無窮の熕型⑬

「コーニィド……己れはこの後、休眠に入る……修理は、任せた……」

「何……言って……」

「がああああああああああっっっ!!!」


 掴み上げた魔動核マキナコアを、交戦開始時にクルードが黒い球体にそうしたように空高くに向けて掲げるノヱル。

 霊銀ミスリルの循環を断たれた魔動核マキナコアは強制終了され、また核を失った躯体もその機能を停止する――筈だった。


「貴様……何故、動いて……」

「ああああああああああああああああ――――」


 しかしノヱルは止まらない。コーニィドは、ケインルースは、そしてクルードはた。

 彼の躯体と掲げた魔動核マキナコアとの間に、周囲の霊銀ミスリルが収束して銀色線を創り上げているのを。その線を通じて、別たれた二つは未だ繋がっているのだ。


「神は討つ、限界なら今すぐに超えてやるっ! “銃の見做し児”ガンパーツ・チルドレン――」


 魔動核マキナコアが出力限界を超えて霊銀ミスリルを励起させる。

 核の内側の錬成炉アルケミックリアクタは夥しいにも程がある熱を放ち、赤熱を超えて白熱した。どろりと外装が溶け始め、球形のそれは形を変えていく。


「何をしでかすかは知らんが、悠長に待つと――」

「黙ってろ!」


 クルードは魔術を放とうとしたが、しかし急性の霊銀ミスリル中毒に冒されながらも突出したコーニィドの斬閃がそれを阻む。


「僕だって!」

「貴様らぁっ!」


 ケインルースも同様だ。三者三様に決死。しかし当の“死”は地上の部隊に引き受けてもらっている。誰もが死と隣り合わせだ、躊躇している暇など無いのだ。


「ああああああああああああああああ――――」


 やがて、ノヱルが自ら取り出した魔動核マキナコアは、まるで三つの歯車が互い違いに重なったような形状になった。

 中心に錬成炉アルケミックリアクタの球を持ち、XYZの三つの軸で立体的に交差する歪な形状。


 それを“銃”と呼ぶべきかは些か疑問だが、しかし弾丸を撃ち出すのだから“銃”なのだろう。

 しかしノヱルの意思ひとつでその規格サイズは大きくも小さくもなり、そこに限度は無いように感じられた。

 扱える弾丸も、現時点でノヱルが有している銃に装填できる全てが適合した。無論、【世を葬るは人の業】バレットワークスも。


「――“無窮の熕型”エクスカリバー


 それは初めてそこに生まれた、十番目の銃。孤児たちでは無く、ノヱルが自らの根幹を成すレヲンの魂とそこに結びついたクルードの魂とを、そして自らの核を素材として創り上げた、彼自身の銃。


 無限に拡がる口径を持ち。

 無尽の弾丸をその内に宿し。

 無上の戦果を使用者に齎す。


 無窮の熕型エクスカリバー――――それが、その銃の名前だった。


“装填”シャルジ――“魔銃”バレマジーキ


 翳した手を前へと差し向ける。肩から腕に沿って、伸ばした指先の先で歪な球もぴたりと留まる。


「――“神亡き世界の呱呱の聲”ティル・ディアボリーク


 発砲音は無かった。ただ、魔術が発生した際の幽かな光だけが迸った。

 しかし衝撃はあった。クルードは自らの胸に視線を落とし、異骸アンデッドとしての生命を保持する霊銀ミスリル溜まりが撃ち抜かれたことを視認した。


 弾丸が空間を跳躍する魔銃バレマジーキによる一撃ならば、既に一度防いでいる筈だった。

 空間を跳躍する弾丸に対してならば方術アクスマンシーによって空間自体を遮断する防御法が有効だと――だがそれをしても尚、今度の銃撃は防げなかった。

 発砲音が無かったからでは無い。

 空間を遮断した、その空間をも跳躍して銃弾は歪な命に届いたのだ。それを穿ったのだ、貫いたのだ。


 クルードは再び顔を上げ、理解できないと言った表情でノヱルを見遣った。

 そうしながら、内側から崩壊していく自分の身体の感触、そして急速に失われていく自らの異質な生命に驚嘆し、しかし笑顔を咲かせた。


「ああ、やはりお前は、儂の……儂、……の…………」


 その言葉の続きを、ノヱルは一度聴いている。

 レヲンがノヱルになるためにクルードを撃ち殺した時に、全く同じことを呟いたのだ。


 もしかすると、今わの際に失われていた記憶が戻ったのかもしれないとノヱルは思ったが、そんなことは些末事だ。ノヱルとて、躯体の内側に核が無い以上、もうこれ以上動くことが出来そうに無かった。


