無窮の熕型⑪

は終わった。


 告げたノヱルは、【世を葬るは人の業】バレットワークスを解放する。

 肌は蒼褪め、撫子色の髪は白く染まり、額からは後頭部へと沿って伸びる捩れた黒い双角が生え出た。

 呪詛と霊銀ミスリルとが結合した黒い帯のような靄はあの死の奔流と似ている。それを纏うノヱルは何も持たない手でクルードの影を指差した。


 瞬間――ノヱルの周囲の空間が避け、六つの砲門が現れる。


“葬銃”カノニア――“神亡き世界の呱呱の聲”ティル・ディアボリーク!」


 元の時代、鐘楼塔の麓で【荊の兵団】ソーンコープス相手に放った時とは違う、紛うことなき神性を散らす砲撃。

 射出された六つの光の帯は標的の座標で収束すると、激しい大爆発を引き起こした。


「うおぃっ!?」


 慌ててコーニィドは転移し爆風の被害を受けない遠くへと跳び退いた。ケインルースも咄嗟に引力と斥力とを操作して瞬時に離脱を図った。

 しかし光弾の砲手であるノヱルはその爆風の被害を受けない。葬銃カノニアの砲撃はそういうルールになっているからだ。しかし逆に、棄却するまでその場から動けないという制約も受けてしまうが。


「――成程、確かにその力ならば神に絶望を齎せるやも知れん」


 だが狂人には届かない。

 死の奔流でさえ、圧倒的な火力で一時的に消し飛ばせたとしても、クルードの手の内にある限りまた新たに生まれて来るようだ。


「……本当に、三度もよく撃退できたものだ」


 呆れたノヱルは辟易とした顔をしながら、しかし手に“雷銃”フュジリエを召喚する。


「そりゃあ攻略法を見つけたからな」

「攻略法?」


 再び隣に転移してきたコーニィドは揚々と語る。クルードもまた、ぴくりと耳を欹ててしまった。


「ああ――お前のその黒い死の奔流。何で俺たちに向かわずに下に垂れて行ってると思う?」

「何故、だと?」


 確かにそうだ――死の奔流は間近にいるコーニィドたちを狙わず、ただただ溢れては地上を目指して垂れ落ちていく。

 クルードは指摘されるまで気にしていなかったが、一度そうされると確かに何故だと疑問を抱いてしまった。


「そいつは純粋な“死”だ――命を求めてるんだよ」

「命……」

「ここよりも地上の方が、奪える命は多いからな」

「何だと……?」


 これだけの強敵相手に騎士団を総動員せず避難に回し、対峙するのはこの国の最高戦力二人と因縁の一基――それには勿論理由があった。

 黒い球体から溢れる死の奔流は、それそのものが死である故に、多くの命を奪おうと命の多い箇所を狙うのだ。そこにこそ、騎士団や他国からの応援が集っている。

 そしてなまじ概念を物理現象と化してしまっている以上、あの死の奔流には動術キネトマンシー――引力や斥力と言った、力そのものを操る魔術が有効なのだ。それが有効である以上、引き付け、或いは突き離すといった動術キネトマンシーを多くの者が扱える車輪の公国レヴォルテリオ側は必勝法をすでに掴んでいる。


「何度目だと思ってんだ、もう今年で四度目だぞ? 毎回毎回馬鹿の一つ覚えみたいに同じ手で来やがって……本当にいい加減にしろって感じだよ」


 だが過去三度、公国が果たせたのは撃破ではなく撃退だった。死の奔流を攻略出来たとしても、クルード自身は取り逃してしまっているのだ。

 また撃退出来ても被害が無いわけでは無い。四年前は国が半壊し、三年前も同様。突破の糸口を掴んだ二年前に漸く被害を五分の一にまで減らすことが出来、去年は漸くそれを更に半分にまで押し留めた。

 それでも一割だ。現在も百万の民が住まう公国――今回もまた一割なら、十万人の犠牲者が出ると言うことになる。


「そんな……ワシの創造物に弱点などあるわけが無い、いやあってはならん! 改良だ、改良が必要だ!」

「させるかよっ!」


 再び空は戦場へと変じた。方術と斬術とを使い分けて近接距離で手を休めず攻め続けるコーニィドを筆頭に、空を飛び回りながら要所要所で激しく魔術を繰り出すケインルースと、同様に間隙を衝いて神をも葬る銃撃を繰り出すノヱル。

