第7話 らぶふる布教し隊
本日の業務は定時で終わり近くの公園で開発部の皆さまとお花見と相成りまして。
行った時にはすでに大きな桜の木が見える場所にブルーシートが敷かれてその上に飲み物や料理、おつまみにお菓子が準備されていた。
「お疲れ諸君」
「お疲れさまです。これ全部金光さんがひとりで用意したんですか?」
「朝から出社せずここでのんびり席取りしてたからなんのことはないよ」
にこにこ笑っている金光さんがここへ座れと隣をぽんぽんっと叩くのでおとなしくそこへ腰を下ろした。
黒岩があたしの横に座ろうとしたところで開発部の人から飲み物を配れと指示されて渋々そちらに混ざりに行く。
「あの、あたしもなにか」
「いい。今日は桐くんの歓迎会も兼ねているから。主役は座っていたまえ」
「主役って」
まさか春の定番イベント花見があたしの歓迎会でもあったとは。
知らなかったとはいえありがたいような、照れ臭いような感じでお尻がむずむずしちゃうね。
「女が相手だと途端に無口になる黒岩くんが、桐くんに対してはざっくばらんに話せているのはなぜだろうな」
「なぜってそりゃ」
あたしがオタクだからでしょうよ。
「黒岩の中であたしが女枠じゃないからですね」
「本気か?」
金光さんが目を丸くしてこちらを見るのであたしも目を丸くして見つめ返した。
だってそれ以外ないでしょう?
「えっとあたしオタクなんですよ」
「ふむ」
「”らぶふる”ってゲームに生活のほとんどを捧げてるくらいめちゃくちゃハマっておりまして」
スマホを出してアプリを起動させていると金光さんが「知ってる」と呟いた。
あたしはびっくりして顔をあげて金光さんのうっすらと光る茶色の瞳をまじまじと覗き込んだ。
「隠してませんけど、金光さんの前であたし”らぶふる”の話しましたっけ?」
「してないな」
「なのに知ってるって、それ宇宙人の超能力的ななにかですか?」
「いいや」
くすりと微笑んで金光さんは開発部の人が持ってきた飲み物を受け取り、あたしにも渡してくれた。
発泡酒じゃない本物のビールは久しぶりだ。
無駄な出費はしないように飲みたいときには安売りされてるチューハイとか発泡酒を買ってるからなぁ。
味わって飲まなくちゃ。
「桐さんの隣もーらい!」
そういって隣に座ったのは嶋田さんって名前の確か二つ上の先輩だったはず。
あんまり話したことはないけど毎朝挨拶はしてるし、帰りがけに「お疲れ!」って笑顔で声かけてくれる開発部の人は嶋田さんだけだ。
あたしは別に構わないけど黒岩が戻ってくるかもしれないって一言言った方がいいのかな?
悩んでいる間に金光さんが立ち上がり缶ビールを掲げた。
慌ててあたしもプルタブを開けて準備する。
「今日は貴重な時間を割いてくれて礼をいう。料理と飲み物は私の払いだから気にせず存分に楽しんでくれたまえ。新しい仲間の桐くんとも親睦を深めるチャンスだぞ!我こそはと狙っている野郎どもの挑戦を待っている!」
ひぃい!?
変な煽り方されてるけどあたしそんなに面白い人間じゃないよ!
ただのオタクなんで。
今日は宇宙人の観察楽しみ!って気持ちで参加してるのに。
逆に観察される側になりそうだなぁ。
「乾杯」
「か、乾杯」
嶋田さんが横から缶ビールをぶつけてくるのであたしからも軽くぶつけて返す。反対側から金光さんが面白がっている視線を感じて冷や汗が出た。
「桐さんはさどういうタイプが好き?」
「え?タイプですか」
いきなり直球が来たな。
これはまともに返してたらキリがないやつだ。
ならばこちら側に引き込むまで。
「そうですね。あたしの推しは”らぶふる”の錦くんですが、実際にお付き合いするとなると真面目過ぎるし退屈しちゃうんじゃないかなって思うんですよ。なのでやんちゃで明るい北斗くんあたりが彼氏としては最高かなって。津軽弁もかわいいし」
「へえ……?」
「でも時代劇が大好きな次郎くんも結構話が合うと思うんですよね。普段は寡黙で渋いのに、歴史の話になると饒舌になるとこオタクとして共感できますし」
いいぞ。
引いてる。
「みかん農家の跡取り不知火くんも頑張り屋さんで好感度高いし、陸奥くんのツンとデレの落差は癖になるし」
「……それって女の子が見るアニメとかゲームの話?」
「おっと。違いますよ。”らぶふる”は男性にもおすすめなんです。魅力的なキャラクターたちと楽しい高校生活を満喫できるゲームになってて、自キャラの性別も男女どちらでも選べるんです。女の子のキャラもめちゃくちゃかわいくて、そうだな。嶋田さんならこの子かな」
公式のキャラクター紹介ページを表示して、その中から嶋田さんにお勧めしたいヒロインを選ぶ。
「ほのかちゃんの妹のきよかちゃんです。典型的な妹属性で健気だし守ってあげたいなって感じの子」
「へぇ。かわいいじゃん」
「でしょ?」
「なになに?なんの話してるの?おれも仲間に入れてよ」
盛り上がっているのを見て近くにいた開発部の人がそわそわとしながらにじり寄って来たので「いいですよ」と快く受け入れる。
こうなったらみんなに”らぶふる”をお勧めして布教してやろう。
「あなたにはこのクーデレ系ヒロインのなつみちゃんなんかどうでしょうか?」
”らぶふる”のヒーローもヒロインも誰に勧めても間違いがないのだ!
徹底的にいいところを力説して開発部に一大旋風を巻き起こしてやろうではないか!
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