ゴールははじまりのためのファンファーレ

うめもも さくら

桜はどこにいても綺麗に咲く

少し私と話をしよう。

私は長命でね、いろんなものを見てきたよ。

守護霊しゅごれいと神様と楽しく暮らす人間の話。

深い情ゆえに鬼となった神の子の話。

スマホによって人生が変わった者の話。

悲劇の結末になる運命を変えた魔王の話。

忘却から解き放たれた夫婦の話。

歪んだ愛情に囚われた姫と騎士の話。

人の干渉かんしょうを恐れた冒険者の話。

いろいろと見てきたけれど人間というものはなんとも小難しい生き物だね。

他の動物のように本能があり、他の動物と違って知識や文明がある。

本能に忠実なだけでは生きられない、知識や理論だけでも感情が邪魔をして生ききれない。

生きにくい生き物だと思うけどね。

同じくらい強い生き物だとも思うんだよ。

絶望したり後悔したり慟哭どうこくしたりもするけれど、笑ったり助けたり手を取り合ったりもするんだ。

なかなかに複雑で小気味の良い生き物だよ。

けれどバラバラだ。

今はみんなそろって明後日あさっての方向を向いている。

人間たちは絆や群れている時の強さを知っているというのにそれを永遠にしようとはしない。

自分の私利私欲や損得や建前や忖度そんたくや感情なんてものにさいなまれてあわれなものだ。

だから好き勝手やって結局バラバラになってしまうんだよ。


「エアリー、ウィル!そっちに魔物が行ったぞ!」

冒険者が魔物と戦っている。

RPGに出てきそうな格好の男性2人女性1人のパーティーだ。

女性は耳が尖っていて人間ではなくエルフだ。

彼女は彼らの世界で世界最強と謳われる冒険者だ。

「私に任せて!」

「エアリーさーん!俺の勇姿ゆうしを見てくださーい!」

エアリーが吹っ飛ばした魔物をウィルが剣を振り下ろし攻撃を繰り出す。

最後に魔物の弱点の魔法を浴びせた冒険者はため息を小さくついた。

その冒険者にエアリーとウィルが飛びつく。

体勢を崩して3人は転がりその勢いで花が舞い上がる。

風に流れゆく花びらと空を見ながら笑った。


何もない土地があった。

かつては人が住んでいた跡はあったが今は人も鳥も花も何もない場所。

その地に美しい女性が立っていた。

彼女は敵意も好意も感情が何もない瞳をしている。

ただぼんやりと空を眺めているばかりだった。

彼女は鬼だ。

かつては神の子と呼ばれていた彼女はある日、鬼となった。

鬼になった時、彼女は言葉一つで幾多の人間の命を奪った。

それでも鬼の心は満足しなかった。

人間を殺めても国を滅ぼしても胸の苦しみがとれない。

そんなに彼女が苦しむ理由もなぜ鬼になったのかも問うものさえいない。

彼女は独りで生きていく。

鬼となり死ぬことのないかつての神の子は独りつぶやいた。

「私はここにいます、いつか貴方に出逢える日までずっと。だから……もし出逢えたその時は私を連れ出して世界を見せて……」

春を告げるあたたかい風が吹いた。

どこからか流れてきた花びらが彼女の髪をでた。

鬼は目をしばたかせた。

その瞬間、かつての光景の中にいた。

「神子様、お目覚めくださいませ」

驚くほどいつものあの日の光景だった。

いつも一日の最後には貴方に逢える。

「外にはいろんな人がいてみんな自由なんだって。こんな狭っ苦しい部屋じゃなくてさ、森も山も海も町でさえもっと広いんだ。俺と来いって!見せてやるから!」

「はいっ……世界を見せてくださいませっ!!」

かつて鬼だった神に愛された子は愛する者とともに独りの場所から飛び出していった。

いつか彼女の髪を撫でた花びらはひらりと彼女の髪から離れ、そしてまた春のあたたかい風の中に戻っていった。


傷を負った魔物が怒りをたぎらせていると冷たい空気と少々胸が強調された衣装を身にまとった美しい女性が立っていた。

「私はもう人里を襲うなと言ったな?」

彼女の覇気はき気圧けおされて魔物は小動物のように体を丸めてきゅーきゅーと鳴いていた。

「さすがは魔王様!カッコイイですわー!!」

この国の姫が声援を送る。

「魔王、あんたのそばはあたたかいな」

勇者は優しい微笑みを浮かべて魔王を見る。

先ほどの冷たい空気と覇気は鳴りを潜め照れ臭そうに魔王は笑う。

「この物語の結末は私にもわからないけどわからないことが楽しみだよ」

姫と勇者たちは魔王の言ってることの意味はわからなかったけれど魔王が嬉しそうなので微笑った。

みんなで春の訪れを告げるひらりと舞う花びらと空を見上げた。


城ではけたたましい声がしていた。

「どこにいるのよっ!!私から離れないでって言ってるでしょっ!!この駄犬っ!!」

大声に驚く城の者たちをちらりと見たがさほど興味もないらしくふんっと鼻を鳴らして英雄に近づき人目もはばからず頬を叩いた。

