第27話

 オーク討伐に必要な各種の物資をミスティリングへと収納したレイは、まだ用事があるというボッブスとその場で別れて裏口からギルドを出る。


「グルルゥ」


 そんなレイへと気が付いたセトが嬉しそうに喉を鳴らして出迎え、そのまま2人でギルムの街の正門へと向かうのだった。






「おや、今日も依頼かい?」


 既に慣れたかのようにセトの対応に出て来るランガ。一般の警備隊員ではセトに怯えるということもあり、隊長だというのに……否、隊長だからこそランガが半ばレイとセトの担当のようになっていた。

 まぁ、ラルクス辺境伯からレイに注意しておくように言われているというのもランガがレイの担当になっている大きな理由なのだが。

 ミスティリングからギルドカードを取り出し、セトの従魔の首飾りと一緒に手渡しながら口を開く。


「依頼と言えば依頼だがな。オークが集落を作ってるって話を聞いてないか?」


 その説明にピクリとするランガ。


「もちろん聞いているが……君は強いとは言ってもまだGランクだろう? 依頼を受けることが出来たのかい?」

「今回は緊急依頼で、オークを単体で倒すことが出来る実力があればランクは関係ないそうだ」

「……なるほど。まぁ、ウォーターベアを倒せるんだから実力という意味では問題ないだろうね」

「そうなる。で、討伐隊は昼過ぎに正門前に集合となってる訳だ。まだ時間的にちょっと早いけどな」

「グルゥ」


 まだ? とばかりに頭を擦りつけてくるセトの頭を撫でながらギルドカードをランガから受け取る。


「すまない、時間を取らせたね。君とセトならまず安心だろうけど、気をつけてくれ」


 ランガの言葉に頷き、セトと共に街の正門から少し離れた草むらへと移動する。


「グルゥ」


 草原で気持ちよさげに横になるセトと、それに寄り掛かるレイ。本来なら正門の横で他のメンバーを待っていればいいのだろうが、ギルムの街に来てからまだ数日。セトの存在を知らない者もまだそれなりにいるので、街に出入りする際の邪魔にならないようにというレイなりの配慮だったりする。

 そしてセトもまた、街の中にいるよりは草原で夏の日差しを浴びている方が嬉しいらしく機嫌良さげに喉の奥でゴロゴロと猫のように鳴いていた。

 本来であれば夏の直射日光を浴びているのだから熱中症といった症状を引き起こす可能性もあるレイだが、何しろ元々持っている肉体的な能力が違う上に、簡易エアコンとも言うべきドラゴンローブを着ているので全く涼しい顔でセトへと寄り掛かっている。


「……レイ君か?」


 周囲の警戒をセトへと任せ、うつらうつらとした眠りを楽しんでいると唐突に自分の名前を呼ばれているのに気が付き、意識が急速に覚醒していく。

 目を開けたレイの前にいたのは30代程の女で、ローブを身に纏い頑丈そうな杖を持っている。その横には面白そうな顔をした中年の男と、何か信じられないような者を目にしたかのように固まっているレイと同じ歳くらいの少年の姿があった。

 ランクAパーティである雷神の斧のエルク、ミン、ロドスの3人だった。


「そろそろ時間か?」

「いや、それもそうだが……その、1つ聞いていいかな?」


 何を聞かれるのかを大体予想しつつ、ミンの言葉に頷くレイ。


「君が寄り掛かっているのはグリフォンで間違い無いと思うんだが。……何故?」


 雷神の斧のメンバーとは言っても、さすがに同ランクのモンスターであるグリフォンには恐怖心を覚えるのだろう。恐る恐るといった様子で問いかけるミンだったが、レイの返事は至極短かった。


「テイムしたからだ」

「ふざっ、巫山戯るな! ランクGの冒険者如きがグリフォンを……っ!?」


 レイのあっさりとした言葉に怒鳴り返したロドスだったが、セトが喉の奥をグルグルと鳴らしながらその視線を向けると言葉に詰まる。

 それもしょうがないだろう。ランクAパーティに所属しているとはいっても、ロドス自身はあくまでもランクCの冒険者でしかないのだ。ランクAと言われているグリフォンを相手にすれば本能的に生物的な格というものを思い知らされても不思議ではない。


