異ノ血の異ノ理⑭

 だがそれは決して易しいものでは無かった。

 そもそも考えてみれば解るのだが、レヲンが屈服のため対峙し対話を行うのは自らが取り込んだ魂。それは勿論彼女の内側にあり――しかしエディは違う。彼が繋がろうとしている聖剣に込められた魂とはそれぞれの輪郭で区別され隔たってしまっている。


 レヲンから教わった通り、魔術を行使する要領で自らの内を循環する霊銀ミスリルを操作して流し込もうとも、まずその時点でかなり難易度が高い。

 だがエディは要領が良かった。自らの霊銀ミスリルを体外に流出させるという行為そのものはすぐに体得したのだ。

 しかしそれを聖剣に及ぼしたところで、深域に達しようというところでどうしても弾かれてしまうのだ。

 それは正しく、感触だった。


(これでいいのか……? これを続けていれば、いつかまた繋がれるのか?)


 迷いは尽きない。成果が出ない、そもそも方法論が無い、あったとしても成功するかどうかが定かではない――不安の種ばかりが芽吹いている。


「……一息入れよう。埒が明かないや」


 湾岸を潜航する船の中――掻いた胡坐の上に載せた聖剣を取り上げては雑嚢へと仕舞ったエディは、湯に溶かすタイプの即席珈琲インスタントコーヒーの瓶を取り出すと、自らのアルミのマグカップに粉を投じてそれを持ってキッチンへと向かう。

 潜水艇は大きく、十人までの乗員が十分に生活できる程の空間を持っている。

 無論、大きくともあくまで潜水艇だ。運動や鍛錬を行える程の部屋や広間も無ければ、備わっているキッチンにはコンロなどは無い。代わりに備わっているのはものを温めることの出来る霊銀ミスリルレンジとポットくらいだ。

 それでも運び込んだ携行食料を美味しく頂くには十分であり、いつでも温かな食事や嗜好品を摂れるというのは大きい。


「エディ、珈琲コーヒー飲んでるの?」


 隣接する食事スペースの壁に取り付けられた長椅子に座りながらマグカップに口をつけるエディの元にレヲンがやって来る。


「エディ坊、珈琲コーヒーとはまた贅沢だな」

「本当っすわ。今頃の連中は“闇の落胤”ネフィリムと交戦してるかも知れないっすよ?」

「そんな連絡は無いけどね」


 すると不思議と、サリードやバネット、それからミリアムまでもが現れた。少し遅れて、アスタシャとニスマもだ。

 まるでレヲンを中心に人の輪が出来ているようだと嘆息して――エディは誰にも悟られないようにその考えをすぐに棄却する。


 きっと世界はレヲンを選んでいる。今もまだその考えは変わらない。

 ノヱルや山犬や天、それに冥たち“神殺し”ヒトガタがもしも神の軍勢、引いては神との最終決戦にヒトガタ以外を連れて行くのなら、それは自分では無くレヲンに違いないと、エディはそう確信している。

 先日はその考えがこじれてついレヲンに酷い有様を見せてしまったが、後悔や反省があろうともその確信が変わることは無いのだ。


 戦争へと至る作戦の中にあると言うのに、レヲンを中心とした輪は笑顔に溢れている。

 改めてエディは、レヲンの英雄たる素質を思い知った。それは彼の胸の確信をさらに増徴させていく。


(でも、俺は――――)


 エディは思い出していた。フリュドリィス女王国クィーンダムの中心に建つ王城の、そのさらに中心にそびえる鐘楼塔の麓。

 天使との交戦があるに違いないというその場所に、ノヱルは自分を連れて行ったのだと。

 そして「お前にも出番は絶対にある」と告げたのだ。山犬を託してくれたのだ。

 結果、エディと山犬は調査団の居残り組と合流できスティヴァリへと帰り着き、再び【禁書】アポクリファと合流できた。


 あの戦いの場で、何も出来なかった。戦いそのものにははっきり言って役立たずだった。

 それでもノヱルに導かれ赴いたあの戦場に、自分がいた意味はあったのだと――それがエディの希望だった。


(もう一度、同じ戦場に行くんだ。今度は、指示を待つ傍観者じゃない……肩を並べて共に戦う仲間として。必ず――――)


