第7話 試飲と焼き菓子
「悪いけれど、今はお忍び行動中なんだ。ティアの親戚のお兄さんで通してくれないかな」
「は、はいぃ。もちろんです」
店主とその妻は、カチコチに緊張して、それでも先々代王弟を相手に商いを行っている者としてすぐに立ち直り、試飲用の茶を、上位貴族へ献上するものと替えようとする。
「ああ、これでいいよ。今日は、民に混じって商店街の様子や住民の暮らしぶりを見るのが目的なのでね。普段、試飲で出すものをそのままいただく方がいいからね」
「そうそう。特別扱いはしないで欲しいな」
お忍び行動と言いつつも王族の佇まいを崩さないアレクサンドルと、にこやかで親しみやすさを出すデュバルディオに、店主達も頷くしかない。
「これが、ティアがお菓子づくりをするようになったきっかけの焼き菓子かい?」
海岸に近い町の商店らしく、貝の形をした一口サイズのバターケーキのような菓子である。
西の国ではマドレーヌと呼ばれているものに近いがしっとりとして見た目よりズッシリと重く、これには細かく刻まれたオレンジピールや蜜漬けドライフルーツが練り込まれている。
「先程のジュエルドリンク同様、果物が使われているんだね。香りも爽やかだ」
人に見られることに慣れている三人──王家の兄妹が、上品で綺麗な所作で菓子をつまむ姿にシスティアーナはこっそりため息をついた。
貴族や王族とも取引をする店舗だけに、内装も落ち着いた中にも高級感のある調度品が使われていて、三人の姿は一幅の絵のようであった。
「馳走になった。幼いティアが夢中になった訳だね。とても美味しい焼き菓子だったよ」
「試飲として出されたお茶も、お店の品質を確かめるのに程よい飲みやすいブレンドで、美味かったよ。僕達も普段使いに幾らか買って行こうかな?」
離れて付き従っていたはずの護衛騎士の中でもあまり厳つさのない、どちらかと言えば従僕や執事といった方が似合いそうな青年が、いつ店内に入って来たのかさっと財布を出しデュバルディオに手渡すと、
「僕とミア、フレック兄さんと⋯⋯ うん、7つ包んでくれる? それと、8歳の女の子でも飲めるお茶はあるかな?」
にこやかに商談が始まった。
再び、ご機嫌でシスティアーナの手を握り兄妹のようにひいて歩くデュバルディオ。
土産と称して購入された茶葉は、騎士のひとりが纏めて持って再び離れた。
「あのお茶、そんなにお気に召しました?」
「うん。湯の温度や淹れ方もあるんだろうけど、苦味もなく爽やかで飲みやすく、飲んだ後スッキリするから定期的に買ってみようかな」
「店主も喜びます」
先々代王弟と取引があったにもかかわらず、王族・上位貴族御用達の看板を掲げない人物だが、現王家の第三王子が気に入ったと聞いたらさぞかし喜ぶことだろう。
メインストリートには異国の観光客向け店舗が多いが、地元の貴族名士向けの高級店も幾つかある。
定期的に自警団の詰め所もあり、治安も悪くなさそうで、店をひやかしていく人々も平和そのものである。
「いい町だね」
「ええ。お祖父さまの愛した町ですわ」
ひと通り歩き回ると、商工会会長や町長との会談に向かうのに丁度よい時間になったので、来た道を半ば引き返し、一筋奥へ入って商工会館へを訪ねた。
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