無窮の熕型⑤
「己れはこいつの特殊能力を行使する」
「――は?」
指差されたのは
しかし
「……
敵陣営にどのような駒が組み込まれるかはしかし定かではない。それもまた、現在ではあまり使われることの無い手法だったが、ルール上は全く問題は無い――無いが、しかし
「あ、ああ……で、誰を呪い殺すんだ?」
「決まっている――こいつだ」
「っ!?」
新たに指差された駒は、ノヱル陣営の駒だった。シルヴィスおよび観戦者の誰しもが口を閉ざす能力を一時的に封じられてしまった――ただ一人、コーニィドを除いて。
その駒の名は
この駒に対しては自発的に敵を討つことが出来ないことから、敵がこの駒を進軍させたなら動けないように進路を阻むという策を取ることが多い。
シルヴィスもまた、最低限の駒の数でこの
しかしそこで気付く――盤上に持ち込める
“自爆兵”《スーサイド》を抑えるために要した進路妨害用の駒の数は四体――
「成程――」
「そういうことだ」
そしてノヱルは
これによりシルヴィス陣営の駒は四体にまで減り、ノヱル陣営の駒もまた四体にまで減じた。
そしてヴァルファーにおいて、三十手番を消費した後にそれぞれの陣営がともに五体以下にまで減った際には強制的に
ノヱルはこのルールを利用し、自らもそして対戦相手であるシルヴィスも勝ちはせず、そして負けもしない結果を目指していたのだ。
「これは……事実上は私の負けだな」
「どうだか――結果はあくまで
観戦していた団員たちは二人の遣り取りを余所に、既に今回の交戦の検討を始めていた。
あそこでああしていれば、あの駒を組み込んでいれば――定石や指南書に無いノヱルの指し筋をああだこうだと議論が繰り返される中、ずいと踏み出たのはコーニィド。
「いい試合だったところ悪いが、幾つか質問がある」
「いいでしょう、コーニィド。彼を牢から解き放ったのは私ですが、何か問題でも?」
「だろうな、シルヴィス。問題なんか無えよ、お前だってんならな」
駐屯所は
二番隊の敷地内に捉えられていた賊と思わしき者をその二番隊を取り仕切る長が解放したのなら何の問題も無く、それはコーニィドもシルヴィスも同じ認識だ。
「じゃあ次の質問だ」
「次に問うなら、どんな理由で解放したか、というところでしょうか? それならば私が直に面談し、問題ないと判断したからですが?」
「だろうな――じゃあ次だ」
「ヴァルファーに興じていたのは単に異世界人である筈の彼がこの
「おう、それが一番の問題だ」
コーニィドが捕らえたノヱルを放置して外出していたのは、彼がどこの出自かを検めるためだった。そして彼が対峙の際に吐いた【フリュドリィス
「――つまり彼は、過去から?」
「そういうことになる。勿論、そいつが嘘を吐いていなければ、だがな」
「己れが嘘を吐く
「知らねぇよ――あるにせよ無いにせよ、とにかくそうしたなら余程頭が悪いって話だけどよ」
それまで検討に及んでいた団員達も、今ではすっかり三者の遣り取りに耳を欹て口を噤んでいた。
異世界からの来訪者、というのはこの国ではそこまで珍しいことでは無い。何せこの国自体が異世界と積極的に関りを持つ国だからだ。そのための部隊も編成され、コーニィドに至ってはそれを取り仕切る立場にある。
だが歴史を辿って過去から来た者、また時を遡って未来から訪れた者、ならば話は別だ。
故にこのノヱルは、過去から来た初めての来訪者となる。
◆
「のゑる、高い高いしてー」
「構わない。行くぞ、落ちるなよ?」
小さくか弱い身体の両脇に手を差し入れ、傷つけぬようしかし確かにぐっと力を入れたノヱルは幼き子供の身体を天井近くまで放り上げた。
「わぁ!」
そして落ちてきた身体を優しく抱き留めると、さらにもう何度もそれを繰り返す――きゃっきゃと喜ぶ男の子は先程から何度もそれをせがんでいた。
「ただいまーっと」
「お帰りなさい」
「ぱぱー、おかえりー」
しかし男の子は自らの父親の帰宅を認めると、それまで付きっ切りだったノヱルを放り出してとたとたと駆け寄り、しゃがみ込んだ父親の胸に跳び込むように抱き着いた。それを抱え上げたコーニィドは、愛くるしい息子のヴァンの頬に軽く自らの唇を寄せる。
「レンカ、ただいま」
そしてヴァンを下ろし、出迎えた愛妻の頬にも同様にキスを届けると、奥の方で自分たちを見遣る
「よ、悪いな。ヴァンは迷惑掛けなかったか?」
「いや? 特に何の問題も無いな――子供の世話は久しいが慣れている」
「そう言ってくれると助かるよ――で、承認は降りた。うちの国はお前の帰還を全力で支援する」
コーニィドはこの
当代の王はコーニィドもよく知る、ケインルースという若者だ。しかし稀代の天才であり、その名よりも
この国に張り巡らされた車輪の機構の根幹となる
そのケインルースを幼い頃からよく知るコーニィドは、ノヱルのことを報告し、彼を元の時代に帰せるように取り計らうことへの許可を申請した。
ケインルースとて、コーニィドのことはよく知っている。だから彼の判断でそれは直ぐに認可されたものの、しかし交換条件がふたつ言い渡された。
「ひとつは、お前の身体を隅々まで検査し、その技術をうちの開発局が使えるようになること」
「――この国は己れのいた国の未来の姿なんだろう? ならばその必要は無いんじゃないか?」
「それがそうでも無いんだな」
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