 今もまだ、選ばれたのは自分じゃないと言う後ろ暗い想いは消えない。

 でもそれでいいのだと。それならば自分で選べばいいのだと。

 そう――エディは、目の前の満開の笑顔たちを見て自らもまた笑んだ。


 そしてその夜――もう、数十回目に至る試行の末に。


 エディの魂は、再び聖剣の魂と接触を果たす。

 しかしそれは凄絶な追憶を齎すこととなる。



 つまるところ――この世界は、命に残酷過ぎたということだ。




   ◆




「エディ、大丈夫なの?」


 ミリアムが不安げに訊ねるのも無理はない――かれこれ3時間も、エディは微動だにしないのだ。

 夕食の準備が出来たと船室に呼びに行っても返事は無く、押し入ってみると彼は意識を失っていた。

 辛うじて息をしているのには一同も安堵したが、だが明らかに様子がおかしい。


 それもその筈だ。その恰好は狭い船室のベッドの上で胡坐を掻いてその両腿の上に置いた両手の上に鞘に納まった聖剣を載せ、目は閉じ――――つまり、瞑想だ。


「……きっと、聖剣とんだと思う」


 その様子を見てレヲンがそう呟いた。彼女の特異な六角形の瞳孔が視覚する風景には、彼とそして聖剣の間を凄まじい速度と濃度と活性率で円環する夥しい霊銀ミスリルの荒ぶる様子が映っている。

 それはまるで小さな闘争だ。だから安堵しながらも、レヲンの胸には異なる不安が押し寄せていた。


「……下手すれば、二度と戻って来れない……かも」

「えっ!?」

「マジかよ……大丈夫かよ、エディ坊」

「判らない。でも、大丈夫だって信じることしか出来ないよ」

「いざって時は叩き起こせばどうにかならないっすか?」

「ダメ! それで戻って来れても、多分何らかの異常が残るかもしれない」


 全員が押し黙った。

 それでも、その沈黙を破るのはやはりレヲンだった。


「……あたしは信じる。エディなら、きっと聖剣とのを交わして戻ってくるよ」


 根拠など何処にも無い。そしてこの中で最も彼との親交が浅いのは――【禁書】アポクリファに属さないニスマを除いては――レヲンだ。

 それでも彼女の言葉に一同は賛同した。どのみち、信じて待つことしか出来ないのだ。


「だがよ……もしも目的地に到着してもその時点でエディ坊が目を覚まさなかったら」

「そうね。その時は――私たちでやるしか無いと思う」

「出来るんすかね? ……一応、俺たちのリーダーはエディ坊ってことになってるっすよ」

「それは……」


 流石にその問いにはレヲンも言葉を詰まらせた。だがそこで横から口を挟んだのはまさかのニスマだった。


「ほう、ならばここに集まっているのはその少年がいなければ何も出来ない烏合の衆ということか? お笑い草だな」


 嘲る口調。だが誰もがはっと気付かされ、サリードに至っては嘆息したと思えば自らの頬に右拳を叩き込んだ。


「ちょっと!?」


 バグンと薄皮を挟んで骨同士がぶつかる音が低く響き、口の端に薄っすらと血を滲ませたサリードが鋭い目つきで一同を見渡し、そしてニスマに向き直る。


「いや――俺たちは危うく、あんたの言う通りになるところだった。悪いな、想像通りじゃなくて」

「……そっすよね。エディ坊、何たってまだ16歳っすから」

「こんな年下の少年に全部背負わせるなんて……あー、本っ当……馬鹿だなぁ、私」

「……私も、そうでした」


 サリード、バネット、ミリアム、そしてアスタシャ。【禁書】アポクリファに名を連ねる四人全員が、いつの間にか少年に全てを預けていた。そしてそれは、気付かされてみると大いに歪な在り方だと思い知らされる。


「エディ坊が目覚めなくても、それならそれでいい。じっくり聖剣の魂とやらとよろしくやってもらうさ」

「そっすよ。いざって時はサリードが肉体言語おとこのこぶしで教団と話つけるっす」

「戦争が起こるわよ」

「いや、戦争は起こってるんだけどな」

「無用な戦争って意味」


 アスタシャもぎゅっと拳を固め、決意を胸に宿したようだ。そんな様子を見てニスマは嘆息した。


「ニスマさん、ごめんなさい。それから、ありがとう」

「はぁ――お前たちは我が主君、キユラス様が認めた者たち。我が主君の目が曇っていたなどという恥を塗ってほしくないだけだ」

「ううん、それでも……ありがとうございます」


 下げた頭を上げたレヲンは、エディの部屋から全員が去っていく最後尾に着くと去り際、再度彼へと振り向く。


「あたし……ううん。あたしたち、待たないからね。ちゃんと、追い掛けて来てよ? ちゃんと、追い付いて来てよ?」


 エディは答えない。名残惜しさはまだある不安と綯い交ぜになった。それでもレヲンはその場を後にした。

 エディの心――魂は今まさに、聖剣に囚われた背なにはね持つ少女と邂逅を果たしていた。

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