その光景を見ていたものは皆、度肝を抜いたが英雄は静かに頭を垂れ跪いた。

「申し訳ありません。姫がお休みになられていたのでそのうちに姫のお食事を作っておりました」

「目が覚めたのっ!!食事なんて他の者に作らせなさいよっ!!」

その場にいたもの全員、理不尽だと思ったが英雄ははじめて姫の言うことに首を横に振った。

「いけません」

彼は「他者に迷惑をかけてはいけません」と言っているのではなく実際は「自分以外が作った食事を姫のお口に入れるなんていけません」と言っていることを誰も知らない。

「今日はお外でお食事しませんか。二人だけで」

「……いいわね!犬にも散歩が必要だもの!早く食事の用意しなさいっ!!」

窓の外に流れる花びらを見てから姫は騎士にぺたりと寄り添い騎士は姫を抱き寄せた。

この二人にはこの二人にしかわからない世界と関係と狂愛きょうあいがある。


ここは現代の日本。

スマホを片手に歩く人波。

その中にみんな溶け込んでゆく。

家電量販店ではスマホを見る客に声をかけていた。

「こちらなんてどうですか?新機種でして今ならお好きな家電とセットで割引しますよー!」

「じゃあ、それでお願いします」

ちらりと販売員を見てからにっこりとして答えた。

「ありがとうございまーす!前のスマホが使えるようであれば買取も致しますが」

「スマホ壊しちゃったんですよね。だから心機一転と思って新機種にしてみようかなって」

客はサラサラと答える。

まるで最初から言うことを決めていたみたいに。

左様さようでしたか。失礼致しました。すぐ商品お持ちしますのでお好きな家電を見ていてください」

小走りで行く販売員の背中を見送ってから何気なく家電を見ていた。

テレビのエリアではニュースが流れていた。

女性がビルから落ちてなくなったらしい。

その女性はある事件の容疑者の可能性があるとか。

その後流れた開花宣言のニュースまでしっかりと見ていた客は終始にっこりと微笑っていた。


「今日は晴れてますね」

そう言って微笑むお婆さんの手を握りながらお爺さんは優しく微笑った。

「君と出逢った日もこんな麗らかで優しい日だったな。昨日のことのように思い出せるよ」

照れ臭そうに赤らめるお爺さんの顔をお婆さんは見ていなかった。

見なくてもわかるから。

そして照れてる姿を見られることを嫌うから。

こんな何気ない日々がただ幸せだから。

「来年は花見でもしようか、春香はるか

いつの日かぶりに名前を呼ぶお爺さんを思わずみつめてから二人して照れ臭そうに微笑った。

「おばあちゃん!おじいちゃん!」

後ろから孫に呼ばれても赤くなった顔はおさまってくれなくてなかなか振り向けなかった。

でも幸せな二人を孫もわかっているから3人は優しく幸せな日々の中、綺麗に咲き誇る花を見上げた。


「今日は春らしい陽気だね!ほら!花もきれいに咲いてるよ」

木漏れ日の中でうんと伸びをしながらそばにいる守護霊と神様に話しかける。

傍から見れば一人でしゃべっている変な人と思われるかもしれない。

でもこれが私の普通だからいいじゃないか!とどっかで開き直っている。

名前も知らない人の目を気にして大切な人との時間を失うのはもったいないと思うようになった。

「早く帰ってご飯作ってろうよ」

「おやおや、守護霊くんは花より団子ですね」

穏やかな陽だまりの中、人間ひとりと守護霊と神様は今日のご飯の材料を持って家に帰路につく。

ひらひらと舞う花びらが縫うように目の前にちらついている。

別れも出逢いも多いこの季節。

バラバラの方向を見ていても離れても空はどこまでもつながり花は咲く。

どこかで誰かと繋がっている。

今はわからないものでも未来ではきっと。

そんなことを想いながらゆっくりと道を歩く。

こんな穏やかな日常が幸せな時間だと思い知らされるのは盛りの季節は短く舞い散る様も美しく儚い、それでもまた同じ季節に美しく咲き誇るこの春の花の香りのせいだろうか。

いろんな場所でどこかの誰かが大切な人に向かって微笑んで言う。


「ほら、お家に帰っていっしょに食べよう」


人間とは愚かで可愛らしい生き物さ。

今はみんな揃って明日に向かっている。

絆の強さには終わりもはじまりもなく永遠に続いていくと信じている。

自分の私利私欲や損得や建前や忖度や感情もあるけれどそのどれもが全て悪くなるわけじゃない。

みんな好き勝手やってバラバラになってもまた繋がることを知っている。

だから私たちはどうしたって人間を愛してしまうんだよ。

私が何様かって?


神様だよ。


嘘か真か何処どこかで誰かががための終わりのないファンファーレが響いていたという。




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