銃の見做し児⑪
「
翡翠の帯を割いて現れたのは、巨狼と化した山犬とその背に乗ったノヱルだ。王城の壁や吹き抜けた天井の縁をジグザグと跳躍して翻弄する機動の最中に放たれた幾つもの銃弾は、天獣たちの頭や胴に突き刺さってはその身を炎へと散らしていく。
「進撃しろ、進撃しろぉっ!」
慌てふためくカルフィエルとは真反対に、至極当然のように天獣たちは銃弾に穿たれ、或いは山犬の巨大な顎で噛み砕かれていった。
気付けばそこにいるのはカルフィエル一体のみ。唇を震えさせ呆然と自らを失した彼は、眼下の瓦礫に降り立った二人をまじまじと見詰めた。
「在り得ない……在り得ないっ! 何故だっ、三十弱費やしたんだぞっ! たかが二体の人造人間如きに、念には念を入れて投入したんだっ! それを……それをっ、どうしてっ!?」
「馬鹿か。お前ら神の軍勢だけが知らないことを教えてやる」
巨狼の背で睨み上げるノヱルは、険しい顔つきのままで口角をやや持ち上げて言い放つ。
「人間は成長するんだ――そして人間に造られた己れたちもまた、その例に漏れない」
「成長、だと? は、ははっ! 産声を上げたその瞬間に不完全を余儀なくされた
「確かに目覚めた瞬間の己れたちではこの交戦は危うかっただろう。だが余裕ぶって待ち構えていたのが仇になったな、おかげでこっちは実に有意義な時間の使い方を実践できた。お前たちは……どれぐらい待っていたんだ、この空で、悠々と? 二時間くらいか? 三時間か? 愚かしいにも程があるな」
「ぐっ――!」
饒舌な煽り文句は焦燥するカルフィエルの感情をこれでもかと逆撫でする。別段、先程の
「――山犬? ほう、何々? 腹の足しにもならない? ――だとさ」
煽り口上を追加したノヱルは実につまらなさそうな双眸で嘲笑った。これもまた、山犬が心の声を彼に届けたわけではない。寧ろ
「来いよカルフィエル――一騎打ちと行こう。お前もこのままのこのこと帰るわけにもいかんのだろう?」
告げて山犬の背から降りたノヱルは
巨大な亀裂を間に挟む両者の距離は五メートル程――錬成からの銃撃が速いか、それとも飛翔からの斬撃が速いか、勝負は五分と五分、絶妙な距離だ。
「後悔するなよ、
「そっくり返そう、
そして一陣の風が吹き、両者がともに目を力強く見開いた。
機――カルフィエルは踵で石の床を蹴ると同時に拡げた翼に紫紺の炎を灯し飛翔した。
天獣同様、天使もまた炎を噴出させることで推進力とすることが出来る。そしてそれは天獣よりも精密で、天獣よりも強大だ。
だからカルフィエルの振り翳した剣はその身で以てノヱルの首を撥ねるだろうと思われた。いや、カルフィエルはそれを確信していた。
未だノヱルは銃を錬成する魔術を発動すらしていない、僅かばかり身体を後方に傾けただけ――そして背中から倒れこむように後退したノヱルを跳び越えて巨大な顎と牙とが襲来した。
「がっ! ――貴様、ひ、卑怯、だぞっ!」
「馬鹿か、聖者でも相手にしてるつもりか?」
巨狼の牙は天使の白銀の鎧ごとその鍛え抜かれた身体に深々と突き刺さり、その衝撃は臓腑を潰して骨を粉々に砕く。
吐いた血はその傍から紫紺の炎へと散っていく。しかし苦悶はあれど、断末魔にはほど遠い。
「対した生命力だな、山犬が悦ぶよ」
呼応するように咬合を繰り返す山犬。首を振っては宙に放り上げ、落ちてきた身体を再び噛み砕く。時には地面に打ち付けるように、時には前脚で押さえて引き千切る。
「ゆる、赦、さんっ……ぞっ……かな、らず、……神、の……鉄……槌……が……っ…………」
「ああ、もとより赦しを請う気が無いのでな――山犬、喰ったら戻れ」
「アヲンッ!」
しかし徐々にカルフィエルの身体は炎へと散っていく。天獣と異なり身体構造が複雑な彼らはその分消滅も遅く、山犬はどうにかその四分の一程度を嚥下することに成功した。
「ごちそうさまでしたっ!」
「ちなみに、味はどうだった?」
「うんとねぇ、……今まで食べた中では一番美味しかった!」
「そりゃあ良かったな。また天使とやり合うなら喰えるかもな」
「うん、楽しみっ。ねぇねぇノヱルくん、人生に希望があるっていうのは
「お前の希望は
天獣たちが遺した
巨狼の背に今しがた乗っていたノヱルが、騎乗射撃を行うには山犬の身体が大きすぎると判断したためだ。この機構を付け加えたことにより山犬は変身する巨狼の大きさを最大時の五メートルサイズから小さいもので大型犬サイズまで選べ、かつ変身中にも大きさを変えられるようになった。
「例えば女性が入り込めないような場所には犬型になって潜入するとかな」
「えー、ペット扱いは嫌だよぅ」
「己れが
「んー、ならまだいい」
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