慧持5  蜀土紛擾

しょくの地には慧巖えごん僧恭そうきょうといった僧がいた。

人々は彼らに敬意を表していたわけだが、

ここにきて、慧持えじの到来である。

みんなして慧持さますげぇ! となり、

慧持に教えを請わんと願い出るものを

登龍門とうりゅうもんに登った」と称するほど。


僧恭は幼ない頃からの天才肌、

後には蜀郡僧正の座についた。

慧巖は内外の経典に深く通じていたため、

日頃より毛璩もうきょに重んぜられていた。


そして迎える、403 年。

長江ちょうこうの下流域では劉裕りゅうゆうが決起、

桓玄かんげんを打倒していた。

西に落ち延びた桓玄は蜀入りを目論むが、

その入口あたりで、殺される。


このとき毛璩の目もまた

桓玄のほうに向いていたのだが、

その隙を配下の譙縱しょうじゅうに突かれ、

殺されてしまった。


こうして蜀の地を乗っ取った譙縱、

後秦こうしんとよしみを通じ、成都せいと王とされる。


譙縱、「毛璩を弔う会」を開催。

その取り仕切りを慧巖に強要した。

断りきれずに会場に赴いた慧巖。

ただ、慧厳にとり毛璩は

長らく付き合いのあった信徒である。

葬儀にあたっては堪えきれず、

悲嘆の思いを表してしまった。

なので譙縱、慧厳を殺害。


このニュースは蜀を大いに揺るがした。

僧侶も、俗人も、みな恐怖を抱く。

慧持もまた難を逃れるため、

県の中寺に脱出する。


そこにやって来たのが譙縱の甥、譙道福しょうどうふく

凶暴極まりない男であり、

陴県一帯での劫略に勤しんでいた。

そんな譙道福が中寺に現れる。

人も馬も血にまみれており、

僧たちは皆怯え、逃げ出してしまう。


そんな中、慧持は寺の前で桶に水を張り、

手足を洗っていた。

その表情に怯えは一切ない。

譙道福がズカズカと歩み寄ってくると、

ぱちんと指を鳴らし、水を漉す。

泰然自若そのものである。


譙道福はその佇まいに恐れおののき、

汗をダラダラと流し、引き下がった。

そして寺の門から出ると、

周りのものに言うのだ。


「偉大な人物とは、

 ああも余人と違うものなのか」


のちに譙縱が平定されると、

龍淵寺に帰還し、そこで講説や斎戒、

懺悔の儀式などに、老いてなお

ますます盛んに活動した。


412 年に寺で死亡。76歳であった。




時有沙門慧巖、僧恭,先在岷蜀,人情傾蓋。及持至止,皆望風推服。有升持堂者,皆號登龍門。恭公幼有才思,為蜀郡僧正;巖公內外多解,素為毛璩所重。後蜀人譙縱,因鋒鏑之機,攻殺毛璩,割據蜀土,自號成都王。乃集僧設會,逼請巖公。巖公不得已而赴。璩既宿昔檀越,一旦傷破,睹事增悲,痛形顏色,遂為譙縱所忌,因而被害。舉邑紛擾,白黑危懼。持避難憩陴縣中寺。縱有從子道福,凶悖尤甚,將兵往陴,有所討戮。還過入寺,人馬浴血,眾僧大怖,一時驚走。持在房前盥洗,神色無忤。道福直至持邊,持彈指漉水,淡然自若。福愧悔流汗,出寺門謂左右曰:「大人故與眾異。」後境內清怗,還止龍淵寺,講說齋懺,老而愈篤,以晉義熙八年卒於寺中,春秋七十有六。


時に沙門の慧巖、僧恭有りて先に岷蜀に在らば、人情は傾蓋す。持の至止せるに及び、皆な風に望みて推服す。持が堂に升れる者有らば、皆な登龍門と號す。恭公は幼きに才思を有し、蜀郡僧正と為る。巖公は內外に解多かれば、素より毛璩に重んぜらる所為る。後に蜀人の譙縱は鋒鏑の機に因り毛璩を攻め殺し、蜀土に割據し、成都王を自號す。乃ち僧を集め會を設けしめ、巖公に逼請す。巖公は已むを得ずして赴く。璩の既に宿昔の檀越にして、一旦にして傷破さらば、事に睹し悲しみを增し、顏色の痛形なれば、遂に譙縱に忌まる所為りて、因りて害さるを被る。邑を舉げ紛擾し、白黑は危懼す。持は難を避け陴縣中寺に憩う。縱に從子の道福有り、凶悖なること尤も甚だしく、兵を將い陴に往きて討戮せる所有り。還じ過りて寺に入り、人馬は血に浴さば、眾僧は大いに怖れ、一時にして驚走す。持は房前に在りて盥にて洗わば、神色に忤る無し。道福の直ちに持が邊に至れるに、持は指を彈きて水を漉し、淡然自若たり。福は愧じ悔いて汗を流し、寺が門に出で左右に謂いて曰く:「大人は故より眾と異たらん」と。後に境內の清怗さるに、龍淵寺に還止し、齋懺を講說し、老いて愈いよ篤かれど、晉義熙八年を以て寺中に卒す、春秋七十に六を有す。


(高僧伝6-22_肆虐)




と言うわけで、譙縱の乱にもろ巻き込まれています。この辺りでは一体、どのような気持ちでいたんでしょうかね。まあこのあと、あっさり平定された後の話になるんですが。


譙縱が後秦とよしみを持ってたわけですし、ある程度は仏教的交流があったのではないかしらね。このあたりを教えてくれるエピソードがどこかにあってくれたら面白いんですが。

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