 クルードはもはや帰りたいという一心だった。しかしこうも激しい攻めを見せられては、空間を割り裂いて元居た時代へと還る術式を展開できない。三者が呼吸を合わせて見せる見事なまでの連携が、クルードを防戦の一手に封じ込めたのだ。


 だが、限界は来る。長引けば長引くほど、公国側に敗色が生まれる。

 次々と溢れては蹂躙する死の奔流による被害が出始め、また空の戦場でもコーニィドとケインルースの動きは悪くなっていく。


 魔術とは、自らの体内の霊銀ミスリルを活性化させる行為だ。

 励起された霊銀ミスリルは周囲の物質との結びつきやすさを増大し、有機化した霊銀ミスリルは毒となる――霊銀ミスリル中毒、果ては霊銀ミスリル汚染の始まりだ。


 荒れた霊銀ミスリルを輩出する特殊な魔術士の呼吸法もやがて間に合わなくなる。

 そして体内の霊銀ミスリルの活性率が魔術士の耐性を上回った時――そこで訪れるのが“異獣化”アダプタイズだ。


 だがすでに異骸アンデッドであるクルードにそれは訪れない。分類こそされているものの、異骸アンデッドは言わば死体に異獣化アダプタイズが発生したことで生まれた存在だからだ。

 異獣化アダプタイズされた存在はさらに異獣化アダプタイズされることは無い。だからクルードはコーニィドやケインルースのように自らの末期を気にせず魔術を濫発出来た。


 ならばノヱルは――彼らヒトガタは躯体の根幹を霊銀ミスリル合金で創られており有機物に乏しいため、構造的に霊銀ミスリルの活性化による変異を受けにくくなっている。異獣化アダプタイズが訪れにくいのだ。

 だがノヱルにも限界は訪れる。【神亡き世界の呱呱の聲】ティル・ディアボリークを放てる弾数だ。それを超過してしまうと、直ぐにでは無いが休眠を取る必要に晒される。


 ノヱルは通常の銃撃を交えながら知能的演算核ブレインコアを回転させていた。


 目覚めた時、何故か一度限界を超過していた躯体。故に四種の銃と、二発という弾数を得ていた。


 食肉の楽園ミートピアにてその限界を超えて三発目を放ったために、休眠期間を経て新たに二種類の銃を得、限界弾数は三発に上昇した。


 イェセロの【禁書】アポクリファ拠点にて神の軍勢の襲来を受けた時、一気に二つの限界を超えて五発の【神亡き世界の呱呱の聲】ティル・ディアボリークを撃った。

 しかし得られた銃の数は二種類――弾数も四発が限界だ。


 今、既に四発中三発を使い果たしてしまっている――限界を超えることを鑑みなければあと二発、いや三発は撃てるだろう。休眠が訪れるまでならもっと撃つことが出来るかも知れない――ノヱルは覚悟を決める。


 あの防壁とも言える数々の魔術を掻い潜ってクルードを討つには、きっと通常の銃撃では駄目だ。【神亡き世界の呱呱の聲】ティル・ディアボリークが絶対に必要だ――それは予測では無くもはや確信だった。


 もう何度も何度も、撃鉄が落ちるように彼の深淵では呪詛のような響きがこだましている。


ノヱル、Noel,神をNie否定しろDieu.


ノヱル、Noel,神をNie否定しろDieu.


ノヱル、Noel,神をNie否定しろDieu.


(煩い――頼む、必ずそれを叶えるから……もう、黙ってくれ)


「うおおおおおおおおおおお――!!」


 鳴り止まない痛から逃れるように、ノヱルは吼える。

 限界を超えた神討つ銃撃――それでもクルードはそこにいて、未だ黒い死の奔流は溢れている。


「……やはり貴様は失敗作だった。貴様では神を討てぬ」


 その言葉を聴いた、その瞬間――――ノヱルの虚数座標域に隠されていた記憶が、蘇った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る