「ほら、セト落ち着け」


 そんなロドスの様子に苦笑を浮かべながらも、セトを宥めるレイ。


「グルゥ」


 その頭をいつものようにコリコリと掻きながら、ロドスに向かって話し掛ける。


「一応言っておくが、セトは誰かれ構わずに敵意は抱かない。ただし、俺や自分に危害を加える相手は別だけどな」

「……」


 その言葉に、パクパクと口を開きつつも何かを言えばまだセトに唸られるのではないかと感じたロドスはそれ以上声が出せなかった。


「がははははは。凄いな、坊主。モンスターをテイムしている奴はそれなりに見てきたが、グリフォンをテイムしてる奴なんて初めてみたぞ。なぁ、触ってもいいか?」

「父さん!」


 この辺がランクAとCの違いなのだろう。あるいは、単純に年期の差か。


「セト、どうする? あの男がお前に触ってみたいってさ」

「グルゥ……」


 ロドスとエルク、ミンの3人を順番に見据えるセト。そのまま数秒が経過し、短く鳴いて尻尾を小さく振るのだった。


「許可が出たぞ」

「そうか! 悪いな」


 ランクAという危険度が非常に高いモンスターへと触れるというのに、緊張した様子はなく笑みすら浮かべて手を伸ばすエルク。その手がレイが寄り掛かっているセトの胴体へと触れ……


「おお! 何だ、この滑らかな手触りは。グリフォンは見るのも初めてだが、こんなに滑らかな手触りの毛をしてるのか」


 セトの体毛を表現するのに一番適しているのはシルクのような滑らかな手触りというものだろう。

 その滑らかな体毛を撫でながら、満足気に頷くエルク。


「なぁ、レイ。セトって言ったか? こいつの体毛で服を作ったりすればそれこそ王族にでも献上できるような品質の物が出来るんじゃないか?」

「さて、どうだろうな。そういう積もりはないから全く気にしてなかったが……」

「……レイ君、私も撫でさせて貰っても構わないかな?」


 エルクの言葉に好奇心を抑えきれなくなったのだろう。ミンもまたそう尋ねてくる。

 その質問にレイがセトへと視線を向けるとエルクの時と同じように尻尾を小さく振る。


「構わないらしい」

「そうか、では早速。……エルク、ちょっとそこを退け。私にもその滑らかな手触りを感じさせろ」

「母さんっ! グリフォンなんかに近付いたら危険だよ!」


 ロドスがそう止めるが、好奇心で瞳を輝かせたミンを止めることは当然出来なかった。


「ほう、ほうほうほう……確かにこの手触りは非常に滑らかだね。いつまでも触っていたいと思わせる程に」

「だろう? いやぁ、グリフォンに襲われる心配も無く触れるなんて今日はラッキーな日だな」

「そうだな、エルクの言う通りだ。ランクAモンスターのグリフォン、その身体に触れるなんて非常に貴重な体験だ」


 そんな風に自分の胴体を撫でている2人を見ながら、ジロッとばかりにロドスへと鋭い視線を向けた後は再び目を閉じるセト。


「くっくっく。嫌われたもんだな、ロドス」


 その様子を見ていたエルクは、まだセトの胴体を撫でているミンをそのままにロドスへと笑みを浮かべて声を掛ける。


「べ、別に俺はグリフォンに嫌われたって構わないさ」


 処置無し、とばかりに溜息を吐くエルク。そんなエルクへとレイが声を掛ける。


「ボッブスに言われたんだが、オークの集落地に行くまでは俺とお前達は行動を共にするらしい。よろしく頼む」

「はぁ!? 何でわざわざランクGの面倒を見なきゃいけないんだよ!?」


 レイの言葉に真っ先に反応したのは当然ロドスだったが、それに反論したのはレイではなくエルクだった。


「そりゃ当然だろ。あぁ、もちろん俺は構わねぇぜ」

「父さん!」


 言い募るロドスに対して、呆れたような溜息を吐きながらエルクは口を開く。


「いいか? 午前中に行われた会議を思い出せ。レイは今回のオーク討伐に使う物資の輸送を任されたな?」

「ああ。俺も聞いてたからそれは知ってるさ」

「じゃあ、もしそのレイがオークなり他のモンスターなりに倒されたとしたらどうなると思う?」

「それは……あ……」

「ようやく気が付いたか。そうだ、もしレイが殺されでもしたら物資関係は全てパーになる。さて、ここで問題だ。俺達は何だ?」

「……ランクAパーティ、雷神の斧」

「そうだな。さらに言えば今回のオーク討伐に参加している中で唯一のランクAパーティだ」


 ランクA。ギルドのランク的にはSの1つ下という地位ではあるが、そのランクSが世界で3人しか存在していないのだから、そのすぐ下のランクAがどれ程のものかは冒険者なら皆が知っている。そしてランクSが3人という稀少さ故に、一般の冒険者達にしてみればランクAを持っている者が実質的に自分達のトップであるという意識も少なからず持っている。

