第35話 小早川美海のガチコスプレ!
「じゃあ、ウィッグを付けて……。うん。大丈夫かな。では、いきますね」
小早川さんが、ポンチョを脱ぎ捨てた。
「おお!! これは素晴らしいでござる!! 小早川氏、本当にコスプレ初めてでござるか!? ハイクオリティが過ぎるでござる!!」
「えへへ。頑張っちゃいました。……来間くん。どうかな?」
まず最初に浮かんだ感想は、自分でも意外なものだった。
可愛いとか似合っているとか、そういうベクトルのものではない。
端的に言えば、それは「悔しい」である。
三次元と二次元の間には、越えられない壁がある。
僕の中の真理であり、それが全てでもあった。
その概念が、たった今、破壊されてしまった。
まるで、アニメから飛び出して来たみたいなチアレッドが、そこにはいた。
存在感を主張するバスト。ムチッとした腰回り。
短いスカートなのに上品さすら感じる脚線美。
出るところが出ている分、引き締まったウエストも文句のつけようがない。
きっと、小早川さんはチアレッドになるために相当な努力をしたのだろう。
そして、その結果がいかんなく発揮されていた。
悔しい。
悔しいけれど、事実を捻じ曲げるのは僕の主義に反する。
だから、感想を求められたら、真実を口にしなければならない。
「……すごい。もう、三次元じゃないみたいだ。小早川さん、すごいよ」
「ふふっ。嬉しい。来間くんに認めてもらえたら、自信持っても良いよね?」
僕は「誇張じゃなく、世界で一番チアレッドのコスプレが似合うのは小早川さんだよ」と、言わざるを得なかった。
ホノカのコスプレも、当然ながら最強に可愛い。
しかし、これはどっちが上だとか、そういうレベルの話ではない。
どちらも至高であるとすれば、そこに優劣を付けようとするのは愚の骨頂。
「サイズ感はどうでござるか? 守沢氏も、ちゃんと確認するでござる! 当日になってコスが乱れると、恥ずかしい思いをするのはご自分でござるよ!」
「ぐぬぬぬ。確認ったって、どうすりゃいいのさ? 屈伸とか? んー。なんか、意外と伸縮性があるから、ちょっとくらい動いても安定感はあるかも」
「ね。すごいよね、松雪先輩の衣装。スパッツもバッチリだから、これならくるっと回っても平気だし。来間くん、見て。ほら、大丈夫でしょ?」
「うん。もう認めるよ。小早川さんは今、三次元を越えてる」
「それ、褒めてんの? あたしには分からないんだけど」
『ふっふふー! 牡丹さん! これは大晴くん、最大限の称賛ですよ!!』
「うむ。では、もう少し適当に動いたら、また着替えをお願いするでござる! 小生、微調整を
一旦動いてみると、布地に負担がかかっている場所や、耐久性の低いと思われる箇所の洗い出しができるのだと高虎先輩は語る。
もはや、コスプレ博士の氏の言う事を疑う者はなく。
僕たちは立ったり座ったり、回転したり両腕を上げたり。
高虎先輩の指示に従ってアクションをしたのち、女子から順番に制服姿へと戻る運びとなった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「はぁー。ひどい目に遭った! って言うか、これもうあたし、逃げられないよね?」
「守沢、まだ逃げようとか思ってたんだ。僕ですらその考えは2週間くらい前に捨てたのに。何と言う往生際の悪さ」
「まあまあ、大晴くん。守沢氏も、今はコスプレしたいしたい病にちゃんと感染したゆえ、そのくらいで勘弁してあげるでござるよ」
「べ、別にしたいとは言ってないし! けど、まあ、みんなでやるならそれほど恥ずかしくもないかなぁとは、思ったり!? 思わなかったり!?」
本当にコスプレしたいしたい病にかかっているじゃないか。
高虎先輩の衣装、呪いでも込められているのだろうか。
そうだとしたら、僕ももう手遅れだな。
正直、ちょっとテンション上がった自分がいる事は無視できない。
「来間くん。見て。さっきのシルバー司令官の写真、ホノカちゃんに送って貰っちゃった。えへへ。すごく似合ってたよ」
「ぐっ。いつの間に。できれば消して欲しいな」
「それは無理です。所有権が私にはあるもん」
「肖像権って言うのは僕にあると思うんだけど」
「大晴くん。レイヤーが肖像権語り始めると面倒なので、ここは小早川氏に譲るでござる。見られるのが嫌ならレイヤーなんかヤメちまえと言う過激派もいるでござるゆえ」
なるほど、言われてみればそれも道理。
結果、僕のコスプレ写真を小早川さんに人質として奪われた。
くそ、こんな事なら、僕も小早川さんを撮っておけば良かった。
自分でも気付かなかったが、三次元女子のコスプレ姿を写真に収めておけば良かったという思考が生まれている事実。
これは、結構重大な変化だったりするのだが。
この時の僕はそんな事まで考えていないのである。
我ながら、なんと愚かな。
◆◇◆◇◆◇◆◇
『ふぃー! 楽しかったですねぇ、コスプレ衣装の試着!』
「ホノカが満足そうだと、僕も幸せだよ」
色々とやってから帰路に就いたところ、もう夕日が沈もうとしていた。
いつからうちはそんなに熱心な活動をする部活になったのか。
『なによりホノカが嬉しいのは、大晴くんが美海さんを素直に褒めてあげたところです!』
「うっ……。だって、仕方ないよ。三次元を認める日が来るとは思いもしなかったけど。確かに似合っていて、悔しいけど可愛かった」
『むーむー! ホノカは大晴くんのそういうところ、すごく好きです!!』
今日はホノカの「好き」も素直に喜べない僕。
今更手遅れかもしれないが、一応言い訳をしておく。
日本男児に二言はない。これは常識。
ただし、補足説明が必要ならばするべきである。
今の日本男児はそこのところが実に柔軟な造りになっている。
「でも、勘違いしないで欲しいのはさ。僕が心を奪われたのは、言わば半分二次元の、2.5次元の小早川さんだから。いや、2.2次元くらいだったかも。だって、あそこまでキャラに寄せてくるなんてさ。その証拠に、制服に戻った小早川さんには何も感じなかったよ? 本当に。これはマジで」
ホノカが呆れ顔で僕を見つめていた。
その表情もすごく良いのだけども、何だか失望感が混じっている気がしてならない。
『むーむー。大晴くんは、やっぱりまだまだ、ホノカがお世話してあげないといけないみたいです。困った彼氏です。むー』
日本男児はいつの時代も未練がましく付言してはならない。
今日の教訓はこれだろう。
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