喰み出した野獣、刃乱した除者⑦

「穴、これで多分塞がると思うけど」

「山犬、ありがとうございます」


 自らの肉体を構成する微分子機械ナノマシンを、欠けた分だけ捻出して天の傷口に宛がった山犬だったが、正直このようなやり方で天の傷口が塞がるのかどうかは疑問だ。

 ノヱルがここにいれば、機械人形ヒトガタの身体を弄繰り回せる知識で以てその是非を解けただろうが、いない者には頼れない。


 通常の人間では無いのだから、治療魔術にも頼れない。穴が空いていたところで、幸いにも重要な機関には傷ついていないのだから別段問題は無いが、組織液の漏出は度が過ぎれば躯体の不調に繋がる。


 山犬としてもの応急処置だったが、任務に支障が出ては困る。何しろ、下手をこけば同じヒトガタであるノヱルまで蔑まれる結果となるのだ。渋々、自らの身を削るしかない――削ったところで、彼女には凶悪なまでの再生機能があるのだが。



 その日の夜に襲撃の無かったことに対し、その意味を天はずっと考えていた。

 本当ならばあの場に留まりもっと時間をかけて調査したかったところだったが、責務がある調査団の立場ではそれも難しい。

 構成員たち六人は特別何かを思っている様子は無かった。せめてエディにだけは話すべきだろうか――もし仮に調査団の中にと通じている、或いはがいると仮定しても、六人のうちエディはそうでは無いだろうと天は考える。


 天は六人のことを殆ど知らない。エディを候補から外したのも、食肉の楽園ミートピアにおいて先に共闘を果たしたからであり、そのことから日頃よく話すことが多いからというだけの理由だった。証拠には程遠い。

 結局、悪戯に調査団の内情を引っ掻き回すだけの結果を懸念して天は自らの推量を脳裏に留めることにした。


 しかし思索もスティヴァリ領に入り中断せざるを得なくなった。ここに来て、天獣の襲来が謎の襲撃に取って代わったからだ。

 北西の空から飛来する影に一団は舌を打ち、荷台の無い二台の車両は迎撃のために止まらざるを得ない。


(方角を逆算すると――やはり、祖国のあのから漏れ出るものか……)


 目覚めてから出立した際に、天はフリュドリィス女王国クィーンダムの王城の頂点、鐘楼塔の天辺に開く“神の門”バビリムを目にしている。

 空間の隔たりを無視して二点の座標を繋ぐそのから天獣が漏れ出していることも、遠くではあるが実際に目にしているから知っている。


 上空を旋回する凧の天獣アネモプロイア、そして地上に降り立ち征く手を阻む豹の天獣レオパーダリは構成員たちが受け持つ。

 頭を四回も砕かなければならない上半身の天獣コウレローウは天の神速の斬撃で速攻を決める。

 山犬は状況に応じて手の足りない箇所へと割って入る遊撃役だ。


「く――っ」


 流石にこの数を相手に、柄を握る回数も握っている時間も増えていく。その都度這い寄る邪悪な意思を押し殺し、鬼気迫る表情で天獣たちを屠っていく。


「またかよ」

「仕方が無いですね」


 交戦を終え、車を走らせても少しするとまた襲撃が始まる。完全に居場所は割れていた。


「どうでしょうか? 単独で先行し、沈む人族フィーディアンの一団と接触を図ると言うのは」


 度重なる襲撃を凌いだ後で天がエディに進言した。エディにしてみても、任務の進行度を考えるとその策に頼らざるを得ないと思えてしまう。

 スティヴァリ領に入ってすでに三日が経っていた。本来であればもう、沈む人族フィーディアンと話をつけ終え、女王国クィーンダムへの調査に乗り出していてもおかしくは無い。

 それほどまでに天獣の襲撃は間を置かず、夥しいものだった。機械人形ヒトガタである天と山犬を除く、六人全員が疲れていた。


 ほんのあと少し車を進めれば、目的地に到達できるという事実は焦りとなって六人を蝕んでいた。その状況を山犬だけは喜んでいたが、見るに堪えかねて言葉や態度には発さずにいた。


沈む人族フィーディアンに話をつけることが出来れば、彼らの戦力をも期待出来ます。何しろ天獣にとっては弱点となる水を操ることに長けた彼らです。調査団も、すんなりと市街地に入れるかと」

