるのだった。

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