第43話 チアーズ、出動!
第1回・涼風市文化振興集会。
このコスプレイベントの名前らしい。
もうちょっと、どうにか出来なかったのか。
高虎先輩の言うように、どうも運営が頼りない。
僕たちが運営のお世話になる事はないだろうけど、次回はもう少し頑張ってもらいたい。
別に、次回も出たいとか、そういうのではない。
繰り返すが、そういうのではない。
「えー。それでは、皆さん! 節度を守って、ルールを順守し、楽しい時間をお過ごしください! これより、イベントを開会いたします!!」
どこからともなく聞こえてきたアナウンスで、なんだか締まらないままに祭は始まったらしかった。
が、今度は僕もツッコミを入れなかった。
より正確な表現をすれば、ツッコミなんてしている余裕がなくなった。
「すみません、写真良いですか!?」
「こっちもお願いします!」
「決まったポーズがあれば、是非!」
カメラ抱えた同士たちが、我先にと押し寄せてきた。
お目当ては、当然チアーズ。
「ちょ、えっ、すごっ! どうすんの、松雪! 経験者! ベテラン! 先輩!!」
「おうふ。守沢氏に何を言われても響かないでござるが、チアイエローに言われていると思うと、なんだかこみ上げてくるものがあるでござるね。でゅふふ」
「来間くん。どうしよ? 私はね、やっぱり最初は第5話の全員集合シーンが良いと思うんだ。ほら、チアーズも勢揃いだし、パッと見ても華やかだし。あと、全員で構えた時にチアイエローのポーズが絶妙にエロいのが良いよね。私、守沢さんが照れながらあのポーズ取るところ、見たいな」
小早川さんの肝の座り方に脱帽。まさかの平常運転。
僕ですら、ちょっと浮足立っているというのに。
この子は、僕の中の三次元の概念を次々に破壊してくる。
実に危険な存在である。
「えっ!? み、美海ちゃん? なんか、あたしがエロいポーズとか聞こえたんだけど」
「うん。守沢さんが予習してたところだよ。あのね、チアイエローが膝立ちして、ちょっとだけパンチラ、あ、この場合はスパッツだから、スパチラかな。うん。スパチラしながら、チアシューター構えるシーン」
「美海ちゃぁぁぁん!!」
『むーむー! 大晴くんが指示出さなくちゃです! あのシーンは、シルバー司令官が号令を出して、初めて完成するのですよ!!』
「うむ。それは素晴らしい出だしでござるな。大晴くん、お任せするでござる」
いきなり大役が回ってきた。
そのシーンは僕も大好きだし、セリフの完コピも余裕だけど。
ああ、カメラ構えた同士たちが「まだかな?」と首を
普段は見る側な僕だから分かる。
せっかくコスが完璧でも、併せのポーズがグダグダだと、見ている方は一気に萎えるものなのだ。
よし、覚悟を決めよう。
僕は大きく息を吸い込んだ。
そのまま、お腹から声を出すのは何年振りだろうと思いつつ、指をさした。
はい、そこでセリフ。
「チアーズ、出撃せよ!!」
「チアレッド、了解!」
「チアブルー、了解!」
「ち、チアイエロー、了解!」
『チアレッド・バーニングフォームも了解です!!』
完璧なポージングが決まった瞬間だった。
何を根拠にそう断言するのかといえば、カメラマンたちの歓声を聴いたから。
「うぉぉぉぉぉ!!」という唸り声と共に、切られるシャッター。
パシャパシャと途切れる事のないその音は、僕たちにも副次的効果を与えていた。
端的に言うと、気持ち良かったのだ。
この快感はまずい。
1度知ってしまうと、忘れられなくなる蜜の味である。
「すみません! こっちに目線お願いします!!」
いつの間にか囲み撮影が始まっており、そうなれば、何はさておきオタク心理を優先させるべきと僕の温まった脳が指令を出す。
レイヤーは全てのカメラマンに対して平等でなければならない。
僕は、要請のあった方向を指さして、再び叫ぶ。
「チアーズ、4時の方向に敵襲!」
「チアレッド、ハンマー展開します!」
「チアブルー、ランス解放!」
「チアイエロー、ハチの巣にしてやる!!」
『バーニングフォーム、フルパワーです!!』
僕たちは、無数のカメラに見守られながら、このやり取りを繰り返した。
10回目までは数えていたのだけども、結局何回こなしたのかは分からなくなった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「失敬。しばし休憩に入らせてもらうでござるよ」
高虎先輩の毅然とした態度に、カメラマンたちも誠意で応える。
「お疲れさまでした!」と「ありがとうございました!」の2種類が辺りを飛び交う。
ああ、僕もあっち側の時は同じような事を言っていたなぁと思い出す。
『やや! 牡丹さん、体温が上昇しています! 速やかに水分補給と、衣装の冷却を
「やー! これは体も熱くなるっしょ! なにこれ、すごい!! 正直、コスプレ舐めてた! 超すごいじゃん!!」
「守沢、落ち着いて。ほら、アクエリアス。小早川さんが買ってくれてたヤツ」
「守沢さん、途中からすごく良かったよ。太もも、完璧に仕上げてきたかいがあったね。ものすごくエロかった。正直、私もカメラマンに加わりたかったもん」
高虎先輩以外のメンバーは、僕も含めて、初陣で気分が高揚している様子。
こういう時に頼りになるのがホノカ。
またの名は僕の彼女。
『大晴くん、牡丹さんに衣類冷却スプレーを噴射して下さい!』
「了解したよ。任せておいて。せーのっ」
「ぎゃぁぁぁっ!? 冷たい!! 来間ぁ! なんで脇の下にかけんの!?」
「いや、冷やすのは脇とか太ももが良いって書いてあるから」
「どっちも衣類がない場所じゃん! 肌だよ! 素肌!!」
「そう言われてみれば。すごいなぁ、守沢がまともなこと言うんだもん」
その後も、ホノカのセンサーで体調不良の芽はすぐに摘み取られる。
なんて優秀な彼女だろう。
世界に宣伝したい。
が、その前に、僕は彼氏として言うべき事があった。
「ホノカのバーニングフォームも良かったよ! ずっと見てたけど、ポーズも完璧! たくさん予習してたもんね」
『ほえっ!? た、大晴くん、見てたんですかぁ!?』
「そりゃあ、もちろん。一瞬たりとも目を離さずに」
『む、むーむー!! 誰も見てないと思って、大胆なポーズを取っていたのに! ひどいですよぉ!!』
ホノカの言葉を聞きつけて、集まって来る影が2つ。
「ホノカちゃん。その話、詳しく聞かせて。お願い。お金ならあるから」
「大胆なホノカたん、はぁはぁ!! 後生でござる! 見せておくなまし!!」
オタクの体力を舐めちゃいけない。
この人たち、まだ欲望に忠実なレベルには元気ハツラツである。
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