最終話 さあ、恋を楽しもう

 夏休みも終わり、二学期が始まった。

 僕はいつものように自分の席で、日本史の授業の準備。


「大晴くん。大晴くん。あのね、読み方が分からないおじさんがいるの」

「おじさんはヤメてあげなよ。後醍醐天皇ね。ごだいご、だよ」


「ほわぁ。大晴くん、頼りになる。えへへ」

「それは良かった。まあ、予習をしようっていう態度は偉いと思うよ」


 美海は僕の事を教室でも「大晴くん」と呼ぶ。

 最初はいつ三次元たちから攻撃を受けるのかと不安になっていたが、彼らにとって学校のヒロインは大事だが、その前の席のモブキャラはさほど大事ではないようで、特に何が変わっている訳でもない。


 三次元たちも意外と良心的なスルースキルも思っている。


『大晴くん! 今日のお昼はどこで食べますか?』

「屋上はまだ暑いからね。こんな時は快適な部室に行くのがベターかな」


 僕は弁当箱を抱えて、部室棟へ移動する。

 当然後ろを振り向くと美海がいて、なにやらはにかんでついてくる。


 それを普通に可愛いと思うようになった自分に未だ慣れないでいる。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 部室の鍵を生徒会室で受け取る。

 守沢はいなかった。


 さては夏風邪をこじらせたな。


 大事に至らなければ良いのだけど。

 まあ、守沢は体力があるし、大丈夫か。


「遅いぞー! 来間ぁ! 早く部室開けろー! 暑いんだかんね!!」


 守沢、普通に文芸部の部室前にいた。

 生徒会の仕事はどうした。


「え? なに? 生徒会? ああ、平気、平気! 今日はあたし、有給だから!!」

「まさか生徒会が給料制だとは知らなかったよ。とりあえずエアコンをつけよう」


 一学期の頃なら昼休みに勝手にエアコンを使用したりすれば、すぐに「御用改めである!」とか言って走って来ていたのに。


「やーっ、快適だねー! なんかさー、生徒会室二学期になったらエアコン止まっちゃったんだよねー。あり得なくない? まだ超暑いのにさー!!」


 生徒会長の方針で、節電のためにエアコンを使わず、扇風機で涼をとることになったのだと守沢は愚痴る。

 ならばそれに従うのが筋ではないのか、鬼の副長。


「でもでも、牡丹ちゃん。扇風機ってアレでしょ? 誰もいないと思ってスカートを捲って風を浴びてたら、主人公がたまたま通りかかってパンツ見られて、恥ずかしい行為と恥ずかしい姿のダブルパンチで赤面するのが日本の夏なんだよね? 牡丹ちゃん、もうやった?」


「え、うん。ごめんね、美海ちゃん。まず主人公って誰!?」


「私にとっては大晴くんかな。えへへ。ところで、牡丹ちゃんはこの後生徒会室で扇風機に向かってスカート捲るよね? 一応、どんなパンツか確認だけしといてもいい?」


 今日も美海と守沢は仲良し。


「ちょっ、待って! 美海ちゃぁぁぁん!!!」


 結構なことである。

 僕は弁当のミートボールを口に入れながら、頷いた。


「来間先輩、そのミートボール、見たところ手作りっすね? 今や冷凍食品でありふれているミートボールを敢えて手作りするその気概! 自分、感動したっす! と言う事で、ひとつください! 味見するっす!!」


