第43話 攫われた先に
目を覚ますと、暗闇でした。
どうやら何かの薬を嗅がされたのか、随分頭が朦朧としています。ただ、私が横になっていて、何か狭いものに入れられている、ということは分かりました。
頭痛がひどくて、何も考えたくありません。ですが、どう考えても私の人生最大の危機が襲っています。
ごとごとと振動がすることから、恐らく馬車に乗っているのでしょう。痛む頭を無理やりに覚醒させて、状況を把握します。
まず、両手が縛られています。
そして足も、両足首が縛られています。
口には猿轡が噛まされています。
そして触れた感じでは、どうやら麻袋のようなものに入れられているようです。それも何重にも重ねているようです。
どう考えても、リチャードを害した彼らが、私を誘拐したのでしょう。
そして考えるに、私の情報をきちんと把握したうえで、このような悪行に臨んだのだと思われます。
最初、リチャードが目を奪われていた、ばいんばいんの女性も罠だったのでしょう。リチャードが女性の胸に目が無い、ということを知っている何者かの犯行、ということになります。
「ぎゃはは、楽な仕事だったな。これで丸二年は遊んで暮らせるだけ貰えるってんだから、いい仕事だわ」
「もうそろそろだろ? このあたりで引き渡しのはずなんだが」
麻袋の外から、そんな声が聞こえてきます。
恐らく私を攫った者たちの声なのでしょう。そしてどうやら、私を攫うように彼らに指示した者がいるようです。
今どこにいるのかは分かりませんが、馬車は随分揺れているので、整備されていないのでしょう。ということは、街道を外れているのかもしれません。
今、私がどうするのが最善なのでしょうか。
「つーか、依頼主に引き渡す前に俺らで遊んじゃ駄目か?」
「馬鹿、何言ってんだいアンタは。下手なことして、向こうさんの機嫌を損ねない方がいいさ」
「ぎゃはは、てめぇ幼女趣味かよ。あんなガキ相手じゃ興奮もしねぇわ」
「うるせぇ。公爵家の令嬢だってんだから、楽しめそうじゃねぇかよ」
声からするに、恐らく三人。
リチャードへ襲いかかった二人の男と、前から歩いてきていたばいんばいんの女性一人、でしょう。それに加えて、依頼主という者がいるようです。
残念ながら私の身体能力は著しく低いので、三人を相手では逃げ出すこともできないでしょう。
依頼主とやらが何者かは知りませんが、逃げ出す隙があるとすれば、私が引き渡されて、この三人が離れてからでしょうか。
ごとんごとん、と揺れる馬車に体が当たります。割と肩とかが痛いです。
「つか、まだ目ぇ覚めねぇのかね。令嬢は」
「それほど強い薬は使ってねぇんだがな」
「目覚めたら分かるさ。温室育ちの令嬢じゃぁ、状況を把握したらすぐに悲鳴を上げるさね」
残念ながらもう目は覚めています。
頭はいまいち覚醒していませんけど、一応悲鳴を上げない程度には落ち着いています。
というか、私が悲鳴を上げたら、より私の危険が増す気がします。
ここは寝た振りを続けるのが一番でしょう。
決して落ち着ける状況ではありません。
ですが、かといって焦ったところで、慌てたところで、事態は好転しないでしょう。
ならば私は、極力落ち着き、そしてどうにか逃げ出す方法を考えなければいけないでしょう。
「お、見えてきたぜ。あの館だろ?」
「ったく、こんな山奥までわざわざ運ばせやがって」
「まぁ、いいじゃないか。その分報酬は弾んでくれるんだからね」
「貴族の私有地に入る危険を考えりゃ、もっと貰ってもいいはずだぜ?」
「それもそうだね。ちょいと交渉してみようか」
貴族の私有地、山奥、館。
掴めるだけの情報を、ひたすらに整理します。
今の時間は分かりませんが、それほど強い薬を使っていない、ということは、さほど時間は経ていないと思います。麻袋の隙間から日差しも見えますし、まだ日が高いのでしょう。
