第29話

 パチッパチッと焚き火の燃える音が周囲に響き、レイの休んでいるテントの中にもその音が聞こえてくる。

 月明かりと焚き火の明かりのみが周囲を照らす光源となり、数人の冒険者達がその焚き火の周りに集まって周囲を警戒していた。

 現在の時刻は夜。既に夕食も終わり見張り以外はパーティごとに割り当てられたテントで休んでいる。

 レイの休んでいるテントの中でも、雷神の斧の3人が敵が来たらいつでも対応出来るように武器を手元に置きながら眠りについていた。

 本来ならレイは1人で休みたかったのだが、ボッブスが一応念の為ということでテントも雷神の斧と一緒にするように命じたのだ。


(……来ない、か)


 レイが1人で休みたかった理由。それはこのオークの討伐任務を受けた時から視線を送ってくる相手、男女4人組のパーティである夜闇の星を自分を餌にして誘き出すつもりだったからだ。本来ならそんな面倒臭い真似をしたくはなかったのだが、オークと戦っている時に背後から攻撃される可能性を考えると早めにどうにかしたかった。だが、結局は雷神の斧とレイ達のテントのすぐ側で眠っているセトには手を出せないと思ったのか特に何が起きるでもなく夜は過ぎていく。

 尚、本来ならレイもまた交代で見張りに付く予定だったのだが、これもまたボッブスの鶴の一声で免除になっていた。






「姐御、駄目だ。新入りのテントは雷神の斧の連中と一緒だし、近くにはあのグリフォンも張り付いてやがる。闇に乗じてってのはやめといた方がいいと思う」


 夜闇の星に宛がわれたテントの入り口から、一番遠くにあるレイと雷神の斧のテントの様子を窺っていたムルガス。そのムルガスが周囲のテントで寝ているだろう者達に聞こえないように小声でそう告げる。

 普通なら焚き火の明かりがあるとは言っても見えない距離にあるレイ達のテントだが、夜闇の星の中でも斥候を担当しているムルガスは夜目が利く。そのおかげでレイの休んでいるテントの他にも、そのすぐ側で寝転がっているセトの様子も見えていた。


「ちっ、仕方ない。今夜の襲撃は見送った方が良さそうだね」


 セリルはふて腐れたように言うと、テントの中で寝転がる。今の季節以外なら毛布やらなにやらがないと風邪を引くのだろうが、現在は夏だけにそんな物は必要無い。


「ったく、ボッブスの野郎があそこまでグリフォンを信頼するとは予想外だったね。他の奴等も奴等で、よくあんなモンスターを近くに置いておくのを承知するもんだ」


 このオーク討伐隊の指揮を任されているボッブスだが、それはあくまでも戦闘における指揮官でしかない。オークの集落に辿り着くまでの旅路では絶対的な指揮官という訳ではないのだ。……少なくてもセリルはそう思っていた。故に、ここで野営をすると決めた時にいくらテイムされているとは言ってもグリフォンの近くで眠りたくないと訴えたのだが……セトの五感がどれ程優れているのかを説明され、また同時にファングウルフの群れを1匹で蹂躙したその戦闘能力を見ていた他の冒険者パーティはセリルに同調しなかったのだ。

 それはその話を聞きながら、グルルルと鳴いてレイへと甘えているセトの姿を見た冒険者達が、少なくてもこのグリフォンはレイと共に行動している限りは自分達に危害を加えないだろうと判断したというのもあるし、同時にセトがテントの近くにいれば下手な見張りよりも鋭く敵の接近を感知してくれるという打算でもあった。もっとも、結局は念の為ということで交代しながら見張りをすることになったのだが。

 尚、見張りの時間に関してはボッブスの持っている砂時計が落ちきったら次のパーティに交代するという流れになっている。

 それらの行動により他の冒険者達と違う行動を取った夜闇の星はボッブスやレイ、あるいは雷神の斧といった面々に違和感を持たれ、グリフォンの側にいるのが嫌なようなら……という理由でレイ達のテントから一番離れた位置に自分達のテントを張る羽目になってしまったのだ。


「姐御、どうします?」


 スニィの声がテントの中に響くがセリルは目を閉じながら答える。


「グリフォンに雷神の斧が側にいるんじゃ手の出しようがない。今日の所は大人しく寝て身体を休めておきな。本番は明日の夜、オークの集落に夜襲を掛けた時だ。……今日のうちにアイテムボックスを奪えておけば今回の遠征で用意された物資も丸々貰えたんだけどね」


 呟くセリルは、ここで野営をすると決めた夕方の時のことを思い出していた。あの新入りの小僧の手に次から次へと野営に必要な物資が出て来るというあの光景は、アイテムボックスという存在の真価を十分に示していた。そしてそれは同時に、セリルの欲望もより強く揺さぶるものだった。

