無窮の熕型⑤

「己れはこいつの特殊能力を行使する」

「――は?」


 指差されたのは“呪術士”ソーサラー――その特殊能力は、指定した敵陣営の一体を距離や駒との間にある遮蔽に関わらず呪い殺すというものだ。

 しかし“呪術士”ソーサラーの駒を、ノヱルもだが陣形に組み込んでた。それにも関わらず、指差した“呪術士”ソーサラーは確かにシルヴィス陣営の駒だった。


「……“憑依術士”シャーマンの特殊能力は別に、敵陣営の駒のものでも構わない筈だろ?」


 敵陣営にどのような駒が組み込まれるかはしかし定かではない。それもまた、現在ではあまり使われることの無い手法だったが、ルール上は全く問題は無い――無いが、しかし“呪術士”ソーサラーの特殊能力とはあくまでのだ。つまりこの場合、ノヱルがシルヴィス陣営の“呪術士”ソーサラーの特殊能力で呪い殺せるのはだと言うことになる。


「あ、ああ……で、誰を呪い殺すんだ?」

「決まっている――こいつだ」

「っ!?」


 新たに指差された駒は、ノヱル陣営の駒だった。シルヴィスおよび観戦者の誰しもが口を閉ざす能力を一時的に封じられてしまった――ただ一人、コーニィドを除いて。

 その駒の名は“自爆兵”スーサイド。前後左右の四方向に1マスずつ動くことが出来るが、敵を討つ能力を唯一持たない。しかしその代わり、特殊能力として自らが討たれる瞬間にその周囲八方向に存在する駒を全て巻き込んで討つことが出来る、文字通り自爆することでしか敵を討てない使い捨ての兵だ。


 この駒に対しては自発的に敵を討つことが出来ないことから、敵がこの駒を進軍させたなら動けないように進路を阻むという策を取ることが多い。

 シルヴィスもまた、最低限の駒の数でこの“自爆兵”スーサイドが深く自陣営に食い込まないように策を講じていた。


 しかしそこで気付く――盤上に持ち込める“自爆兵”スーサイドの数は二体であり、その二体が斜めに隣接している。

 “自爆兵”《スーサイド》を抑えるために要した進路妨害用の駒の数は四体――


「成程――」

「そういうことだ」


 そしてノヱルは“自爆兵”スーサイドの駒を二つ取り上げると、その周囲を取り囲んでいた四体の駒をも取り上げて盤の外に移動させた。

 これによりシルヴィス陣営の駒は四体にまで減り、ノヱル陣営の駒もまた四体にまで減じた。

 そしてヴァルファーにおいて、三十手番を消費した後にそれぞれの陣営がともに五体以下にまで減った際には強制的に“引き分け”ドローとなる、というルールがある。ひとつの試合が長引きすぎないようにと後世において追加されたルールだ。

 ノヱルはこのルールを利用し、自らもそして対戦相手であるシルヴィスも勝ちはせず、そして負けもしない結果を目指していたのだ。


「これは……事実上は私の負けだな」

「どうだか――結果はあくまで“引き分け”ドローだ。あんたの指し筋を見れば勝つのがいかに難しいかは直ぐに判った。だからこうせざるを得なかったと思ってくれ」


 観戦していた団員たちは二人の遣り取りを余所に、既に今回の交戦の検討を始めていた。

 あそこでああしていれば、あの駒を組み込んでいれば――定石や指南書に無いノヱルの指し筋をああだこうだと議論が繰り返される中、ずいと踏み出たのはコーニィド。


「いい試合だったところ悪いが、幾つか質問がある」

「いいでしょう、コーニィド。彼を牢から解き放ったのは私ですが、何か問題でも?」

「だろうな、シルヴィス。問題なんか無えよ、お前だってんならな」


 駐屯所は【車輪の騎士団】レヴォルトリオンズの二番隊のものであり、ならば地下牢も二番隊のものとなる。

 二番隊の敷地内に捉えられていた賊と思わしき者をその二番隊を取り仕切る長が解放したのなら何の問題も無く、それはコーニィドもシルヴィスも同じ認識だ。


「じゃあ次の質問だ」

「次に問うなら、どんな理由で解放したか、というところでしょうか? それならば私が直に面談し、問題ないと判断したからですが?」

「だろうな――じゃあ次だ」

「ヴァルファーに興じていたのは単に異世界人である筈の彼がこの遊戯ゲームを知っているようだったからですよ」

「おう、それが一番の問題だ」


 コーニィドが捕らえたノヱルを放置して外出していたのは、彼がどこの出自かを検めるためだった。そして彼が対峙の際に吐いた【フリュドリィス女王国クィーンダム】という単語は、コーニィドの知識の中に朧気ながら存在していた。