 出たな食欲の権化め。

 そして僕が何も言わないうちから普通にミートボールをさらって行くな。

 しかも、2本1セットでつまようじに刺してあるからって、1セット連れて行くな。


 ひとつの単位を拡大解釈するんじゃない。


「あ。ずるいタマちゃん。私も食べたい。大晴くん、トレードしよう」

「なんか分かんないけど、あたしも参加しとく! 来間、ちょーだい!」


『ちなみにホノカは今朝、大晴くんの作りたてを味見しています! えっへん!!』


 奪われていく僕のミートボール。

 美海が交換選手として寄越して来たのは、メロンパンの端っこだった。


 メロンパンの端は確かに美味しいけど、これをオカズに白飯を食べられる食いしん坊レベルには到達していないんだよ、僕は。


「そう言えば、松雪先輩がコスプレ衣装持って来るの、今日っすよね?」


 玉木さん、自分から危険地帯に足を突っ込む。


「そうだね。タマちゃんのメイドリームコス、楽しみ。今回はもう、ミニスカメイド服が確定してるから、合宿の時みたいに露出を抑えようとしても無駄だよ」

「ひっ!? ぼ、牡丹先輩!」


「いやー。メイド服とか、ホント困るんだけどー。もうねー、松雪があたしにやらしい恰好させようとして頑張ってる姿が目に浮かぶもん。や。困るー!!」


 玉木さんは助けを求める相手を間違えている。


『陽菜乃ちゃん、ホノカがアドバイスをしてあげます!!』

「ほ、ホノカ先輩! おなしゃっす!!」


『慣れたらあとは沈んでいくだけなので、無理に力を入れているのは無駄ですよ!!』

「ホノカせんぱぁぁぁい!!!」


 まったく、賑やかな昼休みである。

 食が進むったらない。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 放課後になり、20分ほど経った頃合いで、高虎先輩校門に到着のお知らせがホノカからもたらされる。

 もちろん、「荷物受け取りに行きましょうか?」と返信する。

 既読が付かないので、多分もうこちらに向かっているのだろう。


「みんなの高虎先輩が来たでござるよー! お待ちかねの新コス衣装を持って来たでござる!!」


 今日も先輩はイケメン。

 そろそろ侍キャラをヤメて、海賊キャラに転向する予定だとか。

 ワンピースにまたハマり直したらしい。

 通算7回目かな。


「やだー! もう、松雪、あたしの事を今見てたでしょー!?」



「大晴くん。守沢氏が普通に部室にいるのは許したのでござるか」

「僕の中では部室の備品扱いですよ。ホノカも美海も喜びますし」



 高虎先輩は「なるほど、なんというイケメンメンタル!!」と納得して、衣装を並べる。

 今回も相変わらずのハイクオリティ。


「とりあえず、ホノカ氏に着てもらうでござよ!」

『承知しましたぁ!!』


 今や高虎先輩のモデルとして活躍中のホノカ、速やかにメイドリームコスへと変身を遂げる。


『どうですかぁ? えへへ、スカートがフワフワで可愛いですねぇ!』



「ああ。尊い」

「ね。尊い」

「尊いっすね!」

「実に尊いでござるなぁ」

「最近あたしも尊いが分かってきた! これは尊い!」



 それから試着会が始まる。

 玉木さんが恥ずかしがるのを美海ががぶり寄りで追い立てたり、守沢がものすごくドヤ顔でコスプレしたり、僕が着ぐるみに押し込められたりした。


 やれやれ。

 知らないうちに、僕の日常はすっかり賑やかになってしまった。

 その理由は明らかである。


「大晴くん。大晴くん。今日も楽しいね」

『ですよね! ホノカもとっても楽しくて、今が幸せですぅ!』



「そうだね。楽しいね」



「ほわっ!? 大晴くんが楽しいって言った。ツンデレがデレたよ、ホノカちゃん」

『大晴くんもついにデレ期に突入です! ふふふー、素直なところがステキです!!』



 無味乾燥な日々に味わい深い彩りが加わった理由。

 割とみんなが日常的にしているらしい、それを僕も受け入れたから。


 恋を始めたからだ。


「大晴くん。大晴くん。見て、敢えてのひざ丈ソックスで、太ももがエロいの」

『美海さんズルい! ホノカは王道のニーソックスで、絶対領域が輝いてますよぉ!』



 まったく、恋と言うヤツは本当に忙しい。


 そして、実に面白い。





 ——完。

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