神亡き世界の呱呱の聲㉒
しかしそれを知って尚、少女が立ち上がるのには時間を要した。
そしてそれを成し遂げるには、余りにも世界は死に過ぎていた。
神性を失いただの異獣に戻った彼女の遺体が
その
しかしその頃にはもう、世界は終わっていた。
地が崩れ、空が割れ、縦横無尽に斬り刻まれたような罅が風景と光景とを蹂躙し。極彩色の渦が全てを飲み込んで行き。
暗闇の中で、彼らだけが再びそこに在った。
赤――鮮烈ながらに陰惨で、まるで命の在り方をそのまま灯したような。
青――海底の
黒――光を喰らい尽くした闇よりも遥かに漆黒の。
白――何も知らず何も出来ないが故の無垢。
「あ~あ、終わっちゃった」
赤が言った。ギビリと睨み付ける青が、しかし苦悶に顔を歪ませた。
「……こんな終わり方で」
「良いわけ無いよ」
震える声で連ねたのは黒だ。何せ彼女は世界の終わりを既に一度体験している。このどうしようも無く抗いようの無い死を、既に一度過ごしているのだ。
しかしそれは青とて同じだ。電子世界とは言え、構築された世界の終わりを彼もまた体験している。青と黒とは同じく、彼らがいた世界を終わらせた二人なのだ。
「でもさ、この終わりを認めないとか言ったところでどうにも出来なくない?」
赤の言及に押し黙る青と黒。
青ならば“切断”によって時間の経過を切り捨ててしまえば過去に戻ることも可能ではあるが、現時点でそのために支払うべき対価を彼は有していない。
自身の全てを切り捨てても、それだけの時間を巻き戻すことは彼には出来ないのだ。
そして黒も、当然赤も、そのような芸当が出来る能力など持ち合わせていない。
それは白も同じだった。だが白は、瞬きを数度繰り返した後で立ち上がる。
「……何? 今更やる気になったの?」
随分と辛辣な物言いだった。赤は既に白を見限っている。彼女にしてみれば、終わりを迎えた後でどうしてだか
特に、この白とは。
しかし気落ちしたような白の表情に、段々と熱が灯り始めたことには眉を顰めた赤だ。
青も黒もまた、白が立ち上がって何をするのかを見守り、そして待った。
「終われない」
反論しようとして、しかし赤は口を噤む。代わりに、ちゃんと白に身体を正対させて向かい合った。
この期に及んで白が何を言うのか、何をしようとするのか――それを待つだけの期待はまだ彼女の中に残っていたからだ。
「こんな終わりでいい筈が無い」
誰もが顔を見合わせ、それに頷いた。
そして白は、胸元に指を突き入れると、融けた輪郭の内側から、先端の尖った切片を取り出した。
「それ――」
「時針、の、針、ですか?」
青の回答にこくりと頷いた白。ぎゅっと握る力を強めると、針は光を帯び、ぐにゃりと曲がった形状が元に戻っていく。
「……戻ったところで、神様相手に討てると思う?」
煽るように赤が嗤う――そうだ、彼らは皆、神の脅威の前に破れている者達だ。
世界が終わる直前に命題を果たせたのは、あくまで
そう――――ジュウでは神には足りない。
神に並ぶのならば、あとイチが必要だ。
それでもまだ対等だ――ならばあとイチがあれば神を破れるか?
希望では駄目だ。希望は
ならば何がジュウニの形をしていると言うのか。
「――撃つ」
白は謳った。そう宣った。
目を細めた赤は、にんまりと口角を上げた。
青は何処か嬉しそうに溜息を吐き、黒はごくりと唾を飲み込んだ。
「必ず――――今度こそ、己れは神を討つ」
時針の切片を握る白は、最後の最後で彼に立ち戻った。
時針という機構に懐かしさを覚えるのも当然だ。あの塔に備わっていた時術という機能こそ、彼にとって大切な約束に繋がるものなのだから。
「……冥。レヲンを頼む」
「……うん。今度こそ、絶対に守り切ってみせる」
「……天。また、お前の斬撃が己れには要る」
「……
「……山犬」
「うん」
もう、
目をキラキラと輝かせ、彼の言葉を今か今かと待つその姿は恋する乙女に他ならない。
事実、山犬はノヱルを好いていた。大好きだった。それは今も変わらず――――ただ、魔王の魂がノヱルを初めて見た時に、彼女の想い人に何となく似ているというところから始まったその想いは、しかし覆らない真実としてその赤い躯体を動かし続けて来た。
魔王だけじゃない。魔王と結びついたルピもまた、ノヱルの大元であるレヲンを好んでいた。
ぶっきらぼうで言葉足らずにも関わらず、子供に好かれ、慮を配り、大事なものを取り零さない彼が、好きで好きで堪らなかった。
「あの時の答え」
「あの時の、って?」
「……
「んーん、覚えてるよ」
目覚めてから動き出し、天獣達を蹴散らして地下水路を進み、城へと侵入を果たした二基は地下の工房に辿り着いた。
ノヱルはそこで自ら
『ただ己れの勝ちというのは、己れに刻まれた命題がそれを果たせた時にしか無いんだろうな』
「後で――答え合わせ、してくれるか?」
「……うんっ!!」
ああ、やっぱり大好きだなぁ、と山犬は満面の笑みを湛える。
もう何世紀も出逢わなかったのだ。それでも数百年ぶりに抱き着いた感触は、あの頃と何一つ変わっていない。
「じゃあ、
青と黒が頷き、赤は白に抱き着いたまま――――いや。
天と冥が頷き、山犬はノヱルに抱き着いたまま――――
光が劈き、闇は斬り裂かれ、極彩色の渦がまるで逆様に。
時計。
それは同時にゼロでもあり、ニジュウシでもある。
永遠に循環し、無限と等しく――――
「
――誰しもに平等に、普遍に、そして余りにも残酷に降り注ぐもの。
それならば、神に勝てるか。
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