探索


 <ふむ、隠匿の魔法か。考えたな>

 「まあな。補導は面倒だし、向こうのやつらに気取られても厄介だから、授業中思い出してたんだ。それでも、夕食時に居なかったら母ちゃんに殺されるからリミットは19時ってところだな」

 <むう、それではあまり探せないではないか>

 

 商店街を駆け足で移動しながら、肩に乗せているスメラギとそんな会話をする。八塚は心配だけど、手がかりがない以上むやみに動き回るのは得策じゃないし、次に警察のご厄介になればしばらく家から出してもらえないであろうこと請け合いなのだ。

 

 「昼間はお前があたりをつけて、放課後に調査。昨日決めたことだろ? 大型連休になれば朝から探してやるから我慢しろ」

 <お嬢が心配じゃないのか?>

 「お前も飯の心配だろうが。がたがた言ってないで行くぞ!」


 俺はスメラギの指す方向へと走り、商店街を走り抜ける。

 体力と魔力は勇者だったころの力を取り戻しているので疲れることはないけど、足の速さは変わらないので、あまり遠くへ行くとタイムリミットはすぐ来てしまうのが難点か……

 空を飛ぶ魔法と移動速度を上げる魔法、ちゃんと習っとけばよかったなあ。


 と、後悔しても後の祭り。できることをやっていくしかないかと思っていると肩からスメラギが飛び降り、角を曲がるとそこには大きな病院があった。


 「ここか?」

 <うむ。廃屋ではないが、我の髭が反応するのだ>


 見ろと言われて髭を見ると、ぶるぶると振動しているのが分かる。なんかマンガとかで見たことがある気がするな。


 「それはさておき、こう人が多かったら潜伏しにくいんじゃないか? 隠れるようなところ、あるのかねえ」

 <それは行ってみなければ分からん。こっちだ>


 前足を器用に動かして先を指すと、てくてくと俺の前を歩いていく。確かに建物は大きいから倉庫みたいな場所があれば隠れられるだろうけど、<屈折>は高度な魔法なのでそうそう使えるやつがこっちにきているとは思えない。


 「どうだ?」

 <近い、気がする……!>


 病院の裏手は薄暗く、人の気配はない。

 慎重にスメラギの後をついていくと、裏口のドアが目に入る。スメラギが振り返って無言で頷いたので、俺はハンカチを使って指紋をつけないようドアノブを回し、少しだけ開けてから様子をうかがう。鍵がかかっていないのは僥倖だ。


 <我も手があれば……>

 「前足を見つめるな。なんかちょっとかわいいしぐさに見える。こっちでいいのか?」

 <うむ。我が先行する、身をかがめてついてこい>

 「へいへい……」


 さらに奥へ進んでいくと、スメラギがある扉の前で立ち止まり視線を送ってきた。ここか……? やはり鍵のかかっていない扉を開ける。身をかがめて中へ入ると、そこはロッカーがずらり並ぶ部屋だった。


 「もしかしてこの中に行方不明者が?」

 <かもしれん。みろ、髭が震えている>

 

 昨日だけでも二十人はいたからここに隠すなら全員という可能性もあり得る。片っ端から開けていこうとしたところで、廊下から声が聞こえてきた。


 「……!? まずい、隠れるぞ!」

 <あ、こら! 隠匿しているから問題ないだろうが!?>

 「集中力がいるんだよ! っと、しゃべるなよ……!」


 話し声からすると数人は居る。

 場合によっちゃ片付ける必要があるかと、屈折でロッカーとロッカーの間の隙間に隠れて様子を見る。そしてこの部屋へと人がなだれこんできた!!


 「あー、やっと終わったわね」

 「交代したし、あとは自由ね、明日は」

 「私はやすみー、飲みに行く? あ、彼氏が待ってるんだっけ、うーらーやましいー」

 「さっさと帰って寝たいわ……夜勤だし明日……」


 な……!?

 なんと、入ってきたのは看護師のお姉さんたちだった! 勤務交代でこれから帰るような会話が耳に入る。ということは――


 「あの安岡って患者さん、相変わらずいやらしい目で見てくるわよね。蹴り飛ばしてやろうかしら」

 「あ、私もお尻じっと見られたことあるー! あんた胸大きいしね」

 「ちょっとやめなさいよ!」


 目の前で着替えが始まり、あられもない姿のお姉さまがたにくぎ付けになる俺。


 <むう、どうやらここではないらしいな。おいシュウ、別の場所を探すぞ>

 「も、もう少し居ないか……? まだ調べ終わってないし。おお……!」

 <しかし、これでは探しようがあるまい>


 ひそひそと会話をする俺は夢のような光景を目に焼き付けんと目を開けて拝む。しかし、その時だ――


 「ほらほら、おしゃべりしていないでさっさと着替えな! 休むのも仕事のウチだからね」


 ――めちゃ太っている女性が俺の目の前に立ちはだかり、楽園を封鎖したのだ!


 「ちょ、見えない……!」

 <何をしている、早くいくぞ>

 「い、いや、今動いたら――」


 と、俺が首を長くしたところで、太った女性が移動し着替えを始める。これでゆっくり見れるかと思って安堵していると、部屋が静かなことに気づく。


 「ん……? なんか見られているような……?」

 「きゃーーー! 覗き、覗きよ!」

 「え!? あ、もしかして集中力を切らしてたか俺!? やべ……!」

 「あ、逃げたわ! 出口をふさいで!」

 「こいつ……!」

 「うわわ!? <トーチ>!!」

 「「眩しい!?」」


 囲まれそうになった瞬間、俺は魔法を使い目くらましを仕掛け、そのまま扉を開けて出る。

 すぐに<屈折>を使い気配を消すと、来た道を戻り裏口に戻った。


 「ぶはあ!? あ、危なかったぜ……」

 <まったく、油断しておるからそんなことになるのだ。さ、奥かもしれん行くぞ……む、反応が消えた……?>

 「消えた?」

 <むう……見ろ、髭が震えぬ>


 スメラギが顔を近づけてきたので目を細めてみると、確かにさっきまで小刻みに震えていた髭は止まっていた。


 「どういうことだ?」

 <分からぬ……が、ここにはお嬢がいないということだけは確実だ……>


 がっくりとうなだれるスメラギを再び肩に乗せて俺達は病院を後にする。時間は十八時半を過ぎており、やむなく家へと帰った。


 ……念のため、次の日の放課後にも来てみたがやはり何も無く、他にあたりをつけていた神社も何も無かった。

 そして迎える大型連休。俺とスメラギは困ったことになるのだが――

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