神亡き世界の呱呱の聲㉕ ――冥の戦い・前編

「――ふくくくく。ふくく、ふくくくくくくくく!!」


 まるでふざけた笑い声を上げる神の罪過アマルティアエルを、怪訝そうに目を細めて冥は注視した。

 その様子の通りに狂ってくれているのなら全く好都合だ。だが、恐らく先程射出した【自決廻廊】シークレット・スーサイドは用を成していないのだろう。


 外套に内蔵された追加機能オプションにより吸い上げた疑似血液を、冥の人造霊脊スピナルコードを通過した霊銀ミスリル蜉蝣かげろうの形へと変えた。

 その魔術、【自決廻廊】シークレット・スーサイドとは、蜉蝣へと変じた血液が対象に浸透することで効力を発揮する。対象の憤怒や憎悪と言った攻撃的な感情を増徴し、剰えその対象を術者に固定するのだ。

 半ば強化バフを得る弱体化デバフ――しかし神の罪過アマルティアエルへと殺到した赤い蜉蝣達は皆、その輪郭に触れる直前に全てが焦げ失せた。


 熾天使に限らず天使や天獣は皆、その素材を“火”とする。

 そして熾天使はその中でも最も高位の存在であり、碧く輝く最高熱の火を操る、災害が形を成した存在とも言える。

 発せずとも、その体表には太陽をも上回る高熱を纏っているのだ。


「効かないですねぇ――そのような児戯に等しい魔術など!」


 浅黒い肌を持つ神の罪過アマルティアエルが右腕を持ち上げ、悠然と冥を指差しながら吼えた。

 ずきりと脳裏に痛みを感じ、躯体をぐらつかせる冥――その瞬間、冥の内側から【自決廻廊】シークレット・スーサイド


「何、を……っ」

「我が名は“神の罪過”アマルティアエル! あらゆる罪を規定し、それを禁ずる神象の代行を権限として有するのです! よってお前のその魔術は禁じさせて貰いましたよ!」


 冥は頭の悪い方ではない――つまり、禁じられてしまえばあらゆる戦闘行動を喪失し、やがてはそもそも戦う等という段階レベルを大きく下回ってしまうことは明白だ。

 そう考えたからこそ、冥は大きな一歩で踏み出し、飛び出した。


 特攻、とも言える、速攻。


 禁じられるのならば、禁じられる前に決着をつけてしまえばいい――――そう考えたのだ。


「愚考愚行! 我が名の下に、あらゆる行いは罪となる!」

「煩いっ!!」


 意思を込めれば外套は瞬時に形を変える――【トーテンタンツ】へと形状モードを変えた冥は深く被ったフードの下に髑髏を模した面で顔を覆い、そして六つの戦輪チャクラムを射出した。

 高周波帯の金切り声を上げながら襲い掛かる戦輪チャクラムを、しかし神の罪過アマルティアエルは避けようとはしない。


「ふくくくくっ!」


 それぞれがその肉の内深くに食い込んだ――ように見えて、やはり高熱により融かされて焼失する。

 それと同時に、冥の内側にあった筈の戦輪チャクラム製造機能もまた、神の罪過アマルティアエルの権能により消失した。


「くそっ!!」

「言葉が汚いでございますよ、小娘ぇ!!」


 差し違える思いで突き出した拳も、にぱりと嗤う顔貌の前で捉えられてしまう。


「あああああっっっ!!」


 熾天使の左腕が掴む冥の右前腕が、その箇所だけに生じた夥しい紅蓮によって焼け焦げ、そして融け千切れた。


「殴りかかるなどとは恐ろしい――しかしそれもまた、罪にございます」


 まるで大きな顎で肉を噛み切られるような痛みが、冥の知能的演算核ブレインコアの内側で爆ぜる。

 つい先程の右腕の痛みが霞むほどの凶悪な幻痛――――思考は熾天使が齎す熱による焦燥で燃え始める。


(拙い……何も通じない……何を繰り出しても届く気がしない……)