 まるであの時の焼き直しだな――そんなどうでもいいことを思いながら、ノヱルは無色の地面に片膝を着き、遂にはぐらりと倒れ伏した。

 もう魔動核マキナコアと躯体とを繋げていた銀色線は無かった。動力を失った躯体は意識を強制終了させて静かに眠るだけだ。“白い悪魔”の様相も、倒れ伏す一瞬の狭間で自然と解除された。


 異骸アンデッドに再びの死が訪れる時――肉体は霊銀ミスリルにより分解され、塵一つ残さずに消えていくのみだ。まるで灰がさらさらと風に流れていくように、空には死の奔流を生み出す黒い球体だけが残った。


「クソがっ……」

「作り手を消したところで、消えてくれるわけでは無いですよね……」


 だからそこからは、もうすでに満身創痍なコーニィドたちの番だった。しかし過去三度、逃げたクルードは死を生むその黒い球体を置き去りにしている。

 もう、対処法は割れている――後はそれを、速やかに実行に移すのみ。


「ケイ、まだやれるか?」

「コゥ兄、何言ってんの……僕たちがやらなくて、誰がやるんだよ」

「……だな」

「……でしょ?」


 傷ついている。骨の幾つかは折れてもいる。

 挫傷に切創、火傷に凍傷。爪は割れ、剥がれたものもある。

 損傷ダメージを負った内臓もある。怪我していない箇所を探す方が難しい程だ。


 それでも、それを理由にもたつく元王と現王では無い。


(ノヱルの奴、ちゃんとやりやがった……)


 疑っていたわけでは無かったが、かと言って信じていたかと問われれば首を横に振った。

 コーニィドは、だからこそノヱルに報いたいと心の底から強く思った。ならば自分が今やるべきことは、ここから被害を最小限に留めた上で黒い死の奔流を処理し、彼を約束通り元の時代に戻してやることだ。

 勿論、その前に彼の躯体をそっくり修復しなければならない――ただしそれに関して言えば、明日手を着けるでいいかなぁ、と。


 黒い球体そのものを空間的に隔離し、既に死んでしまった誰のものでも無い異世界へと転移させた後で、コーニィドはそんなことを考えた。




   ◆




「――よぉ」

「……よぉ」


 ノヱルが目覚めたのは、それから一か月後のことだった。

 強制終了し、かつ錬成炉アルケミックリアクタからの霊銀ミスリル動力の供給が断たれた躯体は呼吸機関による外気からの霊銀ミスリルの吸入が必須となる。

 それ故それだけの長時間目覚めなかった彼だったが、眠っていた間に躯体は全てコーニィドたち開発局の手によって完璧に修復されていた。


「……悲惨な状況だな」

「毎年のことだ、気にすんな。来年は流石にもうやって来ないと思うし」


 街に出たノヱルは目の当たりにした災禍の爪痕に目を細めた。

 あの死の奔流に晒されたのだろう――抉られた建物は地面に相当な量の瓦礫を積み上げている。その麓に添えられた花々は、そこで誰かが死んでしまったことを意味するのか。


「これでも過去最良の結果だよ。死者六千八百人強、重傷者一万五千人、軽傷で済んだのが二十万飛んで四百人」

「死者、六千……」


 街の至る所で、喪に服す国民の姿があった。中にはまだ遺体の見つかっていない者もいるらしい。

 応援を快く引き受けてくれた隣国の兵にも死傷者は出た。それでもこの国は糾弾されない。国のトップとその賓客が元凶を撃破したからだ。最前線で彼らが戦ったからこそのこの被害なのだ。哀しみこそすれ、誰も怒りを向ける矛先を持っていない。


「のゑるー、おかえりー」

「……ただいま」


 しゃがみ込み、出迎えてくれたヴァンの小さな頭にポンと手を置く。

 不意に十人の影を幻視した。どうしてだか、そんな機能など無い筈なのに目頭と眦に熱が込み上げ、その熱を奪うために組織液が溢れ出した。


「……のゑる、どこかいたい?」

「違う……痛くない、痛くないよ……」


 堪らず、身を案じてくれたヴァンの身体をきゅっと優しく抱き締めた。本当にこうしたかった者達はもういない。

 誰も彼らの代わりになどなれない。そんなことは解り切っていたとしても、今のノヱルはこうしなければいけない焦燥に苛まれていた。


「……ヴァン、強い人になれ。君のお父さんみたいに、とても強くて、かっこいい人に」

「うん! ぼくね、おとうさんみたいになる!」

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