88話 禁呪

 バロンの隠れ家へ連れられた副隊長のソーンと2人の隊員は部屋一面に魔法陣が施された異質な空間で目を覚ました。

 床の中心から壁、天井へと鮮やかな赤色で文字が伸びている。


「悪魔共が、放せ!!」

 ソーンは暴れようとするが鎖で縛られていて大した抵抗にはならない。

 それは同様に捉えられた2人の隊員も同じだが、2人は目配せをしてなんとかソーンを助けようと必死だった。


 警備隊で女性隊員は珍しい。

 その中でヒーラーとして隊員を救い、さらにルックスからもソーンは警備隊のアイドル的な存在として人気が高かった。

 2人は特に熱烈なファンで命をかける覚悟はできている。

 悲しいのは目の前に悪魔が二体いるがそのうちの一体が同じ釜の飯を食ったはずのジェイ。

 ジェイもソーンのファンとして2人とはよく酒を飲みながら語り合う仲だったはず。

「副隊長には指一本触れさせないぞ」

 ソーンの前に体を出して守ろうとする。

「お前たち……」


「何をやっている。とっとと儀式を進めるのだ」

 バロンが鼻息荒く怒号を飛ばす。


「バロン、貴様が黒幕だったのか!! この魔法陣……一体どれだけの人々を犠牲にした」

 魔法陣は全て血で描かれている。

 そして、文字からは高濃度の魔力が放たれていた。

 ただの悪魔召喚なら禁止も特にされていない。

 しかし中には禁呪指定された召喚方法も存在している。

 バロンがやろうとしているのはまさにそれだった。

 人間の濃縮された血液によって魔法陣を完成させる禁呪の中でもトップクラスに最悪な悪魔召喚の手法。


「ふはははは、97人だ。お前たちで100の生贄が揃う。この儀式が成功すれば私は永遠の命と力を手に入れることができるのだ、その暁には奴らに……」

「外道め……そんな理由で何の罪もない市民を殺したのか」

「フン、ゴミが私のためになるのだからむしろ、喜ぶべきではないか。ラキ、やれ」

「ハイハイ、分かってますよ。手勢を配置して駆けつけたのにバロン様は悪魔使いが荒い」

「うぁぁぁぁぁぁ……ガフッ」

 1人の男がラキに突進するが腹部を腕で貫かれ口から血を吐く。

 ラキはその男を魔法陣の中心に投げる。


「がぁぁぁぁぁぁぁぁ……あぁぁ、ぁぁ……」

 男は魔法陣に吸い込まれるように体が溶けていき、魔法陣の文字がさらに伸びる。


「どうせ全員死ぬのだから、そんなに死に急がなくてもいいのに」

 ラキは尻尾を使って次の男を魔法陣に投げ入れる。

 同じように魔法陣に吸い込まれ文字が紡がれていく。

 ラキがソーンに近づこうとしたときだった。


「生贄ならこれで十分だろう」

「……!?」

「ゴフッ……どういう……つもりだ!?」

 ジェイはバロンを背中から貫いた。

「ジェイ、どういうつもりだい?」

「ラキ、お前の目的は100の生贄で古の悪魔ラフェグを蘇らせることだろう。生贄がこいつであろうとそこの女だろうと変わらないだろ」

「確かに……」

「ラキ、私を助けろ」

「うーん……助けろって言われてもな」

「契約を忘れたのか、悪魔にとって契約は絶対の、はず、だ」

「確かに悪魔にとって契約は絶対なんだけど、俺の契約の内容はラフェグ復活に手を貸すだけだから。ジェイの言う通り、ラフェグを復活できるなら生贄は誰でもいいや」

 ラキはハイライトを消した目でバロンを見る。


「諦めろバロン、お前が影に潜ませていたあの三体の契約はお前の護衛だったが俺たちは違う」

 ジェイはバロンを魔法陣に投げ入れた。


 バロンはそこから逃げようと地面を這うが、魔法陣から無数の赤色の手がバロンを逃がさない。

「たっ、たすけ……たすけて」

 バロンは溶けていった。

 新たに文字が書き出されたことで魔法陣が赤く光り輝き始める。


「ではお先」

 ラキは文字が眩しいほどに輝きだすのを確認して部屋を後にした。

 ジェイは警備隊にいたときの姿に変わり、ソーンを縛っていた鎖を壊す。

「副隊長、お逃げ下さい」

「お前……」

 ジェイの体は崩れ始めていた。

 契約内容にバロンを守ることがなかったとしても契約主への攻撃は許されていない。

 そんな言葉遊びで抜け道があるほど悪魔の契約は軽くはない。

 ソーンは崩れゆくジェイに背を向け部屋を出た。

 ジェイはそんなソーンを眺めて、警備隊時代の馬鹿騒ぎを思い返す。

 悪魔にとってなんとも言えない幸福を思いながらジェイは永劫の眠りにつく。

 誰もいなくなった部屋では魔法陣が赤く光り、溢れ出る魔力の奔流で館が崩れていく。

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