銃の見做し児⑨

 結局天獣との交戦の無いまま王城の地下へと辿り着いた二人は、そのまま地下を突き進みヒトガタや魔器の研究所を目指した。

 王城とは名が付いているが、それは正しく言えば複合施設だった。地上階はこの国を統治していた女王を始めとする王家の居住区に加え政治や軍事の中枢となる議会や各種省庁が連なり、地下には莫大な貯蔵量を誇る食糧庫や書庫――勿論貯蔵されているのは書物の形ではなく、霊銀ミスリルを主材に創られた立方体キューブ状の記録媒体メモリデバイスだ――、そして魔器研究所がある。


 ヒトガタにより労働を義務とされないこのフリュドリィス女王国クイーンダムでは、国民は自由に各々が善しとする研究に没頭することが出来る。無論それは国家の治安を害さず、諸経費は身銭を切る必要があるという制限がついてはいたが、それでも周辺諸国に比べれば魔術と技術の進歩の速度は段違いだ。ヒトガタ一つ取ってみても、製造年代が一年も変わればその性能に大きな開きが出るとも言われていた。


「天獣は基本的には地上の制圧に執心していたようだな」


 地上部に比べて幾分も綺麗な状態を保つ――それでも埃には塗れていたが――地下の廊下を進むノヱルは周囲を見渡しながら呟いた。


「地下までは来なかったのかな?」

「いや、そうとは言えないが――おそらく、こういった貯蔵庫の管理もヒトガタが担っていたはずだ。神の軍勢の狙いはあくまで人類、ヒトガタは処分の対象外だったんだろう」


 考察しながら歩く二人は、大きな扉の前で立ち止まった。

 金属製の扉がひしゃげ、道を塞いでいるのだ。


「山犬。壊せるか?」

「えー、喰べてもいい?」

「喰えるなら」


 両手で縁を掴み、力づくで壁から扉を取り外した山犬はそれをこれまた力づくで折り畳む。


「いただきますっ」

「いや、道が開けたなら進むんだぞ?」

「えっ?」

「はっ?」


 金属塊と化した扉は、行きながら千切って食べる形に落ち着いた。


「着いたぞ――やはり、人間が詰めていた場所には神の手が入っていたらしいな」


 そうして辿り着いた研究所は地上部のように蹂躙し尽くされ、瓦礫と細かな破片と千切れた金属骨格と焼け焦げた何かの塊や欠片で満たされていた。

 天井すら地上部まで吹き抜けになっており、濁った雪が未だ降り積もっている。荒れた霊銀ミスリルの様子から、地上部同様に激しい殲滅戦が繰り広げられただろうことが察知できた。


「んで、ここで何するんだっけ?」

機能向上バージョンアップ――己れたちの躯体は言ってしまえばだ。特殊な機能アプリケーションを積んでるお前には無理かもしれないが、己れの方は正直このままの性能スペックでは到底太刀打ちできん」

「えー、調整はー?」

「したさ。でもこの躯体のままじゃ限界がありすぎる。それに左腕もどうにかしないといけないしな」

「あ、そうだったね。両腕マンにならないと」

「……お前はいいなぁ、楽しそうで」

「えー? 人生は楽しんだもん勝ちじゃないの?」


 そこで耐え切れなくなったノヱルは盛大な溜息を吐いた。きょとんとした顔で首を傾げた山犬は、しかし彼の苦く微笑んだ表情を見てさらに逆サイドに首を傾ける。


「……何を以て勝ちとするか。お前がそうならお前はそうなんだろうな」

「え、普通に意味分かんない」

「分からなくていい。ただ己れの勝ちというのは、己れに刻まれた命題がそれを果たせた時にしか無いんだろうな」

「んー?」


 ある程度無事な、部屋の片隅の大きな作業台の上の瓦礫を払ったノヱルは口を噤んだ。隣に歩み寄った山犬は可憐な表情でその顔を覗き込む。


「妄言だ、気にするな」

「気にするなって言われたら、そりゃ気にしちゃうよね。本当に気にして欲しくないんだったら言わなければいい話じゃない?」

「……お前はそういうところで察しの良さを発揮するのか」

「ほれほれ、山犬ちゃんに言ってみぃ。まぁ山犬ちゃんは賢い子じゃないから、なぁんにも援けにはなれないけどお話だけは聞いてあげるよっ」

「……じゃあ、いつか話すさ」

「おゎ、今じゃ無いの?」

「ああ、今じゃ無い――そうだな、いよいよ神を殺すとなった時には、話すかもしれないな」


 そっか、と短く頷いた山犬はにかりと笑った。相変わらずノヱルが吐いたのは溜息だったが、それは何処となく安堵の念が籠っているようにも思えた。


「さて――先ずは左腕の修繕から始める。正直先に機能向上バージョンアップから始めた方が効率は良いが、両腕が揃わないことには始まらない」


 彼の行う外部修復とは、外から手を加えて修復する、という意味に他ならない。つまりは立派な修理作業であり、山犬のように知識や手順や材料を必要としない、動力エネルギーが満ちていれば問題なく可能なそれとは全く異なる。

 いや、言ってしまえば山犬の自己修復機能こそが馬鹿げているのだ。しかし“ありとあらゆるを喰らい尽くして殺す”山犬には、その自己修復機能だけは欠かせなかった。


 適当に拾い上げた金属骨格を切り開き――そのための道具は機能アプリケーションとして彼の躯体内に収まっている――内部から擬似神経策ナーヴスレッドを取り出すと、ほぐした鋼線の一本一本を溶断された左前腕のそれに結びつけ、反対側も同様に自身の左上腕のそれと結着する。

 ぎこちなさはあるものの接続された左腕の動作を確認したノヱルは今度は金属骨格同士を溶接し、山犬が研究所内で見つけた予備の輪郭整形緩衝質モルドマテリアルを骨格の周囲に配置、培養皮膚繊維スキニッシュファイバーをあてて癒着を待った。


「とりあえず今はこれでいい」


 にぎにぎと五指を結んでは開くが、急ごしらえの左腕の出力は通常時の三割にも満たない。しかし短く吐息で区切りをつけたノヱルは左腕の補修の間に山犬が研究所内から集めてきた部品の吟味に移る。


「でも、機能向上バージョンアップって言ってもどうするの?」

「数え上げればキリが無いな――」


 それからノヱルは一息で自身が考え得る改良点を挙げに挙げた。

 駆動部品アクチュエイター内部記録媒体インナーメモリバンクは新しい技術が採用されているものに交換することで動作や思考の速度向上が見込まれ、また通信機構を増設することで離れた場所にいても山犬と連絡を取ることが出来る。


 山犬は自分から訊ねたにも関わらず途中から拝聴を放棄して不要と断ぜられた金属骨格をぼりぼりと齧り出したがノヱルにとってはそんなのは想定内であり、寧ろ部品の古さのために記憶力が万全ではない自分のためにやるべきこと・やりたいことを言語化しているに過ぎなかった。


「ああ、あとは己れが使う銃も改良を加える」

「ばんばん?」

双銃ピストレロは威力が低すぎる。口径を開いて装弾数も増やそう。猟銃シャッセは二連、いや三連装にして連射が利くようにする。鳥獣マスケティア騎銃カラビニアはこれと言った問題点は無いが、軽量化や威力向上が見込めるなら手はつけておきたいところだ」

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