仕入れ

 殿下が戻っていくと、私は一緒に話を聞いていたサリーに頭を下げます。


「悪いけど、また忙しくなりそうだから店番はほぼ全部任せきりになっちゃうかも」

「そうですか……何となくそんな気がしました」


 そう言ってサリーは苦笑する。


「世の中にはどうしても大事件に巻き込まれる方というのがいますが、きっとセシルさんはそれなんですよ」

「そうかもしれませんね」


 私が追放された時のことも大事件と言えなくはないかもしれませんが。


「では早速材料を買いに行ってきます」

「行ってらっしゃい」


 エレンに行ってもらいたいのは山々でしたが、殿下から大金を預かっている以上、私自身で行くべきでしょう。

 それに、こんな大事件が起こっている以上買い出しもただのお使いで済むのかは分かりません。

 私は大通りに向かうと、いつも材料を買いに行っているお店に行きます。


「紅熱病の材料のホウセンの花をください」

「実はつい先ほど似たようなことを言う貴族家のお使いがやってきて、全部買っていってしまったんだ。悪いねえ」


 そう言って店主は申し訳なさそうに頭をかきました。

 やはりすでに動いている家はあるのでしょう。


「他に売っていそうな店はあるでしょうか?」

「いくつかあるが、この感じだと恐らくどこも高騰しているだろうな」


 そう言いつつも彼はいくつかのお店を教えてくれます。私が知らないところもあったので、私は頭を下げつつ次の店に向かいました。


 が、次のお店も似たような反応でした。落胆した私はそれでも諦めず、次のお店に向かいます。


 そんなことを何度か繰り返し、私はこれまで行ったことのないような路地裏のお店に向かいます。

 おそらく地元の方しか知らないようなお店で、貴族の家の人々はここまでは知らないでしょう。店も御世辞にもきれいと言えるものではなく、遠くから見れば廃墟も同然です。もしかしたら非合法な薬でも取り扱っているのかもしれませんが、今はそういうことは気にしないことにします。


 ですが私は勇気を出して足を踏み入れます。

 中にいたのは熊のような体格の目つきの悪い男でした。顔には傷があり、明らかにカタギではなさそうな人物です。


「おや、こんなところにお嬢ちゃんみたいな子供が何の用だ?」

「じ、実はホウセンの花を探していまして」


 取って食われるのではないかと脅えながら言います。


「ふん、今日はホウセンの花を買いに来る者ばかりだ。だからちょいとばかし値段が上がっているが、それでもいいか?」

「いくらでしょうか?」

「一輪当たり金貨一枚だ」

「嘘……」


 普段でしたら一輪につきせいぜい銀貨一枚ほどで買えるはずです。ですが今の様子ならその値段でも売れると思ったのでしょう。

 病気に苦しんでいる人がいるというのにそんなことをするのは評判が悪くなりそうなものですが、こんなところにある店ではその常識も通じないのかもしれません。


「で、どうするんだ? 買うのか? 買わないのか?」


 男は威圧するように言います。

 この機に絶対に高値で売りつけるつもりなのでしょう。


「一輪あたり金貨一枚。そこからは銅貨一枚たりとも値段を変えてくださらないということですか?」


 私は熊のような店主の目を見つめて尋ねます。

 彼は私を睨みつけるようにして答えました。


「そうだ。それでいらないならとっとと帰りな。ここは子供のお使いで来るようなところじゃない」

「そうですか、それなら安心しました。一輪当たり金貨一枚でしたら買えそうです。それでいくつまで売っていただけるのでしょうか?」


 もし私が殿下にもらった大量の金貨を持っていることが分かればさらに値上げされるかもしれません。ですから値段を変えないと言われて私はほっとしました。


「二十本だが、金貨二十枚もあるのか?」

「はい」


 そう言って私は金貨二十枚を店主に差し出します。

 最初は偽物ではないかと疑わし気に金貨を数えていた店主でしたが、やがて本物だと分かると大きな葉っぱをつけた花を二十輪、私に差し出しました。


「こんな大金をぽんと出せるなんて何者かは知らないが……持っていけ」

「ありがとうございます」


 こうして私はとりあえずの材料を手に入れてお店に戻るのでした。


 後で考えるとお金を持っていると分かった瞬間襲われていた可能性も否定出来ませんが、金貨数枚ならともかく、あそこまでの大金を持っていたので、特別な人物だと思われて逆に襲われなかったのかもしれません。

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