その17 適応が早いエルフ


 「こんな感じでいいか。と言ってもあまり泊ることはないと思うけど」

 

 俺はベッドの干し草を平らに敷き詰め、そこにシュラフを敷いて簡易だが寝床にする。椅子やテーブルも形がしっかりしていないのでカバンに入れていた小さいノコギリを使って整えておく。隙間風も気になったからその辺にあった木板を釘で打ち付けておいた。子ネコが脱走したら大変だからな。


 「お猫様~♪」

 「みゅー!」

 「みゃっ!」

 「遊んでくれて助かる、だいぶ暗くなってきたけど、そろそろか?」

 「スミタカ、終わったの?」


 猫じゃらしとボールを使って飽きずに遊んでくれていたネーラに声をかけると、こちらに振り向き、子ネコが突進してくる。


 「おー、昼にミルクをやっていないのに元気だな。よしよし、母猫のところへ行くか?」

 「みゅー♪」


 三毛猫が鳴き俺にすり寄って来たので二匹を抱えて向かうことにする。するとそこでフローレが話しかけてきた。


 「ふむ……外が騒がしくなってきたのでそろそろ宴が始まりそうです……ね……すやぁ」

 「いつの間にシェラフに!?」

 「ダメよ、スミタカの寝床に入ったら」

 「何を言うんですかネーラ。これの凄さを知ったらもう出られません。さあ、ネーラも」

 「そんなことがあるわけ……すやぁ……」

 「くくく……御覧なさい!」


 ネーラがシェラフに入り、フローレが勝ち誇った顔で叫ぶのを聞いて俺は脱力しながらふたりに言う。


 「茶番が過ぎる!? 俺は行くぞ」

 「ああ、待って待って」

 「でもあれはいいものですねえ」


 家から出ると、慌てて追いかけてきたふたりが横に並ぶと俺はため息を吐きながら口を開く。


 「お前達随分慣れたもんだな……人間、怖いんじゃなかったのか……」

 

 そう言うと、ネーラが目をぱちぱちさせながら俺に返してくる。


 「まあ、最長老様以外で人間と出くわしたエルフはもう居ないのよ。だからもっと昔の人や最長老様の言葉で知っているだけだしね」

 「ですねえ。結局、スミタカさんは全然普通ですし、女だけになっても襲ってきたりしませんでしたから信用ができたかなと思いますよ」

 「信用ができたという割には不満そうな顔をしている理由が分からんが、まあいい。俺はこんな感じだし、向こうの世界の人間は概ね悪いやつは多くない。だけど、こっちの人間は俺も見たことが無いから警戒は解かない方がいい」


 幸いというのも変な話だが、人間にも色々いる。世界が違えばそういう輩もいるだろうし、俺一人を基準にして今後エルフたちに何かあっても申し訳ないと忠告をしておく。


 するとそこへ――


 「うむ、いいことを言うのお。お主の言う通り、油断はせんつもりじゃ」

 『今は新米だけど私という存在も復活したし、戦争にでもならない限りは何とかできるけどね』

 「あ、ミネッタさんに母猫」

 「みゅー」

 「みゃー」

 『ほら、背中にお乗り、可愛い子』


 最長老のミネッタさんと精霊母猫が寄って来た。どうやら迎えに来てくれたらしい。


 「わざわざすまない。話は終わったのか?」

 「うむ。今後はお猫様が村に居てくださるということで、少しは良い方向に向くはずじゃ。連れて来てくれてありがとうスミタカ」

 「いや、俺は何も。ここに俺を連れてきたネーラが勲章ものってことで」

 「わ、私か!?」


 俺が笑いながらネーラの肩を叩くと、素っ頓狂な声を上げて俺と最長老を交互に見て焦っていた。その様子を苦笑しながら見ていると、ミネッタさんが踵を返して歩き出す。


 「では行こうか、今夜はお猫様の復活も兼ねた宴会じゃ!」


 ◆ ◇ ◆


 ひゃら~♪ ポンポコ♪


 「お猫様の使いとお聞きしております、スミタカ様、握手をしてもらえませんか?」

 「あ、いや、ははは……」

 

 「スミタカ殿、話に聞いていた人間とは違うようだ。お猫様に懐かれているし、もしや神の使いでは?」

 「それはないと思うけど……」


 「んふ、よく見ればいい男ね。ささ、飲み物をどうぞ」

 「あ、ありがとう……ごくり」

 「む。スミタカ! 私が注いでやる!」

 「お、おう?」

 「んー」

 「口移しのつもりかお前!?」


 と、賑やかな歓迎ムードの中、エルフたちに伝わるお猫様を祀る舞や、曲を聞きながら興味津々と言った様子で俺に話しかけてくるエルフたち。

 隣には族長と最長老が座り、ネーラやフローレが近くに居て、先ほどのようにちょっかいをかけてくるのだ。


 「大したもてなしもできんが、楽しんでおくれ」

 「まったく……エルフの歴史で人間が歓迎されるとは。スミタカと言ったな、もし村に何かあったらあた磔だからな? まあ、お猫様のお墨付きだから大丈夫とは思うがな」

 「笑いながら物騒なことを言わないでくれ親父……あ、すまない、ウィーキンソンさん」

 「あっはっは! この人が親父であたしが母さんかい? そんなに似てるんだ?」

 「あ、えっとラッテンさん、でしたっけ?」


 上機嫌なウィーキンソンさんに背中を叩かれていると、奥さんがやってきてどっきりする。やっぱり似ているなあと思いながら返す。

 

 「ええ、髪の色とかは全然なんですが、顔と雰囲気は驚くほどに」

 「それは見てみたいねえ」

 「はは、母さんならそう言うでしょうね。でも、残念なことに二人とも亡くなってるんでそれは叶わないかな」

 「あら……それはごめんなさいね」

 「ああ、大丈夫ですよ」


 俺がそういうと、困った顔を見合わせて夫婦は気まずそうにし、何かふたりで話していたところに今度はベゼルさんがやってきた。


 「はっはっは! スミタカ、今日のメインディッシュが到着だ! 猪の香草焼き、存分に堪能してくれ!」

 「おおおお……!」


 目の前に置かれた木の皿には、葉っぱにくるまれたお肉の塊がドン! と置かれ、その迫力に思わず声をあげてしまう。野性味溢れるワイルドな料理を食べようとしたその時だ。


 「お肉……いいなあ……」

 「ダメよ、順番が回ってくるまで我慢なさい」

 「うう……いい匂い……」


 子ネコを触っていた子供達が涎を垂らしながら肉を眺め、親が窘めていた。


 「……? みんな食べないのか?」

 「これはスミタカのものだからね。見ての通り、男で私くらいの若者が今は少ないから狩りが捗らないんだ。今日は宴会だから少しずつ分けられるようにしているから安心してくれ」

 「安心できるか!? お腹を空かせた子供の横で食う飯がうまいわけねえだろうが!!」

 「ス、スミタカ……?」


 俺は思わず立ち上がって激昂していた。

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