その10 エルフ村へようこそ……?


 「登山グッズがこんなところで役に立つとは……」

 「あら、格好いいじゃない」

 「そらどうも。ったく、とんでもない休日になりそうだ」

 「みゃー♪」


 人の気も知らないで俺の足元でごろごろと喉を鳴らす三毛猫。サバトラは勝手口の前でカリカリと扉を引っ搔いていた。

 とりあえずここからそう遠くないと言うが、なんせエルフがいるような未知の世界だ、準備をするに越したことはあるまい。歩きということなので食事はとりあえずしないで、子ネコにミルクを与えるだけにとどめた。

 登山グッズプラス水と食料。それと武器として金属バットを装備し子ネコを抱える。


 「いざとなったら俺を置いて逃げるんだぞ」

 「みゅー……」

 「みゃー!」


 三毛猫は寂しそうに鳴き、サバトラはそんなこと言うなよって感じで俺の頬を肉球で押してくるのが可愛い。


 「可愛い……ん、コホン! じゅ、準備できたら行くわよ!」


 ナイフと矢を背負ったネーラの言葉を背に、俺は勝手口を開けて外に出る。前に出たときは気にならなかったが、集中すると空気が違うなというのが分かる。

 

 「庭に変化は――」

 「みゅー!」


 庭の真ん中ほどのところまで歩いてきたところで、三毛猫が珍しく大きな声をあげ俺の手から逃れようともがく。視線の先を見るとそこには母猫の墓があり、そして、


 「ああ!? ほ、掘り起こされている……」

 「みゃー……」

 「これはお墓?」

 「ああ、ここにこの二匹の母猫を埋めていたんだ。どうも飯が食えなくて死んじまったみたいでな。くそ、動物かなにかか?」


 すっかり空になった墓を見て悪態をついていると、ネーラが残念そうに口を開く。


 「そうね……ここだと、壁は開けているから狼みたいな肉食動物か魔物が食料として持って行ったのかも。この子たちの母親なら村で埋葬してあげたかったわ」

 「……過ぎたことは仕方ない。行こうか」

 「みゅー」


 二匹を撫でてやり、俺はネーラを先頭に歩き出す。振り返ると、確かに崖からウチの半分くらいが生えているような感じで、勝手口から見て右側は微妙にブロック塀が残っていて、左側は完全に木に覆われていた。

 ……帰れるんだろうな? 原因がなんなのか気になるし、あの勝手口が日本に繋がっているとは限らない。もしかしたらスッと俺の家が消える可能性もある。そう思うと、少し背筋が寒くなった。

 そんなことを考えていると、ネーラが立ち止まって振り返って言う。


 「着いたわ。あそこが私の村よ」

 「近っ!?」


 歩いて五分は伊達じゃなかった……緩やかな坂の下には木でできた家屋が見える。ネーラが上機嫌で歩き出し、そのあとを追う。やがて門らしき場所まで近づくと、門番らしきエルフがネーラに気づき笑顔で手を振ってきた。


 「おおおお!? ネ、ネーラ! ネーラじゃないか! おい、ネーラが帰ってきたぞ!」

 「良かった、無事だったんだね!」

 「もちろんよ! 私がやられると思う?」


 ……コーラで酔っ払って介抱されていたくせに、とは言わず黙っておく優しい俺であった。ネーラが笑顔で門をくぐり、俺も行こうとしたところで、ニコニコ笑顔の女エルフの前を通りすぎたところで彼女が青ざめて叫ぶ。


 「うおおおおおい!? 人間じゃないあなた!? ネーラ! ネーラ! あなた人間を連れてどういうつもり!?」

 「あ、そうだ。彼はスミタカと言って私を一晩泊めてくれた人よ」

 「帰ってこなかった、一晩、過ち……!? み、みなさーん! 出会え出会え!」

 「な、なんだ!?」

 「だ、大丈夫よフローレ! 彼は優しい人間なの!」

 「あああああ、もう洗脳されて……!?」


 頭を抱えて呻くフローレと呼ばれた女エルフが何か笛をのようなもので音を出すと、わらわらとエルフが集まってくる。


 「おお……人間だ……」

 「マジか、あたし初めて見たよ」

 「耳が長くないだろ? ドワーフやノームよりも大きいし」


 蒼い顔をしているエルフも居れば、人間を見たことがないエルフがいたり、解説役もいる。俺は後ずさりしながらネーラに声をかける。


 「お、おい、ネーラ。大丈夫なんだろうな……?」

 「だ、大丈夫よ。おじいちゃんなら話がわかるから」


 大事になったことに冷や汗をかいてネーラが俺の前に立つ。

 一応、守ってくれる意思はあるようだが、人間という存在はエルフにとって思ったより深刻な状況のようで、ネーラは緊張感が薄いようだ。


 「のけい!」

 「あ、き、来たわ!」


 ネーラが歓喜の声を上げた瞬間、エルフたちをかき分けて金ではなく、銀色の髪と髭をしたおじいさんが現れる。


 「おお……よく無事で戻ったネーラ! じいちゃんは嬉しいぞ!」

 「た、ただいま、おじいちゃん……あ、あのね……」


 ネーラが事情を話そうとした瞬間、爺さんエルフが俺を見てクワっと目を見開いて怒鳴り声をあげる。あ、あの顔は……!?


 「ワシがエルフ族族長、ウィーキンソンである! 人間、名を名の名乗れい!」

 「お、親父!?」


 炭酸飲料みたいな名前をしたネーラのじいちゃんの顔は、死んだ俺の親父にそっくりだった……!

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