迷い猫


 「ただいまーっと」

 「おかえりーっと」


 真理愛と八塚のふたりを連れて帰宅。

 俺の帰宅挨拶に、愚妹ののんびりした声が返って来て、寄り道をせずに帰ってきたことを告げると、俺の後からふたりも靴を脱いで上がってくる。 


 「お邪魔しますー♪」

 「あ、真理愛ちゃんいらっしゃ――」

 「……お邪魔します……」


 リビングに入る俺達、いや、八塚を見て目を見開く我が妹。食べていたアイスの木のへらをポロリと落とし、口を開く。


 「馬鹿な……!? お兄ちゃんが真理愛ちゃん以外の女の子を家に連れてきただって……!? 何で!? 一体どんな弱みを握られているの!?」

 「え、ええ……?」

 「人聞きの悪いことを言うな!? すまん、こいつはウチの妹で結愛ってんだ。結愛、こっちは同級生の八塚だ。お前にも聞きたいことがあってな――」


 と、肩に手を置いてソファに座らせようとしたところで、台所の方からカラン、と乾いた音がしたので振り返ると、


 「しゅ、修が真理愛ちゃん以外の女の子を……!?」

 「そのくだりはもういい!」


 そして。


 「飼い猫が居なくなったんですね? それがウチに居た、と」

 「そうなの……ごめんなさい、急に押し掛けてこんなことを言うのもなんですけど、何かご存じありませんか?」

 「コーヒーで良かったかしら?」

 「あ、お構いなく」

 「おばさんのコーヒーは美味しいんだよ?」


 母ちゃんも交えて八塚の話をふたりにもすると、結愛が顎に指を当てて口を開いた。


 「うーん、わたしは見てないかなあ。お兄ちゃんは窓の外に居るのを見たのよね?」

 「だな。ただ、一瞬見えた気がしたけど、すぐに眠ったからあんまり覚えてないんだ。だからあの運転手、村田さんだっけ? あの人よくウチに居るのを見つけたなって思ったくらいだ」

 「お母さんは?」

 「そうねえ、昨日は修が休んでいたから家の掃除を久しぶりにやったくらいかしら?」


 お盆を片付けに台所に行っていた母さんが戻ってくる。やっぱりそう簡単に見つかるもんじゃないか……


 「……って、なんだそれ?」

 「え? 猫よ?」

 「猫だねえ」

 「猫だわ」


 少し汚い三毛猫を抱いた母ちゃんが『当り前じゃない』と言わんばかりに首を傾げ、真理愛と結愛が真顔になる。


 「お仕事から帰ってきて、洗濯物を取り込もうとお庭に出たらぐったりしているこの子を見つけたの。餌を上げた後、さっきまで寝てたんだけど、今見たら起きていたから」

 「み゛ゃー」


 よーく見れば目つきの悪い三毛猫がだみ声を発しながらあくびをする。そこで八塚が指をさしながら立ちあがり、大声を上げる。


 「そ、それー!?」

 「え? そうなの? 昨日の話だからこの子は違うんじゃない?」

 「いや、この付近で目撃があって、今日庭でぶっ倒れてたなら間違いないだろ……」


 真理愛のゆるい発言に疲れながら八塚を見ると、涙ぐみながら母ちゃんから猫を受け取っていた。


 「良かった……」

 「良かったわね、ロクサブロー」

 「名前つけてた!? お母さん飼う気満々だった!?」


 ツッコミを入れる結愛はさておき、感動のあまり絞め殺さん勢いで抱き着く八塚の肩を叩いて話しかける。


 「にゃ゛ぁぁぁぁ!?」

 「おい、八塚あまりやりすぎるとそいつ死ぬぞ」

 「ああ!? ごめんなさいスメラギ!?」

 「スメラギって言うんだ? お嬢様が飼うペットって感じがするね」

 「そ、そう? ありがとう結愛さん。今日はここへ来て良かったわ! 遅くなったし、そろそろ帰りますね。このお礼はまた後程」

 「あら、もう帰るの? あ、でもこんな時間なのね」


 笑顔でそう言って立ち上がる八塚に母ちゃんが残念そうに言い、俺も話しかける。家がどこなのか知らないが、最近の物騒な事情を考えるとひとりで帰すわけにはいかない。


 「最近物騒だし送っていくぞ」

 「あ、ありがとう……でも大丈夫よ、家に電話して迎えに来てもらうから」

 「なるほど、お兄ちゃんが送るより安心ね!」

 「どういう意味だおらぁ!?」

 「あはは、修ちゃんは意気地なしだからそんなことはしないよー」

 「お前も失礼だな!?」

 「ぷっ……あはは! お、面白いのね、あなた達って」

 

 八塚は俺達の会話を聞いて本当におかしいと笑い、しばらくして家に電話した八塚は高級車に乗って帰っていった。運転手はあの村田という男ではなく、柔和な顔をした老執事だ。

 母ちゃんのファインプレイで八塚の猫が見つかったという話を夕食にみんなで話して笑いあい、その日は終了した。


 そしていつも日常に――

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