無窮の熕型⑪
「慣らしは終わった。全力で行く」
告げたノヱルは、
肌は蒼褪め、撫子色の髪は白く染まり、額からは後頭部へと沿って伸びる捩れた黒い双角が生え出た。
呪詛と
瞬間――ノヱルの周囲の空間が避け、六つの砲門が現れる。
「
元の時代、鐘楼塔の麓で
射出された六つの光の帯は標的の座標で収束すると、激しい大爆発を引き起こした。
「うおぃっ!?」
慌ててコーニィドは転移し爆風の被害を受けない遠くへと跳び退いた。ケインルースも咄嗟に引力と斥力とを操作して瞬時に離脱を図った。
しかし光弾の砲手であるノヱルはその爆風の被害を受けない。
「――成程、確かにその力ならば神に絶望を齎せるやも知れん」
だが狂人には届かない。
死の奔流でさえ、圧倒的な火力で一時的に消し飛ばせたとしても、クルードの手の内にある限りまた新たに生まれて来るようだ。
「……本当に、三度もよく撃退できたものだ」
呆れたノヱルは辟易とした顔をしながら、しかし手に
「そりゃあ攻略法を見つけたからな」
「攻略法?」
再び隣に転移してきたコーニィドは揚々と語る。クルードもまた、ぴくりと耳を欹ててしまった。
「ああ――お前のその黒い死の奔流。何で俺たちに向かわずに下に垂れて行ってると思う?」
「何故、だと?」
確かにそうだ――死の奔流は間近にいるコーニィドたちを狙わず、ただただ溢れては地上を目指して垂れ落ちていく。
クルードは指摘されるまで気にしていなかったが、一度そうされると確かに何故だと疑問を抱いてしまった。
「そいつは純粋な“死”だ――命を求めてるんだよ」
「命……」
「ここよりも地上の方が、奪える命は多いからな」
「何だと……?」
これだけの強敵相手に騎士団を総動員せず避難に回し、対峙するのはこの国の最高戦力二人と因縁の一基――それには勿論理由があった。
黒い球体から溢れる死の奔流は、それそのものが死である故に、多くの命を奪おうと命の多い箇所を狙うのだ。そこにこそ、騎士団や他国からの応援が集っている。
そしてなまじ概念を物理現象と化してしまっている以上、あの死の奔流には
「何度目だと思ってんだ、もう今年で四度目だぞ? 毎回毎回馬鹿の一つ覚えみたいに同じ手で来やがって……本当にいい加減にしろって感じだよ」
だが過去三度、公国が果たせたのは撃破ではなく撃退だった。死の奔流を攻略出来たとしても、クルード自身は取り逃してしまっているのだ。
また撃退出来ても被害が無いわけでは無い。四年前は国が半壊し、三年前も同様。突破の糸口を掴んだ二年前に漸く被害を五分の一にまで減らすことが出来、去年は漸くそれを更に半分にまで押し留めた。
それでも一割だ。現在も百万の民が住まう公国――今回もまた一割なら、十万人の犠牲者が出ると言うことになる。
「そんな……ワシの創造物に弱点などあるわけが無い、いやあってはならん! 改良だ、改良が必要だ!」
「させるかよっ!」
再び空は戦場へと変じた。方術と斬術とを使い分けて近接距離で手を休めず攻め続けるコーニィドを筆頭に、空を飛び回りながら要所要所で激しく魔術を繰り出すケインルースと、同様に間隙を衝いて神をも葬る銃撃を繰り出すノヱル。
クルードはもはや帰りたいという一心だった。しかしこうも激しい攻めを見せられては、空間を割り裂いて元居た時代へと還る術式を展開できない。三者が呼吸を合わせて見せる見事なまでの連携が、クルードを防戦の一手に封じ込めたのだ。
だが、限界は来る。長引けば長引くほど、公国側に敗色が生まれる。
次々と溢れては蹂躙する死の奔流による被害が出始め、また空の戦場でもコーニィドとケインルースの動きは悪くなっていく。
魔術とは、自らの体内の
励起された
荒れた
そして体内の
だがすでに
ならばノヱルは――彼らヒトガタは躯体の根幹を
だがノヱルにも限界は訪れる。
ノヱルは通常の銃撃を交えながら
目覚めた時、何故か一度限界を超過していた躯体。故に四種の銃と、二発という弾数を得ていた。
イェセロの
しかし得られた銃の数は二種類――弾数も四発が限界だ。
今、既に四発中三発を使い果たしてしまっている――限界を超えることを鑑みなければあと二発、いや三発は撃てるだろう。休眠が訪れるまでならもっと撃つことが出来るかも知れない――ノヱルは覚悟を決める。
あの防壁とも言える数々の魔術を掻い潜ってクルードを討つには、きっと通常の銃撃では駄目だ。
もう何度も何度も、撃鉄が落ちるように彼の深淵では呪詛のような響きがこだましている。
“
“
“
(煩い――頼む、必ずそれを叶えるから……もう、黙ってくれ)
「うおおおおおおおおおおお――!!」
鳴り止まない撃痛から逃れるように、ノヱルは吼える。
限界を超えた神討つ銃撃――それでもクルードはそこにいて、未だ黒い死の奔流は溢れている。
「……やはり貴様は失敗作だった。貴様では神を討てぬ」
その言葉を聴いた、その瞬間――――ノヱルの虚数座標域に隠されていた記憶が、蘇った。
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