第14話「エゴイスト」
「……なにしてるのよ、お兄ちゃん?」
「「⁉」」
聞き慣れた声が後ろから聞こえた。
——それは春の陽気に包まれていて、幾らか前の春に見た情景と完全に一致していた。
漆黒の黒髪を微風に揺らして、御坂にはない筋肉質で少し太めな脚を露出する彼女。あの時のアグレッシブさも多少残っている様で、未だ忘れきれない思い出が頭上に浮かぶ。
数年前、一目惚れした恋敵がそこには立っていた。
この、今でも心をくすぐられるような感覚。
一生、忘れることはないだろうと。
そして、何より。
今もドキドキとバクバクと伸縮を繰り返す、鼓動を刻む心臓がそれを物語っていた。
すると。
「鏡花……今日は大学来ないんじゃなかったのか?」
「え、あうん……でもなんとなく……お兄ちゃんが行くとか言ってたし」
「俺はあれだぞ、色々と研究があるからな」
「……ぁ」
普通に話し始める二人を前に、喉の奥から声が出なかった。
「でも、研究って言ったって……大したことやってないんじゃないの?」
「おまっ……俺がどんなブラックな研究室に入ったの知ってるのか?」
「言語学?」
「ちげぇ……俺は理系だ」
見える景色は足元、顔が全く上がらない。
可愛いその顔を拝みたい————なんて、あの頃の自分はそう思ったかもしれないが、今の自分にそんな思いはない。
「それで……あの……」
しかし、そんな藤崎に——彼女は唐突に声を掛ける。
びくりと肩が震え、不意に向かれた視線に力が入る。
「ふ、藤崎君……?」
名前を呼ばれる。
それだけで、自らの手は震えだす。
本当に情けない。
全くもって恥ずかしい。
御坂の笑顔、あの歪んだ瞳。
今にも泣き出しそうな表情が頭上に浮かぶ。
「藤崎くん……??」
声がだんだんと大きくなって、胸が痛い。
御坂には約束したのに、頑張れって言われたのに——こんな場所で投げ出すことなんかできない。
他の人が好きだった俺を数年間も片思いしてくれた彼女に、無礼な真似はしたくはない。
そして、何よりも。
もう、前に進みたいんだ。
だから、もう。
だから、すぐ。
だから、ここで。
俺は言うべきことを。
俺は話すべきことを。
俺は決すべきことを。
今ここで、終わりにしたい。
「————あのっ‼‼」
喉を震わせ、地面に叫ぶ。
足元しか見えなかったがその一言に彼女はビクリと震えていた。
「……っ」
そして、立ち上がる。
視線が合致し、脳の端っこにいる小さな逃避感が今すぐに逃げ出そうと囁いてくる。
————だが、断るっ。
ここで宣言する。
「鏡花さんっ‼‼ 言いたいことがあります‼‼」
「——っえ、ぁ、はいっ……」
言いたい事?
何を今更言いたいんだ……? と素っ頓狂な顔をしているが、ここで止まる自分じゃない。
多少の自尊心と駄目な自分を受け入れる自己肯定感さえあれば————こんな恥ずかしい場面、乗り越えることが出来るはずだ。
俺はダサい、でもそれがいい。
ダサくて何が悪い?
告白したことある奴なのか? ダサいとか言ってるお前は?
心のどこかで浮かんでしまうこの思いを断ち切りたい。
そして、俺の事を心の底から考えてくれる彼女————
建前ではない、本音だ。
昔好きだった人に未練ありながら、それでも支えてくれた御坂を大切にしたいんだ。
ご都合主義で何が悪い、ダサくて何が悪い。
戻るなら今しかない。
決着を今、着ける。
今の自分にできるのはこれだけだ————。
「さ、佐藤さん……いや、鏡花。高校三年間、お前が好きだったっ‼ サッカー部で初めて会ったあの日から一目惚れしたんだ。たまにいじられるけど、それでも怪我をしたら手当してくれるところとか。女の子らしい体してるけど、サッカー凄く上手いし、俺も全く歯が立たないところとか。学校では凛々しくて、でも放課後はアグレッシブに遊ぶと事とか————そんな、挙げても挙げてもキリがないギャップが可愛くて……好きだったんだっ」
「っ——ちょ、え」
「だから、俺はあの時。卒業式の後に告白したんだっ……。この気持ち、届かないかなって。でも結果は違った。届かなかった。いや、届いたのかもしれない……でも違意味で届かなかった」
「そ、そんな……大きな声で言わなくても……」
「言う、すまん、言いたいから言う‼‼」
「っ——私の事は⁉」
「————考えない、だから言う‼‼」
「どんな理由よっ‼‼」
そんな絡みを見て、横で苦笑する誠也。
人が少ないこの大学構内でも、窓やら、外からやら視線が増えてきたことも知っているが——開いた口がどうしてもふさがらなかった。
「だって、鏡花。あの時、すんごく悲しそうな顔してたじゃんっ‼ いつものあの他愛もない会話で笑ってくれる楽観的な雰囲気も消えてて、これでもう終わりだからって顔してて————そんな表情にさせてしまった自分がどうしてもいやになったんだ。いつも優しくて、意地悪で、ニコニコしてる明るい君が——あの時だけ薄っすら暗くなって」
「…………それはだって……真剣な話だったし」
「違うんだよ‼‼ あれもっと……って、もういいんだ。それは」
「っ」
「俺は変わった。いた、もう変わる。そんな妄想はもうしないっ……だから、最後に言わせてほしいんだよ」
今更何よ?