 そして雷神の斧はそんなランクA冒険者2人が所属しているパーティなのだ。ギルムの街でも実力、実績共にトップクラスのパーティとギルドから評価されているし、実際にそれは間違ってはいない。


「この討伐隊の中でも最大戦力であると見なされている俺達が物資を運んでいるレイの護衛に付く。……何かおかしい所があるか?」

「確かに物資の重要性は理解してるさ。でも、別に何も俺達がこいつの護衛をしなくたっていいじゃないか。ランクBやCのパーティだっているんだから」


 半ば意地となってエルクに反論するロドス。


(くそっ、父さんも母さんも何でこんな奴にそこまで気を使わなきゃいけないんだよ。大体グリフォンとかアイテムボックスとか、全部こいつ自身の力じゃなくてモンスター頼り、マジックアイテム頼りの実力じゃないか。わざわざ俺達が護衛してるやる必要なんか……)


 内心でそう思いつつ、エルクに視線を向ける。

 レイに対する反感が、自分の母親であるミンがレイを認めているという所から来ているとは本人だけが気が付いていなかった。

 当然父親であり、尚且つ雷神の斧のリーダーでもあるエルクもそのことには気が付いている。


「いいか。これは雷神の斧のリーダーとしての決定だ。反論も、護衛に手を抜くような真似も許さん」

「……分かったよ」


 いつになく強硬に命令をしてくるエルクに、最後にはロドスも不承不承頷くしかなかった。


(ったく、こいつを甘やかしすぎたか? 実力だけで言えばCランクでも上の方なんだが……何だってここまで母親にべったりの性格になったのやら。出来れば今回の依頼でレイの影響を良い方に受けてくれるといいんだがな)


 ミンと違い、魔力を感じ取る力というのはエルクには無い。だが、それでもランクAの冒険者だけはありレイの実力や潜在能力は薄々と察していた。話をしてその性格もエルクなりに大体掴めた感じもする。それはレイは莫大な力をその身に秘めてはいるが、決して悪人の類では無いということだ。……もっとも、鷹の爪に対するやり口を聞いた時には苦笑を浮かべるしかなかったが。

 エルクにとって、新人に絡んで雑用として使わせるという鷹の爪のようなやり方は好みではない。……新人の育成にある程度の効果はあると知りつつも、どうしても好きになれないのだ。だからこそ、オーク討伐の会議が終わった後でレイの情報を集めた時に鷹の爪とレイが揉めた経緯や結果を聞いても特に不快感を覚えることはなかった。むしろ、良くやった! と喝采を送っていた程だ。






 エルクが一人息子の行状に悩んでいるのを見ながら、レイはセトに寄り掛かりながら正門の方へと視線を向ける。

 そこには午前中の会議で見たパーティの者達が集まってきており、その殆どが会話をしながらもレイ達を気にしてチラチラと視線を向けていた。その大半はエルク達雷神の斧……ではなく、グリフォンであるセトへと向いている。ギルド内部でレイの情報を聞いていた者にしても実際に本物のグリフォンを初めてその目で見たのだから無理は無いのだが。


(けど……セトじゃなくて俺を観察してるような視線は相変わらずか)


 会議室でミスティリングを披露してから付きまとっている視線。宿である夕暮れの小麦亭にいる時以外はずっと感じていた視線だ。

 その視線を送っている者にとっては、オークの討伐よりも自分の持っているミスティリングをどうにかして手に入れるのが優先されてるんだろうと、いずれ必ず訪れるであろう戦いの予感に内心で苦笑を浮かべるだけだった。


「お、来たな」


 エルクの呟きに、再度正門の方へと視線を向けるレイ。

 そこには8台程の馬車が連なって街の中から出て来る所だった。そして先頭の馬車の御者台には御者の他にボッブスの姿が。


「オーク討伐依頼を受けた者は、集まってそれぞれのパーティごとに馬車に乗れ! 尚、レイと雷神の斧は俺と一緒に真ん中の馬車だ。理由は分かるな?」


 その場に集まっていた冒険者達に声を掛け、エルクへとそう尋ねる。


「ああ。物資を失う可能性を少なくする為だろ?」


 ボッブスの言葉に、エルクがそう叫ぶ。

 馬車の方へと近付いていくエルク。その後を追うようにミンとロドス。そしてレイとセトも馬車の下へと向かう。

 正門付近に集まっていた冒険者達は、近づいて来たセトを見て引き攣ったようにそそくさと自分達が乗ると決めた馬車へと乗り込む。それを全く気にせずにエルクとボッブスは会話を続けていた。そして……


「良し、出発するぞ! オークの討伐だ!」

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