第34話 焦燥感

「セイラ、遅くなって済まない」


 リシャールはセイラにエインツの町からの報告書を手渡した。受け取ったセイラは無言で読み始める。


「...時折揺れる地面に、響いて来る唸り声ようなもの。そして蔓延する瘴気か...」


「どう思う?」


 セイラは頭を振った。


「正直、分からなくなって来た...あのトカゲの正体が封印された邪竜なら、もうエインツの町は関係ないはず。こういう異変がここで起こっているんならまだ分かるんだが、なんで既に飛び立ったはずの地で? これだと復活しようとしてる邪竜ってのは、やっぱりまだ封印された地に居るってことになるのかも知れねぇな...」


「お前もそう思うか...」


 リシャールは言い知れぬ不安に襲われ身震いした。


「...これからエインツの町に行くんだってな?」


「あぁ、帝国軍に動きがあったし、住民が瘴気にやられているらしいからな。助けないと...」


「気を付けろよ? 何に気を付ければいいのか良く分かんねぇけど...」


「あぁ...お前はどうするんだ?」


「私はまだあのトカゲを見張ってることにするよ」


「分かった」


 と、そこへタチアナがやって来た。


「リシャール様っ!」


 いつになく思い詰めた表情を浮かべている。


「聞きました。私も連れて行って下さい!」


「ダメだ、危険過ぎる」


「わ、私、自分の身は守れます! リシャール様にご迷惑は掛けません!」


「それでもダメだ」


 タチアナも必死だがリシャールも譲れない。


「どうしてですかっ!」


「君を危険な目に遭わせたくないんだ。これは僕の我儘だ。どうか聞き入れて欲しい」


 タチアナはついに俯いてしまった。


「...心配なんです」


 リシャールは胸が張り裂けそうになったがグッと堪える。


「心配要らないよ。ちゃんと無事に帰って来るから。あ、そうだっ!」


 リシャールは懐から腕輪を取り出し、タチアナに渡した。


「これを持っていてくれ」


「...これなんですか?」


「魔力を検知する魔道具だ。僕の魔力を検知するように出来ている。これがあれば僕がどこに居てもすぐに分かるから、少しは安心出来るだろ?」


 大嘘である。


 せいぜいこの神殿内くらいまでが検知可能な範囲で、エインツの町までなど到底届かないが、タチアナにせめてもの慰みを与えてやりたかったのだ。


「...分かりました。必ず無事に帰って来て下さいね」


 タチアナは渋々納得してくれた。


「あぁ、約束する。セイラ、タチアナを頼む」


「あぁ、任せろ」


 リシャールはその日の内にエインツの町に旅立って行った。

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