そんな顔だった。
今更言うんだ。
そんな風に思った。
「お前の事が大好きだった、本当に……本当に……今まで、今の今まで……ありがとうっ‼‼」
目を大きく見開いてパチパチと瞬きをする彼女。
そんな君に敬意と感謝と、そして少しばかりの嫉妬と憎しみも乗せて。
想いよ届け、と。
瞼の裏から浮かんでくる小粒の涙を拭う。
「っあ……そ、それはまぁ……」
俯いて、大きな胸に手を添える彼女。
届いたか、届いてないか。
いや、きっと——
「……前、聞いたけど?」
「はい?」
「え、いや……だって、この前卒業式で聞いたけど……?」
「は、え?」
「だから、この前……可愛いしギャップがいいとかサッカー上手いとかごたごた色々言われたけd——」
「ぶふぉっ——!?」
すると、隣にいたことすら忘れていた誠也が「我此処にいるぞ」と言わんばかりに噴き出した。
「ちょ、え!?」
「だってこの前聞いたじゃん‼‼ だから振ったじゃん、ちゃんと‼‼」
「言ったけども、聞かせたけども、だからって振ったとか言うな‼‼ 俺も傷つくんだぞ‼‼」
「急にそんなこと言われても意味わかんないし、だって振った相手から何か言われてもへーそうですか、ってしか思わないって‼‼」
「お、おいっ⁉ ふざけるな‼‼ 俺、めっさ頑張って言ったのに‼‼ ほんとそれは……それはひどくねぇか⁉」
「ひどくないし……本音だし」
「うぐっ……」
グサリ、一本の槍が胸の真ん中に刺さった。
「はははっ……いやぁ、面白い面白い……」
「どこがですか⁉ 俺めっちゃ傷ついたんですけど‼‼」
「まあまあ、いろいろ言い合ってすっきりしたんでしょ?」
しかし、言われた通りで。
文字通りに、その通りだった。
唐突にそう言われると不思議なもので。
確かに変な羞恥心は消えていて、俺の中にあるモヤモヤはどこかに消えていた。
「……そ、それはっ……まぁ」
「なら、良かったじゃん! あいつのこと好きだと思うのはどうかと思うけど……まあね」
「え?」
「なに?」
「今、なんて言いました?」
「よかったって?」
「その後ですよ」
「あいつのこと好きだと思うのはどうかと思うけど?」
藤崎が問うと、向かい側にいる鏡花も目の色を変えた。
「は?」
「おい?」
「——にげろ」
そして、そこからはただ——鏡花の兄、誠也と言う名の悪名高い大ボスを懲らしめるために因縁の相手と共闘して戦った主人公、そんな展開で幕を下ろしたのだった。
★★
その日の午後、適当に面談も終わらせた藤崎は軽くなった肩を揺らして足早に家に帰る。ガチャリと玄関を開けると、御坂がご飯を作って待っていた。
「なにそれ?」
「なんだろうね?」
藤崎の変な話に、はぁ、と溜息をつく御坂。
それにうんうんと頷く藤崎。
「ちょっと良いかな?」
「なに?」
「なんか、嬉しいっ……」
そんな私っておかしいかな? と言わんばかりにこちらを覗く。
「ああ、そうだな」
「ん?」
「俺も嬉しいかも……?」
「ははっ、ようやく終わったんだね……」
「ああ、ようやく高校三年間の恋が終わったよ」
<あとがき>
これが僕なりのけじめです。
毎日更新するかは分かりませんですが、二人の甘いお話を書きたいんです‼‼
僕は‼‼
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