第30話 温かく柔らかいもの

 騎士になるのだから、いずれはそれらしい気迫と肉体を持った男性になるのだろうとは思うが、今のエルネストがそうかと言われれば、違うと思っていた。


「まあ、悪いことではないだろう?」

「ええ。でも、なんだかエル従兄にいさまが雄々しくなられるというのが想像つかなくて⋯⋯」

「まあ、騎士と言っても、重装騎士や軽騎士、教会に所属する槍と盾を構えて馬に乗った聖騎士ホーリーナイツなど幾つかあるし、全身鎧で身を固めて槍斧を振り回す鉄壁のような騎士も、近衛騎士のようにサーコートにマントの剣士もいるし、エルネストが何を目指すかにも寄るんじゃないかな」

「断然、近衛騎士よね! あれだけ剣の腕前があるのですもの! ね? お兄さま」


 だんだん混乱してきたシスティアーナ。


「とにかく、今夜はゆっくり休みなさい」


 おやすみ。と声をかけながら、ユーフェミアの頰に軽く口づけて室内へ促す。


「エルネストにまだ挨拶をしてないわ」

「いいから。明日ゆっくり話なさい」


 新型客船の披露パーティーもそろそろお開きになる夜中。若い王女が、婚約者でも親兄弟でもない男性を訪ねてもいい時間帯でもない。


 仕方なく与えられた船室へ入るユーフェミア。


「ティアも。昼間の体験に神経が昂ぶって眠れないかもしれないけれど、身体を横にして休めるだけでも違うだろうし⋯⋯」


 ──よく眠れるおまじないだよ


 夜会用のイブニングドレス姿に合わせて結い上げ、いつもは隠されている額にそっと温かなものが触れた。


 ユーフェミアと同等の扱いなのか。親戚の娘ではあるが、関係性で言えば父親のまた従妹いとこであり、年下ではあるがアレクサンドルから見て再従はとこ叔母おばである。


 が、年下で、妹や弟といつも共にいて公務をこなしている幼馴染みでもあり、アレクサンドルにとって妹のようなものなのかもしれない。


 が、システィアーナは、兄のような人とは思っていないのだ。


 王太子──雲の上の人である。


 額がやたら熱い気がして、押さえながらふらふらと室内へと踏み出す。


「おやすみ。出来れば、いい夢を」


 苦笑したような気配は感じたが、振り返られずに、ユーフェミアの待つ奥のベッドルームへふらついた足取りで進んで行く。


 メイドが会釈して扉を閉め、侍女がふらふらと進むシスティアーナから宝飾品やショール、ドレス、シュミーズと順に剥ぎ取り手入れをして片付けていく。


「シス? 眠れるようにお酒でも飲んだの? 真っ赤よ?」


 何度も撫でる額をジッと見るユーフェミア。


「なあに? 別に傷もないし、なにかついてる訳でもないわよ?」

「赤くない?」

「別に? ぶつけたの?」

「熱いの。ここ」


 手を下ろしたシスティアーナの額をよく見るが、なにかついているでも傷があるでもない。赤くなっているとか腫れていることもない。


 小さく呻きながら、ユーフェミアにしがみつくシスティアーナ。


「なあに? 今頃怖くなってきたの? ⋯⋯思い出させちゃったかしら。大丈夫よ。隣の部屋にはフレック兄さまもアナもいるし、奥の特別室にはお兄さまもいらっしゃるわ。向かいの部屋にデュー兄さまもエルネストだっているのよ、安心して寝ましょう?」


 コクン


 子供のように小さく頷いて、ユーフェミアに一度ギュッと抱きつくと、すっと離れて、自分に用意されたベッドへ上がる。


 侍女が蒸しタオルで顔を温めてから拭い、就寝用の無香料化粧水や美容液を塗り込んでいく。


 されるがままになっていたシスティアーナの考える事は、明日の予定のお復習いでも楽しげなユーフェミアの話でもなく、自分の額に触れた温かく柔らかいもののことだった。




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