バーンズ商会
「ありがとうございます、急な腹痛だったので助かりました。私はサリー・バーンズといいます」
腹痛が収まると、少女は私に丁寧に頭を下げながらお礼を言います。貴族ではなさそうですが、その丁寧な所作から育ちの良さがうかがえました。
馬車は街も村もないところを走っているので腹痛が続くと大変だったでしょう。助けになれて良かったです。
「いえいえ、たまたま薬を持っていて良かったです」
そう言って私は名乗り返そうとしてふと気づきました。セシリア・バナードという名前はあまり有名ではないですが、一応子爵家であるため姓を名乗れば正体がばれることもあるかもしれません。初対面の相手に、婚約者に毒を盛ろうとして追放した人物と認識されるのは嫌です。
私は急いで名前を考えました。
「……私のことはセシルって呼んで下さい」
「はい、ありがとうございます、セシルさん」
そう言ってサリーは笑いました。
するとサリーの傍らにいた男も口を開きます。
「実は我々はバーンズ商会の者です」
「バーンズ商会ってあのバーンズですか!?」
それを聞いて私は思わず声を上げてしまいました。バーンズ商会は主に穀物を取り扱っている規模が大きな商会で、バナード家でもしばしば取引していたと思います。まさかそこのお嬢様と偶然出会うとは。
そう言えば彼女はサリー・バーンズと名乗っていました。
「はい、マリクは私の父です」
サリーが言いました。マリクというのはバーンズ商会の長です。
まさかそのような方と同じ馬車に乗り合わせるとは。驚いている私に男が告げます。
「セシルさんはこの後どちらに行かれますか? もしラタンでしたら是非お礼をさせていただきたいのですが」
確かに私もラタンに行く予定でした。しかしお礼をいただくほどのことは、と思ったところで思い直します。知り合いのいない街で一から新生活を始めるのは難しいです。街の案内ぐらいはしてもらった方がいいでしょう。
「はい、実は私はラタンで一人暮らしをしようと思っていたところなのです」
「え、一人ぐらしですか!? 同じぐらいの年齢に見えるのにすごいですね!」
サリーが驚きます。確かに私ぐらいの年頃の女性が一人で暮らすというのはかなり珍しいケースでしょう。
私は出来るだけ不審にならない説明を考えます。
「実は薬師になりたくて勉強のために田舎の村から王都にやってきたのですが、王都だと家賃が高すぎるのでラタンに行こうと思っていました」
「それで薬を持っていたのですね」
「そんなところです」
幸いなことに二人は少し驚いてはいるものの、私の説明を疑っている雰囲気はありませんでした。
「私などまだまだ一人では旅も出来ない半人前なので憧れちゃいます」
「いえいえ、私も実家に旅費を出してもらっているので一人前ではないです」
本当は追放されたから一人というだけなのですけどね。
が、サリーは私のことを憧れの対象と思ったのでしょう、目を輝かせて質問を重ねてきます。
「薬の勉強というのはどういうことをする予定なのでしょうか?」
「基本的には本と材料を集めてお店を開きながら独学でやっていこうと思っています」
私の言葉にサリーはさらに目を輝かせました。
「お店を! 同い年なのにそれはすごいです」
「いえ、まだ何も始めていないのでそこまで言われるほどではないですよ」
その辺はそうなったらいいな、という願望があるだけで具体的な計画は何もないのでそんなに褒められると恥ずかしくなってしまいます。
その後私は色々な話をしながらラタンの街へと向かったのでした。サリーとは年が近く、私がお店を開こうとしていると言ったこともあって話題が合い、話は弾んだのでした。
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