「さぁ小娘! どのように息を引き取りたいか!? お前の何を罪として、死刑を執行してやろうか!?」


 両手を拡げ、さも権威者のように問い放つ神の罪過アマルティアエル

 しかし――


「山犬ちゃん――きぃぃぃぃぃっっっっっく!!!」

「ごボふ――ッッッ!!」


 突如横から飛び込んできた鋭く重い跳び蹴りを喰らい、熾天使は盛大に吹き飛ぶ。

 未だ痛みに顔を顰めていた冥はその事実に面食らい、そんな彼女のもとに山犬はした。


「やっほー愛する妹よ。なかなか苦戦してるみたいじゃんね?」

「お姉ちゃん……楽園は?」


 その質問は当然だ。レヲンの指示により、山犬は至高の変異魔術ヴァリーワークスによってこの楽園の閉鎖作業に注力している筈なのだから。

 こんな風に、自分の窮地ピンチに駆け付けていい筈じゃないからだ。


「だいじょぶだいじょぶ。その辺はちゃーんと、分業制を敷いているのです」

「ぶん、ぎょう?」


 そう――そこにいる山犬は分身体だ。現在も山犬は広大な楽園に対して霊銀ミスリルを浸透させてその支配権を奪取する行為に没頭しており、しかしその中で増殖させた自己の微分子機械ナノマシンを撚り合わせて冥の守護者たる山犬を創り上げた。


「そーそー。んだからね、この山犬ちゃんは本来よりもちびぃっと弱っちいのです」

「ちびっとって……」

「それでも――お姉ちゃんが可愛い可愛い妹を守るのは世の常じゃないかにゃ? かにゃ?」


 ぎり、と歯噛みする冥。脳裏には、いつか山犬と行った実戦の様子が浮かび上がる。

 言ってしまえば、山犬と冥とは相性が悪い。

 山犬は能力パフォーマンス的には攻守そつなくこなす万能型だが、常にそのどちらかに傾倒するという嫌いがある。

 攻勢ならば攻勢だし、守勢ならば守勢――どちらもを器用にこなせはしない。いつだって彼女はそのどちらかなのだ。


 そして冥は、攻守のどちらもに

 レヲンに頭を下げて追加して貰った機能モード・トーテンタンツで漸く戦士となれた彼女だ。最も適役は“囮”であり、攻める側にも守る側にも彼女の立場は無い。

 そもそも彼女に期待される機能は、その程度レベルでは無いのだ。

 狂人と化したクルード・ソルニフォラスが彼女に求めたのは唯一つ――紛うことなき神の殺害であり、しかしそれはこの世界の喪失と同義である。

 その魔術、【我が死を、彼らに】メイ・モリ・セという形で行使することこそ彼女に求められる本懐だが、しかしそれがどういう結末を迎えるかは冥自身すでに知ってしまっている。

 元よりその異術に頼らず強くなりたいと願う彼女は、今この状況においてもそれを行使することを躊躇ってしまっている。


 その意味でも、山犬と冥とは相性がよろしくない。

 冥には、姉を自負するこの可愛らしい少女のように、あっけらかんと後先考えずに突っ込むことは出来ないのだ。


「赤い小娘ぇ! 残念だったな、かなり痛かったが――その薄汚い足蹴もまた罪となったぞ!!」

「え、何言ってんの、あいつ」

「迂闊に攻撃するとその攻撃方法を禁じられちゃうんだよ。文字通り、攻め手が無くなっちゃう……」

「うっわ、クソ面倒ぉー……」


 茶化すような山犬のげんなりした表情にも、冥はやはり笑えなかった。いや、この世界で新たな人生を得ても尚、冥は一度たりとも笑うことが出来ていない。

 この世界に召喚される前にいた、自身が消失させた世界でと同じように――――まるっきり、笑うことが、ただ微笑むことが出来なかった。


 それでも。


「さぁ、次は何で来る!? 何でもいいぞ、刺しても、斬っても、捩っても! どのような抗いも全て罪と変えて見せよう!!」

「……もしかして」

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