第10話 とある公爵令嬢の嘆き
王都にある貴族街でも王宮に一番近い一等地に広大な屋敷を構えるのは、筆頭公爵家を賜るベルハザード家である。
宮殿かと見紛うばかりの豪華な屋敷の一室で、公爵令嬢ブレンダ・ベルハザードは苛いていた。
「まだ連絡は来ないの!?」
側に控える執事に苛立たしげに問い掛けるが、
「まだなにも...」
「使えない連中ねっ!」
ブレンダは吐き捨てるように言うと紅茶を口に含み、
「冷めてるじゃないのっ!」
と叫んで、壁際に控えている侍女に向かって紅茶のカップを投げ付けた。中身の残った紅茶と共に飛んで来たカップは侍女のすぐ側の壁に激突し、割れた破片を撒き散らしながら紅茶のシミを壁に残した。
「ヒッ!」
侍女がくぐもった悲鳴を上げた。
「淹れ直しなさいっ!」
侍女が文字通りすっ飛んで行った。女主人の癇癪に慣れている使用人達は、ただ粛々と嵐が過ぎ去るのを待つばかりである。
ブレンダは爪を噛みながらブツブツと呟いた。赤い髪に赤い瞳、吊り上がった目がキツイ印象を与えるが、美女と呼ばれるには十分な容貌である。だが今は、怒りで髪を振り乱しているためそれも台無しになっている。
(聖女になるのは私よっ! あんな田舎娘が聖女だなんて冗談じゃないわっ! 聖女に相応しいのは高潔なる血を引いた私なのよっ!)
ベルハザード家は初代聖女を祖先に持つ由緒正しき名家である。初代聖女を輩出したことで、王族に嗣ぐ地位である公爵位を賜り、長い歴史の中で公爵家の筆頭にまで登りつめた。
残念ながらその血は、500年の永きに渡る栄華の影ですっかり濁り切ってしまったようだ。現在の子孫の姿を見たら、初代聖女はどれ程嘆くことだろうか...
(大丈夫よっ! あの田舎娘も今まで闇に葬って来た聖女候補達と同じよっ! リシャール様が直接迎えに行ったからって調子に乗っていい気になってんじゃないわよっ! 見てなさい、思い知らせてあげるからっ! リシャール様も聖女の地位も絶対に譲らないわっ!)
暗い思考に沈んでいるブレンダは、侍女が震えながら紅茶を淹れ直したことにも気付かない。そして自分が差し向けた刺客が、聖女と同じくらいに執着しているリシャールの命を、危うく害する所だったなんて知る由もない。
そもそも下した指示が「聖女候補を抹殺せよ」だけだったので、刺客達が邪魔者含めて皆殺しにしようと思ったのも無理はないのだが。
(それにしたって教会も教会よっ! あれだけ喜捨させといて未だ私を聖女として認めないだなんてっ! どんだけガメツイのよっ! 全く使えない連中だわっ!)
聖女の地位を金で買おうとしている時点で、自分が聖女に相応しくないことに気付いていない。ブレンダが悶々として過ごしていると、ノックもせずに部屋に飛び込んで来た従者が叫んだ。
「お嬢様、大変です!」
「どうしたの!?」
「差し向けた刺客が全滅したそうです!」
「なんですってぇぇぇ!!!」
ブレンダの咆哮が屋敷中に響き渡ったのだった。
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