真性にして神聖なる辰星の新生⑭

   ◆




「ねぇ、きもちこと。エロくなければエモくもない、ただただ只管ひたすらにエゲつなぁいだけの――――」


 べろりと魔王が舌舐めずりをした。その瞬間に、彼女が足を着ける大地が、がらりと輪郭かたち色彩いろとを変えていく。

 空気もそうだ。少女を起点として、世界がその在り方テクスチャを変えていく。歪み、色褪せ、新たな色を放ち、創り返られていく。


 山犬が微細な自己を増殖してばら撒き、大気に満ちたのは

 お世辞にも山犬は頭が良いとは言えない。だがそれはあくまで設定キャラであって、彼女を成すルピも、そして魔王も、特段愚者とは言えない思考を有していた。

 ただ魔王は、ルピと繋がって山犬という存在をにあたり、“バカな子は可愛い”という嗜好だけでそう在ることを決めていた。ただ神の軍勢への復讐だけを誓って、願っていたルピは何の反論をも吐かなかった。


『おバカさんで行こう! あとよく食べる子! この二つは可愛いの鉄板だよね~』

『……』

『……異論が無いならそういう子にするけどー?』

『……』

『んじゃ決定ってことで♪』


 これが、躯体に眠るルピの魂とクルードが召喚した魔王の半分とが融合した際の遣り取りだ。

 そして二つが融け合って一つに、山犬になると。魔王が考えた通りの個性キャラクターが爆誕した。


 だから山犬は知能おつむの決してよろしくは無い――――だがそれは仮初の、そんな神殺しヒトガタだった。

 そんな山犬だからこそ、最も神を討ち得る自らの性能の全てを遺憾なくは発揮できていなかった。深慮に足らない彼女の性質は、しかし異世界に転移とばされた天を内側で欺いた際に魔王の部分が覚醒をし始めたことで変わっていく。


 天――いや、カエリがかつて愛したマリアベルという異端の情婦。自らに近しい人物像の記憶に触れた彼女は、それにより山犬となる前の自分を深く思い出してしまったのだ。


 覚醒しつつあった魔王の魂は、未だそれに気付かない山犬の無意識に作用して自己の微細な複製をばら撒くという行為に及ばせた。

 ノヱルと天とが苦戦する神の終焉テロセルを、山犬が単身で撃破するにはが最も公算が高いと踏んだのだ。そのための布石が範囲殲滅形態だった。


 そしてつい先程――――思い切り首を締め上げられたことで覚醒は果たされた。

 それは、かつての魔王にとって特別な契りだった。

 彼女が愛する勇者が自らに齎した最期――――その方法こそが、扼殺くびをしめてこころすことだったのだから。


 本当は。

 魔王は、出て来るつもりなど全く無かった。

 自分はもう山犬であり、クルードに刻まれた“神を殺す”という命題と、そして融合したルピが真に願う“神に復讐する”という呪いを果たす道具としての自己を全うするつもりだったのだ。

 ルピと融合した果てに“山犬になる”という時点で、すでに対価は支払われているようなものだった。クルードからしてみれば何も支払っていないも同然だが、それでも魔王はそれで善しとし、喜んで山犬となった。


 ついでに言えば――ノヱルの人となりが、かつて愛した勇者に何処となく似ているというのも喜ばしいことだった。

 ルピもレヲンのことを好いていたし、全く好都合だと――――だからこそ完全に自分を覚醒させた神の終焉テロセルを、めちゃくちゃにしてやらないと気が済まない。


 かわいい山犬を演じたままでいたかった。

 ノヱルを好きな自分のままでいたかった。


 もう二度と、愛する人に逢えない自分勇者が魔王を殺したことを思い出したくは無かったのだ。


 暴食と邪淫だけで済ませたかった魔王は、残る憤怒を呼び起こす。

 全てを喰らい尽くし神をも殺す暴食の化身としての【神殺す獣】デチエリィクスヴィと、全てを受け入れ抱き留めそれで以て喰らい尽くす邪淫の化身としての【饕餮】チェミクスチークス――――残るは憤怒の化身としての形態へと至る変身魔術シフトマンシー。 