私が攫われたのが昼前なので、それほど時間は経っていません。そこから、この揺れを考えるに、さほど速度を出している、というわけではないでしょう。つまり、選択肢は限られます。
そして王都から最も近い山奥――。
もしも南門から出た場合、最も近いのはアンブラウス公爵領と王都の境にあるカフス山ですね。カフス山は、一応アンブラウス公爵家の私有地となっていたはずです。茸が自生しているので、立ち入りを制限していましたね、確か。
そして、館――。
山の奥に館を建てる、というのはそうないでしょう。ですが、カフス山の山頂には、アンブラウス公爵家の別宅が建てられています。茸狩りなどを行う際に使うだけで、普段はほとんど使用されていないはずですね。
状況を判断するに、ここはカフス山である可能性が高いです。そして、アンブラウス公爵家の別宅である可能性も、また高くなっています。
全ては麻袋の中では分かりませんが、もしもそうなら、私にも逃げ出す機会が生まれますね。
馬車が、ゆっくりと止まりました。
ようやく不快な振動がなくなってくれました。
「うし、んじゃ下ろすぞ。お前そっち持て」
「一人で運べねぇのかよ」
「うるせぇ。下手に一人で運んで、落として起きられでもしたら厄介だろうが」
「ちぇ」
私の体に、男二人が麻袋越しに触れてきます。
変なところを触られないことを祈りますが、かといって抵抗するべきではないでしょう。
今はまだ、私が眠っている、と考えている彼らの誤解を、利用しましょう。
私の体が重さを失い、宙に浮きます。
首のあたりを持つ一人と、足のあたりを持つ一人とで、私は完全に浮いています。変なところを触られなくて良かったですね。
そして、宙に浮いたままで男二人が進んでいくのが、なんとなく感覚でわかります。
「ご苦労」
そこで、別の声がしました。
随分と聞いたことのある――普段から何度か聞いたことのある、いやらしい声音。
「うっす、ご注文の品、届けましたぜ」
「アンブラウス公爵家令嬢、キャロル・アンブラウスの身柄、確認してくださいな」
「まだ薬が効いてまして、眠ってますけどね」
私の入った麻袋が下ろされ、その口が開かれます。
日差しが入ってきます。寝たふりを続けなければ。
目を閉じ、麻袋から取り出された私を見て。
「おお……確かに。間違いない」
「んじゃ、お約束の報酬をいただきましょうかね」
「ああ。これが報酬だ」
じゃらじゃらと何やら鳴る音。
恐らく金貨の入った袋を渡しているのでしょう。もしも金貨なら、かなり多いですね。
これほどの額を、用意できるような立場ではないと思うのですけれど。
「そんじゃ、俺らはこのあたりで」
「お楽しみくださいな、旦那」
「分かっているとは思うが、他言無用だぞ」
「勿論分かってまさぁ」
うけけ、と笑いながら、男たちが遠ざかる気配が分かりました。
そして、一人残った依頼主が、私の体を持ち上げました。
「くくっ……ああ、ようやく手に入った……キャロル」
髪を撫でる手が、気持ち悪いです。
頬に触れる手が、気持ち悪いです。
身体を見る目が、気持ち悪いです。
ただ、ようやく分かりました。
「キャロルさえ手に入れれば、アンブラウス公爵家も俺に逆らえない……くくっ、正統な公爵家の血を継ぐ者こそが、当主に相応しいということを教えてやる……」
ヴィルヘルム様もおっしゃっていた、「あやつにも困ったものだ」という言葉。
私は、過去に何があったのかは知りません。
薄目を開くと、そこには。
下卑た顔で、舌なめずりをする――ロバートの姿。
「くくっ、ははっ、ははははははっ!」
愚鈍で指示も聞かないというのに、決して解雇されなかったロバート。
何があったのかは分かりません。
ただ。
ロバートとアンブラウス公爵家に、何らかの深い因縁がある、ということだけは、分かりました。
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