 セリルは横になって目を閉じながら、数十日後には自分が王都で遊んで暮らしている想像を浮かべながら眠りに落ちていく。

 その横で、アルが軽く眉を顰めていたのに気が付かないままに。






 翌日、既にテントの類は全てをミスティリングへと収納し終わり、残っているのは昨夜燃やした焚き火の跡だけだ。朝食もギルドが用意した乾パンや干し肉といったもので簡単に済ませて既に出発の準備は万端である。

 ……尚、レイだけは夕暮れの小麦亭の女将から貰った作りたて弁当をミスティリングに収納してあったので、その弁当のサンドイッチを食べていたが。ちなみにセトに関してはどこかに飛んで行き獲物を自分で狩って食べていた。

 魔石に関してはどうなったのかは分からないが、頭の中に例のアナウンスメッセージが流れなかったのでセトの朝食になったのはそれ程高いランクのモンスターではなかったのだろうとレイは判断していた。

 そして出発準備が整ったオーク討伐隊の前でボッブスが口を開く。


「いいか。昨日も言ったが、このまま進めば今日の昼過ぎにはオークが集落を作っている場所の近くまで辿り着ける筈だ。その後は夜中までそれぞれが休憩して体力を回復しておいてくれ。特に昨夜見張りをした者達は睡眠不足なんてことにはならないようにな。その後は夜中になったら奇襲を仕掛ける。知っての通り、オークは団体行動を取れるモンスターだ。恐らく見張りを立てているだろうからまずその見張りを倒す。その後は確実にオークを殲滅する為に、集落を各パーティ単位で包囲してから攻撃を仕掛ける。討伐証明部位や素材の剥ぎ取りに関しては集落にいるオーク達を殲滅した後、明日の朝まで待ってくれ。質問は?」

「オークの希少種や上位種を倒した場合は占有権を貰えるんだな?」

「ああ、当然だ」

「オークが持っている武器や宝なんかを発見した場合は?」

「その場合は見つけた者が所有権を主張できる」


 その後も細々とした質問に答えていくボッブス。

 そのやり取りを聞きながら、レイは自分の魔法について考えていた。


(俺の魔法なら、集落を纏めて消滅……いや、焼滅させることが出来る。それを言うか? ……いや、その場合は集落の中にいるオーク達も消し炭になって魔石が手に入らないか。なら他のパーティと一緒に襲撃に参加した方が最終的には得になる……か?)


 集落を纏めて燃やして功績を独り占めしながらも魔石を全て諦めるか、他の冒険者パーティと共に襲撃に参加して功績は分け合いつつも魔石の入手を優先するか。どちらが得かを数秒だけ考え、レイはあっさりと後者を選択するのだった。

 もし前者を選択した場合は、確かに功績の独り占めは出来る。だが、それはつまり他の冒険者パーティから功績を上げる場を奪うということだ。それによって逆恨みされる可能性を考えると、魔石を手に入れられる分後者の方がいいだろう。それに功績を上げる機会はオークの討伐以外にもあるだろうが、オークの希少種や上位種といった存在の魔石はこの場でしか手に入らない可能性もある。


「よし、他に質問は無いな? じゃあ昨日と同じく分かれて馬車に乗れ。出発するぞ」


 ボッブスのその言葉を合図に、それぞれが昨日乗った馬車へと乗り込んでいく。

 その際、他の冒険者達の中でも数名がセトへと感謝の言葉を投げていたのがレイには印象的だった。夜はレイのテントの側で待機していたとはいえ、共に夜を過ごしたことである程度の信頼感を得たのだろう。


「レイ君、私達も馬車に乗るとしよう」


 そんなセトと他の冒険者達の様子を見守っていたレイへと、ミンが声を掛けてくる。

 その後ろではエルクが口元に笑みを浮かべ、ロドスが不機嫌そうにレイへと視線を向けているといういつもの雷神の斧の面々がいた。


「そうだな、向こうについての休憩時間は少しでも長い方がいいしな」


 呟き、セトの頭を軽く撫でてから馬車へと乗り込む。

 雷神の斧とレイの他に、昨日同様にボッブスも乗り込みウォーホースが馬車を引いて移動を始めた。






 馬車が動き出してから暫く経ち、倒したモンスターから素材を剥ぎ取る際のコツや迷宮についての注意点等をエルクやミンから聞いていたレイだったが、不意にボッブスがその会話を中断させる。


