第8話積み上がった釣り書き



 父ロイエルドの執務室に呼ばれ、嫌な予感がしつつも顔を出したシスティアーナは、奥の父の執務机の前にある、応接セットのローテーブルの上に積み上げられたモノを見て、深いため息をついた。


「シス。あの時、各家の若君達に、今はまだ何も言えないから、正式に婚姻契約が解消されたら、改めて当主に申し込めと言ったらしいね?」


 にこやかだけれどどこか引き攣った笑顔で、訊ねられるも、ただ黙って頷くだけの返しになる。


 こんなに?と思わずにはいられない。


 文字通り、積み上がっているのだ。


 一番上の書状を開いてみると、家名、当主の爵位、当人の名前を始めとして、修めた勉学や技能の紹介、趣味・特技から、婿として迎えられたらこうありたいという希望まで書かれている。


 他のものも似たり寄ったりで、特筆すべき差はあまりない。

 侯爵領を治めるにあたってのビジョンは、さすがに人によって違うが、妙にきれい事が並び整い過ぎていて、却って嘘くさい。

 中には、侯爵領の特産品に目をつけ、数字を示しての将来的な展望なども書かれていたが、心惹かれるものはなかった。


「申し訳ありません。まさか、こんなに申込みが来るとは⋯⋯」


「侯爵家の婿の地位を軽く見ないでくれるかい?」


「そうではなくて、条件のよい婿がねは早くから婚約者が決まっていたり、すでに婿入りしていたりと、今更(侯爵家に見合う)良さそうな方はそんなには残ってないかと思っていました」


 今開いた書状の男性達は、伯爵家の次男や侯爵家の三男四男が殆どのようだ。


 釣り書きを受けとったからと言って、経歴に目を通してみても、熟考に価しない者が少なくない。


「確かに、目に留まれば儲けもの、祭りに参加することに意義がある、のような輩も少なくないだろうね。男爵家の、顔が命の能なしまであったよ。本気で選ばれると思ってるのかな?」


 笑顔であるのに目が笑ってない。


 今ざっと見た中には、顔の良さが評判の男爵家の釣り書きはなかったようだったけれど⋯⋯


「探してもないよ。書状を開いて見る価値もない。

 ⋯⋯上位貴族には見目のよい者が多いのは確かだけど、何も外見で嫁や婿を探す訳じゃないんだ。家を傾けるような婿を受け入れるはずがないだろう?」


 執務机の足下にあるくずかごに、くしゃくしゃに丸められた書状や破り捨てられたものが幾つか入っているのを見て、返さなくてよかったのかとは訊かずに、システィアーナは心の中で、父の心中をおもんぱかって口を閉じた。




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