凶悪な存在、魔王


 「おはよー修ちゃん♪」

 「おう、昨日は悪かったな」


 俺と結愛は真理愛と共に学校へと向かう。

 誘拐行方不明事件騒動は幕を引いたかに見えたが、実際には『犯人が分からない』ということで警戒は解かれていない。まだ通学路に保護者やパトカーを見ることもあり、事情を知る俺は複雑な気持ちでそれを見ていた。


 「いやあ、スメラギさんの時は肩透かしを食らったからお猫様を招き入れられて嬉しいよ兄ちゃん」

 「まあ、捨て猫だけどスメラギと違ってまだ成猫までいっていないらしいから飼うには丁度いいらしいな」

 「ふふ、めちゃくちゃ騒いでいたけどね」


 ……念のため動物病院に連れていったのだが、スリートは暴れた。


 ◆ ◇ ◆


 「はーい、お注射しましょうね」

 「お願いします」

 「あ、こら暴れるな!?」

 <ああああああ!? き、聞いてないぞ勇者! 俺はドラゴンだ、病気なんてもっているわけ――あふん……>

 「はい、おしまいです♪ 後は虫下しの薬を処方しますから、あら、猫ちゃん大人しくなりましたね」

 「はは……」


 ◆ ◇ ◆


 あの後しばらくふてくされてベッドの下から出てこなかったけど、空腹には勝てなかったらしく、母ちゃんに捕獲されていた。


 まあ、そんな感じで新しい家族を迎え入れ、八塚も戻って来た。後はフィオとエリクをなんとかすれば平穏に暮らせるかとあくびをしながら登校する。

 

 「じゃあね兄ちゃん、真理愛ちゃん!」

 「おう」

 「帰ったらまたスリートと遊ぶんだー」


 結愛と別れて高校へ進路を変えると、後ろから八塚の車がスッと近づいてきて俺達の隣で止まると、窓が開いた。


 「おはよう二人とも! 乗っていく?」

 「おはよう怜ちゃん!」

 「もうすぐそこだし、いいよ!? ……よう」

 「……よう」


 村田はクビにはならず、被害者ということで片付いたらしい。まあ、役に立ってくれたし俺がとやかく言うことではない。だが、あの病院の一件で村田は俺に挨拶をするようになった。

 

 「……無茶すんじゃねえぞ。お嬢が気にするからな」

 「まあ、もうないと思うよ」

 「なに? 何の話?」

 「行きますよお嬢様」

 「あ、ちょっと!? ま、また後でね!」


 さっさと車が進みだし慌てて手を振る八塚に片手を上げて微笑む。

 ……あいつがカレンの転生体、か。記憶はないみたいだから今更だけど、気になるなやっぱ。


 「どうしたの、行こう修ちゃん?」

 「そうだな」


 魔王の動向も気になるけど、門が開けなくなったはずだからこれで終わりだといいけどな。

 さて、あいつになんて言ってフィオ達を保護してもらおうか。

 

 俺は二人きりになるタイミングを図るための策を考え始める。そこで――


 「そういえば誘拐事件、ぴたっと止まったわね」

 「ね。廃工場で爆発とかあったらしいけど、犯人が証拠隠滅をしようとしたらしいわ」

 「こわーい……あ、怖いと言えば、最近公園に幽霊が出るらしいわよ」

 「え、そうなの? 私あそこ通るんだけど……」

 「ま、まあまあ。でも、避けた方がいいわよ、特に夕方は出やすいらしいし遠回りして帰った方がいいかも」


 ――話題を話す同級生たちの会話が聞こえてきた。


 「……そういえば、テレビのニュースで公園に幽霊が出るって言ってたな」

 「あ、そうそう。町にあるあちこちの公園で出るって話だよ、びっくりして池に落ちてけがをした人もいるんだって」

 「マジか」


 魔王の仕業だと勘ぐる俺。時期的には誘拐が本格化してきたあたりと合致するからだ。

 それは後から考えるかと、クラスに入っていった。



 ◆ ◇ ◆



 「……勇者が向こうの世界で目覚めているとは思わなかったな」

 「ですな。門は閉じられましたが次の計画は如何いたしましょう魔王様?」

 

 玉座で肘をつき、ワインを傾けるステレオタイプの魔王を前にした牛頭をした魔族が口を開く。魔王と呼ばれた人物は目を細めて口を開く。


 「聖剣は勇者の手の内にある今、手を出すのは危険だろう。我らの目的を邪魔されないように、計画は進める必要がある。とはいえフェリゴも居なくなった今、門を開くのも大変だな」

 「ええ、聖女を贄に出来ていれば開けっ放しで大フィーバーだったのですが。勇者に報復するのも難しくありません」

 「……もう少し魔族を送っておくべきだったが、向こうの世界に耐えうる魔族はそう多くない。私の体が完全なら行くのだが」

 「え? この前完全復活したって――」

 「していない」

 「でも……」

 「まだキツイ。お前、封印を甘く見てないか? それに勇者に報復なんてするわけないだろう……一度負けている相手に、子孫なら勝てるか? と言われたら私はNOという。アレは違うんだ、聖剣がとかそういうんじゃなくて……そうだな、呪いに近いかもしれん」

 

 急に饒舌になった魔王に牛頭の魔族は怪訝な声で返す。


 「呪い……?」

 「勇者の一族は女神に力を与えられて私達魔族を倒そうとしたわけだ。確かに昔、それだけのことをしたからな」

 「生きていくには必要ですからね」

 「だろう? だが、それを良しとしない女神が人間に力を与えて私を倒すよう仕向けた」

 「派手にやりましたからね。まあ、仲のいい人間もいましたけど」

 「そこだ」


 魔王は牛頭を指さして話を続ける。


 「女神は確かにこの世界を作った者かもしれない。だが、いくら悪さをしているとはいえ、世界に干渉……まして絶滅においやるようなことをしてくることが腑に落ちないのだ」

 「ふむ……」

 「例えばライオンが鹿を食うだろう? これは鹿にとってライオンは悪い存在だ。だがおとがめは無い。しかし、魔族が人間を食い物にした場合はそれを許さない、という意思が伝わってくる。それも代々ずっと監視するかのように受け継がれるのがまた嫌らしい」

 「なるほど、この世界の事象に対して女神が特定の種族に肩入れをしているのが気に入らない、と」


 魔王は頷き、ワインを一気に飲み干す。


 「もし人間だけの力で私達を倒そうというなら、後は強者が残るだけ。恐らくわだかまりは残るがそういうものだと歴史が証明してくれる。だが、一方的に私達が悪者にされて倒されるのは違うと思わんか?」

 「確かに……」

 「だからこその別世界だ。あの国王には悪いが、向こうへ行くのは魔族だけで行く。まあ、私達が居なくなれば満足するだろう」

 「ですなあ……では、門が開けられるよう促してきましょう」

 「頼むぞ。私達魔族の未来は向こうの世界にかかっている――」


 魔王は牛頭魔族にそう言い、牛頭魔族は一礼をして去って行った。


 「……向こうの世界、か。下級魔族はあの空気に耐えられんし、どうしたものか」

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