「レイ、それにエルク達も。気が付いていると思うが、この討伐隊にオークの討伐以外の目的を持ったパーティが参加しているらしい」

「ああ。夜闇の星とかいう連中だろう?」


 エルクの断言した言葉にレイもまた頷く。

 男女4人組の冒険者パーティである夜闇の星。特にそのリーダーである中年の女から向けられる欲望に濁った視線には当然レイも気が付いていた。

 ギルドで討伐任務の会議が終わった時から感じていた視線だが、実際に街を出発してからはその視線はより露骨なものになっていた。

 欲望にべっとりとした視線を感じた時、最初は自分の身体が目当てなのかとも思ったのだ。何しろ佐伯玲二だった時はともかく、ゼパイル一門が作りあげたこの肉体はそれなりに美形であるというのはレイも理解している。

 だが夜闇の星のリーダーであるセリルの視線が向かう先は、顔や身体ではなく決まってミスティリングの嵌っている右腕だった。


「そうか、やはり気づいていたか。どうやら奴等の狙いはそのアイテムボックスで間違いないらしい」

「だろうな。俺が気が付いてないと思っているのか、露骨に俺の右腕に視線を向けているからな」


 レイが本当に普通のGランク冒険者であったのなら確かにCランク冒険者であるセリルの視線には気が付かない可能性もあっただろう。だが、幸か不幸かレイは並のGランク冒険者と言える存在では無かった。


「……なるほど。たまに妙な視線を感じると思ったら、お前のアイテムボックス狙いだったのか。ふん、分不相応な物を持ってるからだ。大体、なんでGランクでしかないお前がそんなに稀少なマジックアイテムを持ってるんだ?」


 レイの腕に嵌っている腕輪を見ながら呟くロドス。さすがに雷神の斧のメンバーだけあってあの欲望に濁った視線には気が付いてたらしい。


「俺は元々どことも知れない山奥で魔法の師匠と一緒に暮らしていたんだよ。で、その修行も一段落した所で後は自分で好きに修行しろと言われて魔の森とやらにセトと一緒に転移させられたんだが、その際に幾つかのマジックアイテムを譲り受けている。それがこのミスティリングであり、俺のメイン武器でもあるデスサイズであり、他にもまぁ、色々とな」


 ギルムの街に入る時、ランガにした説明を思い出しつつロドスへと告げる。


「……魔の森、だと? お前、あそこに転移させられたのか?」

「ああ。転移させられて最初に目の前に現れたのがウォーターベアだった時はさすがに驚いたな」

「ウォーターベア……」


 唖然とした表情でレイを見るロドス。その視線にはつい数分前まであった侮りの色は幾分か薄くなっていた。


「まぁ、魔の森云々ってのは置いといてだ。レイ、夜闇の星には気をつけろよ。奴等は恐らくお前を不意打ちか何かで襲ってそのミスティリングを奪う積もりだからな」


 エルクの言葉に頷くレイ。


「だろうな。昨日の野営の前にテントの近くにセトがいるのは嫌だって言ったのも恐らく俺が寝ている隙に……とでも思ったんだろう。まぁ、結局その提案は他のパーティに却下されたがな。それにもし仮にセトをテントの側から離したとしても、俺が寝ていたのはお前達雷神の斧と一緒のテントだったから結局はどうしようも無かったと思うし」

「けど、そのアイテムボックス……いや、ミスティリングはレイ君しか使えないんだろう? それなら夜闇の星がどうにかそれを奪ったとしても意味が無いんじゃないのかい?」


 ミンがギルドの会議室でミスティリングを見せて貰った時に教えて貰った話を思い出して尋ねるが、レイは口元に嘲りの笑みを浮かべるだけだった。


「何しろ、稀少品中の稀少品だからな。詳しい性能や特徴を知らなくてもおかしくはない。そういう意味では一度わざと盗ませてミスティリングを使えないという滑稽な姿を見物するのも面白いかも知れないが……」

「おいおい、その中には今回の討伐の為に使う物資が入ってるんだ。意味の無い危険は冒すなよ」

「ああ、冗談だ冗談。さすがにそんな無意味なことはしないさ。使えないからってどこぞに捨てられたりしたら面倒だしな」

「そうしてくれ。とにかく、夜闇の星については雷神の斧にしろ、レイにしろ気をつけておくように。……いっそのこと、集落に夜襲を仕掛ける時も雷神の斧と行動を共にするか?」


 ボッブスの言葉に数秒考え、首を左右に振る。


「いや、ただでさえ人数が多いとは言えないんだ。わざわざオークを逃がす穴を広げる必要は無い」


 そう返事をしたレイだが、その本心は雷神の斧と行動を共にした場合の魔石を入手する確率やそれを吸収する所を見られたくないというのが大きな理由だった。


「そうか? まぁ、お前にはグリフォンがいるんだから大丈夫だとは思うが……くれぐれも油断はしないようにな。一応俺も夜闇の星には注意しておくが」


 確かに緊急依頼ということで人数が少ないのは事実なのだ。ボッブスは苦虫を噛み潰したかのような表情で頷くのだった。

 そうして、オーク討伐隊は昼前には集落の近くへと到着する。

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