「――つまり彼は、過去から?」

「そういうことになる。勿論、そいつが嘘を吐いていなければ、だがな」

「己れが嘘を吐く利点メリットは何だ?」

「知らねぇよ――あるにせよ無いにせよ、とにかくそうしたなら余程頭が悪いって話だけどよ」


 それまで検討に及んでいた団員達も、今ではすっかり三者の遣り取りに耳を欹て口を噤んでいた。

 異世界からの来訪者、というのはこの国ではそこまで珍しいことでは無い。何せこの国自体が異世界と積極的に関りを持つ国だからだ。そのための部隊も編成され、コーニィドに至ってはそれを取り仕切る立場にある。


 だが歴史を辿って過去から来た者、また時を遡って未来から訪れた者、ならば話は別だ。

 故にこのノヱルは、過去から来た初めての来訪者となる。


 車輪の公国レヴォルテリオとは、滅びたフリュドリィス女王国クィーンダムの後に建国された国なのだ。そしてそれはもう三世紀も前の話になる。つまりノヱルは、それが本当ならば少なくとも三百年は未来の世界に漂流してしまったことになった。




   ◆




「のゑる、高い高いしてー」

「構わない。行くぞ、落ちるなよ?」


 小さくか弱い身体の両脇に手を差し入れ、傷つけぬようしかし確かにぐっと力を入れたノヱルは幼き子供の身体を天井近くまで放り上げた。


「わぁ!」


 そして落ちてきた身体を優しく抱き留めると、さらにもう何度もそれを繰り返す――きゃっきゃと喜ぶ男の子は先程から何度もそれをせがんでいた。


「ただいまーっと」

「お帰りなさい」

「ぱぱー、おかえりー」


 しかし男の子は自らの父親の帰宅を認めると、それまで付きっ切りだったノヱルを放り出してとたとたと駆け寄り、しゃがみ込んだ父親の胸に跳び込むように抱き着いた。それを抱え上げたコーニィドは、愛くるしい息子のヴァンの頬に軽く自らの唇を寄せる。


「レンカ、ただいま」


 そしてヴァンを下ろし、出迎えた愛妻の頬にも同様にキスを届けると、奥の方で自分たちを見遣る来訪者ノヱルに対し手を挙げた。


「よ、悪いな。ヴァンは迷惑掛けなかったか?」

「いや? 特に何の問題も無いな――

「そう言ってくれると助かるよ――で、承認は降りた。うちの国はお前の帰還を全力で支援する」


 コーニィドはこの【車輪の公国】レヴォルテリオの前代の王だ。この国は王族という血筋はおらず、幾つかの貴族から選出された候補者が主権者の投票によって王になるというシステムを採用している。

 当代の王はコーニィドもよく知る、ケインルースという若者だ。しかし稀代の天才であり、その名よりも“車輪の魔術師”レヴォルトワークスという敬称で知られている。

 この国に張り巡らされた車輪の機構の根幹となる“動術”キネトマンシーを極め、真理の一端に到達した魔術師ワークスホルダーである。二年前にそれに到達した彼は自動的に王へと成り上がった。この国では“車輪の魔術師”レヴォルトワークスが排出されれば即ち王に成る、というしきたりがあり、コーニィドもそれは承知していたために潔く身を退いたのだ。つまりケインルースは選挙を介さずに王へと成った、この国の歴史に五人といない王なのだ。


 そのケインルースを幼い頃からよく知るコーニィドは、ノヱルのことを報告し、彼を元の時代に帰せるように取り計らうことへの許可を申請した。

 ケインルースとて、コーニィドのことはよく知っている。だから彼の判断でそれは直ぐに認可されたものの、しかし交換条件がふたつ言い渡された。


「ひとつは、お前の身体を隅々まで検査し、その技術をうちの開発局が使えるようになること」

「――この国は己れのいた国の未来の姿なんだろう? ならばその必要は無いんじゃないか?」

「それがそうでも無いんだな」

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