神亡き世界の呱呱の聲㉕ ――冥の戦い・前編
「――ふくくくく。ふくく、ふくくくくくくくく!!」
まるでふざけた笑い声を上げる
その様子の通りに狂ってくれているのなら全く好都合だ。だが、恐らく先程射出した
外套に内蔵された
その魔術、
半ば
熾天使に限らず天使や天獣は皆、その素材を“火”とする。
そして熾天使はその中でも最も高位の存在であり、碧く輝く最高熱の火を操る、災害が形を成した存在とも言える。
発せずとも、その体表には太陽をも上回る高熱を纏っているのだ。
「効かないですねぇ――そのような児戯に等しい魔術など!」
浅黒い肌を持つ
ずきりと脳裏に痛みを感じ、躯体をぐらつかせる冥――その瞬間、冥の内側から
「何、を……っ」
「我が名は
冥は頭の悪い方ではない――つまり、禁じられてしまえばあらゆる戦闘行動を喪失し、やがてはそもそも戦う等という
そう考えたからこそ、冥は大きな一歩で踏み出し、飛び出した。
特攻、とも言える、速攻。
禁じられるのならば、禁じられる前に決着をつけてしまえばいい――――そう考えたのだ。
「愚考愚行! 我が名の下に、あらゆる行いは罪となる!」
「煩いっ!!」
意思を込めれば外套は瞬時に形を変える――【トーテンタンツ】へと
高周波帯の金切り声を上げながら襲い掛かる
「ふくくくくっ!」
それぞれがその肉の内深くに食い込んだ――ように見えて、やはり高熱により融かされて焼失する。
それと同時に、冥の内側にあった筈の
「くそっ!!」
「言葉が汚いでございますよ、小娘ぇ!!」
差し違える思いで突き出した拳も、にぱりと嗤う顔貌の前で捉えられてしまう。
「あああああっっっ!!」
熾天使の左腕が掴む冥の右前腕が、その箇所だけに生じた夥しい紅蓮によって焼け焦げ、そして融け千切れた。
「殴りかかるなどとは恐ろしい――しかしそれもまた、罪にございます」
まるで大きな顎で肉を噛み切られるような痛みが、冥の
つい先程の右腕の痛みが霞むほどの凶悪な幻痛――――思考は熾天使が齎す熱による焦燥で燃え始める。
(拙い……何も通じない……何を繰り出しても届く気がしない……)
「さぁ小娘! どのように息を引き取りたいか!? お前の何を罪として、死刑を執行してやろうか!?」
両手を拡げ、さも権威者のように問い放つ
しかし――
「山犬ちゃん――きぃぃぃぃぃっっっっっく!!!」
「ごボふ――ッッッ!!」
突如横から飛び込んできた鋭く重い跳び蹴りを喰らい、熾天使は盛大に吹き飛ぶ。
未だ痛みに顔を顰めていた冥はその事実に面食らい、そんな彼女のもとに山犬は着地した。
「やっほー愛する妹よ。なかなか苦戦してるみたいじゃんね?」
「お姉ちゃん……楽園は?」
その質問は当然だ。レヲンの指示により、山犬は
こんな風に、自分の
「だいじょぶだいじょぶ。その辺はちゃーんと、分業制を敷いているのです」
「ぶん、ぎょう?」
そう――そこにいる山犬は分身体だ。現在も山犬は広大な楽園に対して
「そーそー。んだからね、この山犬ちゃんは本来よりもちびぃっと弱っちいのです」
「ちびっとって……」
「それでも――お姉ちゃんが可愛い可愛い妹を守るのは世の常じゃないかにゃ? かにゃ?」
ぎり、と歯噛みする冥。脳裏には、いつか山犬と行った実戦の様子が浮かび上がる。
言ってしまえば、山犬と冥とは相性が悪い。
山犬は
攻勢ならば攻勢だし、守勢ならば守勢――どちらもを器用にこなせはしない。いつだって彼女はそのどちらかなのだ。
そして冥は、攻守のどちらもに向いていない。
そもそも彼女に期待される機能は、その
狂人と化したクルード・ソルニフォラスが彼女に求めたのは唯一つ――紛うことなき神の殺害であり、しかしそれはこの世界の喪失と同義である。
その魔術、
元よりその異術に頼らず強くなりたいと願う彼女は、今この状況においてもそれを行使することを躊躇ってしまっている。
その意味でも、山犬と冥とは相性がよろしくない。
冥には、姉を自負するこの可愛らしい少女のように、あっけらかんと後先考えずに突っ込むことは出来ないのだ。
「赤い小娘ぇ! 残念だったな、かなり痛かったが――その薄汚い足蹴もまた罪となったぞ!!」
「え、何言ってんの、あいつ」
「迂闊に攻撃するとその攻撃方法を禁じられちゃうんだよ。文字通り、攻め手が無くなっちゃう……」
「うっわ、クソ面倒ぉー……」
茶化すような山犬のげんなりした表情にも、冥はやはり笑えなかった。いや、この世界で新たな人生を得ても尚、冥は一度たりとも笑うことが出来ていない。
この世界に召喚される前にいた、自身が消失させた世界でと同じように――――まるっきり、笑うことが、ただ微笑むことが出来なかった。
それでも。
「さぁ、次は何で来る!? 何でもいいぞ、刺しても、斬っても、捩っても! どのような抗いも全て罪と変えて見せよう!!」
「……もしかして」
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