第29話 覚悟

「それは...なぜだ?」


 しばし沈黙した後、リシャールが尋ねる。


「あのトカゲが危険だからだ」


「しかしあれは」


「エインツの町で異変が起こってるのを知ってるか?」


 反論しようとしたリシャールをセイラが遮る。


「あ、あぁ、調査のために諜報部隊を派遣したが...」


「邪竜の封印が解けそうになっているって噂だよな?」


「あぁ、だがそれはあくまでも噂であって...」


「聖なる山の山頂から、黒い影が飛び去ったって噂があるのも知ってるか?」


「せ、セイラ、ま、まさか...」


 リシャールはセイラの言わんとしていることが段々と分かって来て、顔が青くなった。


「そのまさかだ。あのトカゲは邪竜の可能性がある」


 場が静寂に包まれた。


「そんな...まさか...じゃあ、もしかしてセイラが何かに呼ばれた気がしたってのは...」

   

 リシャールが静寂を破る。


「あぁ、きっと邪竜が完全に復活する前に始末しろってことなんだろうな」


「女神様が?」


「そうかも知れんが何とも言えん。神託が下りたって訳じゃねぇからな」


「しかしまだ信じられん...」


「リシャールだって見ただろ? あのトカゲの禍々しい魔力を。あれが邪竜じゃなくて何だって言うんだ?」


「それはそうだが...」


「しかも封印が掛かってるんだろ? だったらもう確定じゃねぇか。何を迷う必要がある?」


「し、しかしタチアナが...」


「タチアナがごちゃごちゃ言って来たって無視すればいい。それでも五月蝿く言って来るようならタチアナは聖女から下ろす」


「せ、セイラ! いくらなんでもそれは認められない!」


 リシャールは堪らず叫ぶ。


「なんでだ? 所詮はお飾り聖女なんだぞ? 真の聖女である私が相応しくないって言えばそれまでのはずだろ?」


「そういう問題じゃない! 既にタチアナは聖女としてのお披露目も済んでるんだ! 民衆にどう説明する? 第一、代わりの聖女はどうするんだ?」


「なにも聖女ってのは終身制じゃない。生前に代替わりしたって例もいくつかある。そうだよな、爺さん?」


「た、確かにありますが、さすがに就任して半年というのは...」


「前列の無い短さだろうが、それでも新しい聖女が本物だったらみんな納得するだろ?」


「せ、セイラ様、それはまさか...」


「あぁ、私が聖女になってやるよ。そんくらいの覚悟がなきゃこんな事言わねぇ」


 再び場が静寂に包まれる。


「...セイラの覚悟は良く分かった...少し時間をくれないか? 派遣した諜報部隊が明日にもエインツの町に着くはずだ。その情報を待ってからでも遅くないだろ?」


「急げよ? 封印が解ける前に始末しねぇと。蛇は卵の内に殺せって言うだろ?」


「あぁ、分かってる...」


「それと爺さん、あのトカゲを監視したいから私もしばらく神殿に泊まる。部屋を用意してくれ」


「わ、分かりました...」

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