第2話
2 ………………Boy meets lady
赤いクーペは時速90キロで走行していた。
同じ車線の150mほど前を観光バスが先行している。
赤いクーぺはバスとの距離を保ちながら天王山トンネルに侵入した。
2台はトンネルを抜けて大山崎インターから長岡京(ながおかきょう)の方へ抜ける為、左ルートを走行していた。
トンネルの暗さに目が慣れて来た頃、突然周りの景色が変わった。
赤いクーペと前を走るバス、2台の周りが突然明るくなる。
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トンネルをまだほんの数百メートルしか進んでいないはずが2台はトンネルを突然抜け出た様だ。
周りの景色の突然の変化に驚いたのか?目の前のバスのブレーキランプが勢いよく点灯する。
トンネルを抜けて、乾いた土でタイヤが滑り、ハンドルが取られそうになる。
ザザザザザザっとタイヤを滑らせながらバスが何とか重たい車両を維持しながら砂埃を巻き上げて停まった。
視界が極端に悪い中、バスを避ける様に力一杯ブレーキペダルに足をかけ踏み抜いた。
赤いクーペはバスの手前数10メートルといったところで停車する。
間一髪で衝突を免(まぬが)れ、ハンドルを握ったまま呆然と自身の鼓動が早くなり、背中に汗がじんわりと滲んでいた。
喉もひどく乾きカラカラだ。
ドリンクホルダーに置いていたペットボトルの水を手に取り乾いた喉を潤す。
少し落ち着きを取り戻し、周りを見渡すとこれまで見た事の無い様な大きな木がバスと赤いクーペのすぐ側まで迫っていた。
それは「木」と言うよりも、大きなビルか何かの様にそびえ立っている。
運転していた赤いクーペから降り、その異様な木を見上げる。
まるで自分の身体が縮んでしまい昆虫にでもなったかのような感覚が芽生える。
枝の一つ一つがそれぞれ1本の公園樹の様な大きさだ。
風に煽られ枝が揺れる度、葉っぱがこすれてすごい音がする。
さっきまで高かった太陽がずいぶんと低い位置に移動していた。
赤く染まった陽の光に照らされた高い木の陰が長く長く伸びきっていた。
気温もぐんと下がり、夜が始まろうとしていた。
右手にはめた腕時計に目をやる。
時間はAM9:26を示していた。
スマホを見ると同じ時間を示していて圏外と表示されている。
今の状況を確認する為、外に出て辺りの様子を伺いながらバスの方を見ると、2人の男性が会話をしながら降りて来た。
「運転手さん、ここどこなんですか?」
若い方の男が年上の運転手と呼ばれた男に声を掛ける。
「私にもわかりません。こんなところ普段通るコースにありませんから。」
若い方の男が海外ドラマでしか見た事のないようなゼスチャーをしてみせた。
「それにしても、何ていう木ですかね?この木!」
「メタセコイヤみたいな針葉樹みたいですが、こんなの見た事ないですね。通常メタセコイヤの樹高は約25-30 m、直径も1.5m程なんですが見たところ直径150mくらいありますからね。」
「運転手さん詳しいですね。」
「ええ、まぁ」
2人は、目の前に広がった大きな木を見上げてから赤いクーペから降りて来た自分に気がついた様だ。
2人に軽く会釈をして
「あのーここはどこなんですかね?」と質問した。
「さぁ、さっきまで天王山トンネルを走ってたら急にこんなところに…」
「ナビにも、携帯の地図アプリにもこんな場所が載ってないですね。」
「連絡を取ろうにも携帯も使えないですし。」
「そうですね。とりあえず状況を確認する為にもこの木の反対側にでも回ってみましょうか?」
運転手の男性がそう提案した時、バスから生徒が2人降りて来た。
「おい、月斗(げっと)!陸(りく)!お前たち勝手に降りて来るな!」
「すみません!でも先生、部員たちに状況を説明しないと!」
「そうだな!今のところ何もわからん!お前らも戻れ!」と言いながら堂島がバスに戻る。
陸(りく)と運転手がそれに続く、その後を月斗(げっと)が追いかけようとした時、月斗(げっと)の周りに砂埃がたちこめた。
砂埃で視界が悪くなり月斗(げっと)を置いてバスがゆっくりと走り出す。
ウィイイィィーン!ウィイイィィーン!
巨木の根にタイヤが挟まって空転している。
月斗(げっと)が赤いクーペに駆け寄り咄嗟に手にしていたタオルを太く手頃な板状の棒に巻き付け、空転するタイヤと巨木の根っ子の間に差し込んだ。
「痛っ!」
ガガッガガッ!
後輪が勢い良く木の根を乗り上げる。
赤いクーペの助手席の窓が下がり
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「乗って!」
と中から声がする。
運転席に若い女性!
しかも日本人らしからぬ、亜麻色(あまいろ)の髪に整った顔立ち。
言われるままに月斗(げっと)が助手席に乗り込むと
「シートベルト!してね!」
と声をかけられた。
助手席に座った経験が少ないせいかシートベルトをなかなか付けれないでモタモタしていると、運転席から月斗(げっと)の肩上に手を回し素早くベルトを引っ張り出して金具を固定する。
彼女の顔がとても近い。
横からみると長い睫毛がとても印象的で、ふんわりととてもいい香りがした。
男子高校生にとって初めて女性の運転する車の助手席に2人きりで乗る心境とはどういうものなのか?
クラスの中でも部活においても1軍の月斗(げっと)ではあるが、この経験は初めてだった。
心臓がバクバクし、顔が熱(ほて)っているのが自分でもわかる。
赤いクーペは、バスの後(あと)を追った。
バスは巨木の周りをゆっくりと時計と反対周りに進んでいく。
「さっきはありがとう。私、橘(たちばな)妃音(ひめの)。きみは?」
彼女の大きな瞳が高校生男子に向けられる。
「お…俺、日向(ひゅうが)月斗(げっと)って言います!16…いや17歳!」
歳は聞いてないのにっと言いたげに運転席の女性がクスッと笑う。
月斗(げっと)はさっきまでの緊張がほぐれた為、喉が渇いてるのを思いだした。
「大丈夫?どこか怪我した?」
月斗(げっと)は少し痛みを感じる右手をさすりながら大丈夫ですと返す。
少し息も、あがってる様だ。
「月斗(げっと)君、喉、渇かない?これ!私ののみさしで良ければ!」
といってドリンクホルダーのミネラルウォーターを差し出した。
間接キス…?
共学とはいえ女生徒の少ない高校生男子にとって年上女性とのこのシチュエーションにさらに鼓動が高なった。
心臓の音が彼女に聞こえてるんじゃないか?
とそれを押さえるように渡されたミネラルウォーターに口をつける。
飲み終えるとあわてて、飲み口を手で拭き取る仕草を無意識にしていた。
その仕草を見てクスッと彼女が笑った気がした。
シフトレバーをD(ドライブ)に移動させ、彼女は赤いクーペを走らせる。
ハンドルを握(にぎ)る彼女の爪は綺麗に手入れされ朱色のマニキュアが塗られていた。
運転席の女性の爪をぼんやり眺めながら
『朱色って英語でなんて言うんだっけ?』
と考えていた。
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