「――“其の獣は神を穢す数々の名で覆われ”マテール・メレトリシス


 どくんと世界の輪郭が揺らぎ――彼女の腹部に現れた異痕イコンが蠢く。

 臍を取り囲む逆三角形へと変じたそこに、三つの“6”が現れる。

 それは回転して“6”と“9”とを往復しやがて“69”へと成り、陰と陽とを示す太極図のように縮まっては、融け合って“  ”へと昇華した。

 世界の様相も、それを以て完全に変わり果ててしまった。


 自身をでは無く世界を変異させるその魔術は魔王と神の終焉テロセルとが戦う丘を広大な檻で包み上げた。

 汚泥に似た白濁を帯びた大地。空は嬌声に塗れた朝焼けのように紅く濡れている。


 その中心に佇む魔王も、本来の彼女の姿へと変わっていた。

 その白い眼球は今や黒く閉ざされ、血のようにあかく発色する虹彩ひとみには心臓を刳り貫いた形ハート型の模様が刻まれている。

 その艶やかで肉めいた尻からは人間の原罪と同じ本数の肉の尾が伸び、その先端に生える都合十本の棘からは毒々しく輝く艶めかしい汁を垂らしていた。

 それまで身を包んでいた水着のような皮衣は無く、異痕イコンが全身に伸びた赤黒い帯がその代わりを果たしている。


 顔を顰めさせながら周囲を見渡した神の終焉テロセルは、だがしかし炎剣を翻しては至高の熱を放射する【灼熱で以て大地を浄化しよう】カタリスモス・メ・カファーシを繰り出した。

 一帯を焼野原へと変える膨大な暴虐は、だがしかし魔王を消し炭へと変えることも世界の様相を焦げ付かすことも出来ない。


「ごめんねぇ、もうきみの知るセカイじゃないんだぁ♡」


 神の終焉テロセルは神の軍勢から切り離され孤立した事実を感じ取ると、心の奥底から身震いした。

 ただいるだけなのに、脅威こわさ戦慄こわさ驚愕こわさを禁じ得ない世界の有様――“死”とて生温い地獄だと断じれた。


「うああああああああああああああああああ!!」


 激昂で自我を保とうとした神の終焉テロセルは突進し、魔王の矮躯をその剛腕で以て貫いた。

 だが山犬とは違う――――悍ましい肉の感触と、その上に愉悦に綻んだ悪魔のかお


「ああ、あああっ! あああああっ!!」


 貫いた身体が纏わりつき、神の終焉テロセルは腕を引き抜くことが出来ない。それもその筈だ――――纏わりついた肉は熾天使の腕と融合を果たしていたのだから。


「がああああああああっ!!」


 それでも力任せに引き裂くと、鳩尾から左脇にかけてを大きく抉られた魔王は破顔したままぐらりと揺れて白濁に倒れた。

 熾天使の右腕にはまだ肉が纏わりついており――その肉が盛り上がっては魔王の形を復元する。


「な、ぁ――――っ」


 その肉の塊を、今度は左腕で掴んで引き千切ろうとした。しかしその途端、肉に指がめり込んでやはり融合してしまう。

 炎剣で断とうとしても無駄だった。何をしても肉同士が融け合って癒着し、そのうちに自身の身体の内にもう一つの鼓動が響くのを耳にするようになる。


「だぁめ。たちもう、んだからぁ♪」

「うあ、ぁあああ、ああああああああ――――」

「ね? きもちわるぅいでしょぉ? きみにべられながら、きみをべているんだよぉ♡」

「はぁ、はああ、はは、ぁは、あはははははははは――――」

「悦んでくれて嬉しいなぁ♡ もっといっぱい、たぁんと召し上がれ――――」

「あはっ、あは、あははははっ、はははははははは――――ぐべ」


 そこから先の神の終焉テロセルの記憶は無い。当然だ、死に果てた者に残るものなど、何も無いからだ。



「あー、おいしかったぁクッソ不味かった――――さてさて……っと。うっわやっば、ピンチ! 山犬ちゃんダァァァッシュ!!」


 そして変質した世界とともに魔王から戻った山犬は、大聖堂から迸る悍ましい霊銀ミスリルに仰天しては、力強く焼けた大地を蹴って駆ける。


 大聖堂の地下そこでは、今まさにエディがプロメテウスから“火”を受け継ごうとしていた。

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