「分かりました、それで行きましょう。天さん以外に適役もいませんし……申し訳ないですが」

「大丈夫ですよ。一人の方が、案外気が楽と言うものです。エディさん達は、しばらく安全な場所に身を隠しておくといいでしょう」

「そう言っていただけると助かります。幸い、この先の湾岸には洞穴も多く空いています。一先ずそこまで歩を進めましょう」


 砂浜へと近付く低まる傾斜の道を慎重に進む。

 かつては海に浸っていたこの道は、遥か昔に潮の満ち引きによって出来た自然洞窟がある。

 いくつもの出入り口を設けたそれは、すぐそこが海であるという地理的な要因もあって神の軍勢から身を隠すのには絶好のポイントだと言えた。


 そして今後の流れについて幾つか確かめ合った後で、遂に天は一団と別れ、単身スティヴァリの領内を南へと向かう。

 見せてもらった地図は既にインプット済みだ。強行策ではあったがかなり近付いたため、二時間もかからず沈む人族フィーディアンの集落にたどり着ける目算だ。



 天が一団を離れ五時間が経過しただろうか。全てが滞りなく済んでいれば、そろそろ加勢が現れてもいい頃だ。

 しかし相変わらず晴れた空には天獣たちが群れを成して旋回飛行をし、眼下に広がる海岸地帯に潜む【禁書】アポクリファを探すために躍起になっている。

 戦闘音は聞こえず、至って静かだ。


「伝令!」


 車両に搭載された通信機器からを受診したエディは声を上げた。そして小さな画面に表示された『カミノグンゼイ アジト シュウゲキ』という端的な文字列を見遣り、苦く歯噛みした。


「これは……拠点アジトには帰れない可能性もありますね」


 呟いたエディの鬱蒼な顔を覗き込んだ山犬はどこか落ち着かない様子で辺りをきょろきょろと見渡す。


「それにしても遅いなぁ……天ちゃん、何やってるのかなぁ?」

「大丈夫ですよ、信じて待ちましょう」


 若くとも一団を纏める立場にあるエディは笑顔を灯して山犬に告げる。

 この一団において、最も高い戦闘力を有しているのは天であり、そしてその事実を誰もがそうだと認識していた。


 エディは天使こそ倒した経歴を持つが、天ほど速く剣を振るうことも、正確にコアを斬り穿つことも出来ないと自負している。

 ライモンドは斬撃の速度こそ天に比肩しうるが、両の手で振るう二つの短剣は一撃で両断出来るほどの威力に欠ける。

 サリードのクロスボウは射程距離こそ天の【神薙】カンナギに勝るものの、攻撃頻度に大きく劣る。また、寄られると流石に弱い。

 バネットはどちらかと言えば斥候スカウトだ。追跡や尾行、調査や交渉を主務とし、暗殺は出来るものの面と向かっての交戦には向いていない。

 ミリアムとアスタシャの魔術士二名は、魔術を扱うからこその匹敵ぶりを見せることが出来たが、それでも魔術を使う者の宿命である、霊銀ミスリル汚染の脅威に晒される。


 一撃の脅威度、攻撃の速度と頻度、そして消耗対効果コストパフォーマンスという面でも、天こそが最もこの中で卓越した戦士であり、目的を同じとする同志としてこの上なく頼りになる者だった。

 それだからこそ、彼らは天を何一つ疑うことなく信じて送り出したのだ。


 唯一、山犬を除いて。


「みんなさぁ、簡単に信じる信じるって言うけどさぁ――天ちゃんの何をそんなに信じてるの?」

「え?」


 だから痺れを切らした山犬がそう切り出した時、彼らは互いに顔を見合わせ、ぽかんと口を半開きにした。


「山犬ちゃんはね? みんなみたいに天ちゃんのこと信じる気には、なれないんだよねぇ。天ちゃんってば、昔から自分のことを優先したがる癖があるからさぁ。今はそれに拍車かかっちゃってるし」

「それは、どういう……?」

「うん。例えばこういう時、集団行動が煩わしいなぁって天ちゃんが思うとするじゃ無い? そうすると、どうすると思う?」


 再び顔を見合わせる一団。しかし先程とは違って、その顔色はどんどんと青褪めていく。


「ぶっぶー時間切れー。正解はね、適当にウソついて単独行動取る、でしたぁー」

「――全員、大至急前進!」


 慌てて飛び出した一団の前に降り立った天獣を、エディたちはこと速やかに撃退した。

 彼らは焦りに捕らわれていたが、それを極度の集中として自らを研ぎ澄ます程度には戦士たりえた。


「天ちゃんは見つけ次第お仕置きだねっ!」

「山犬さん、あなた方のそういう悪癖は、出来れば次からもっと早く教えて下さいっ!」

「悪癖? 嫌だなぁ、個性って言ってよ、個性ってー」

「どちらでも結構!」

「はいはーい、分かりましたよぉ。んじゃ、ちゃちゃっと喰い散らかしましょう! お待ちかね、山犬ちゃん大活躍! ねぇ、気持ちいいことしよ? エロくてぇ、エモくてぇ、とぉっっっても――エっグいやつ」


 一団の前に立ちはだかる幾多もの天獣は、突如として現れた深紅の巨獣の、餌となった。



 そして。

 実際に天が何を考え、自ら単独先行を提唱しそれに名乗りを上げたのか。

 山犬が言うように、単に調査団と言う集団の中で押し付けられる不自由性に辟易としていたのか。それを払拭するための逃避だったのか。


 無論、そうでは無い。


「……やはり、


 天は出立した場所から1キロメートルほど離れた場所から、調査団の動向をただただ隠れて注視していた。

 そして自分が離反したと慌てて飛び出してきた一団の中にありながら、表情や仕草、言動を望遠機能で拡張した視覚で以て見極め、誰が内通者なのかを見抜こうとしたのだ。


 しかしその結果は大きく予想に反した。

 口を噤む神殺しの剣士は、ますます面倒なことになりそうだと深く嘆息し、そして踵を返して先行を再開した。

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