真の聖女は爪を隠す
瑞沢ゆう
第1話
幸せとはなにか――
唐突に考える事はないだろうか。
私の場合、何か変化がある度に考えていた。
生まれは男爵家の長女であり、生活には困らない。
その辺りは、幸運だし幸せだ。
でも、慎ましくも暖かい家庭とは別もの。
父は更なる権力を求め、日々自分より上の貴族におべっかを使い媚びているし、母は他の婦人から見下されないよう、連日お茶会やパーティーを開き見栄を張るのに必死だった。
そして私は、権力闘争の道具として育てられていた。
将来伯爵家や子爵家に嫁がせるために。
そこに愛情があるのか分からない。父も母も表面上は優しかったが、生まれてから一度も抱きしめられた記憶はなかった。
だけど、私の妹は別だった。父も母も妹と接する時は表情を緩め、大事そうに頭を撫でたり抱きしめたりしていた。
そんな妹を見て、私は正直羨ましかったし嫉妬を覚えた。でも、文句を言える度胸など私にはなかった。
ただ黙って、爪を噛みながら静観していただけだ。
そんな頃、私に大きな変化が起きる。
なにが原因か今となっては忘れたが、私は右目の下辺りに火傷を負い、痕が残ってしまった。
それを見た父と母の最初の一言が脳裏に焼き付いて離れない。
「これでは嫁に出せないじゃないか……」
「人前にも出せないわよ……」
ああ、私は単なる道具に過ぎなかったんだと、改めて認識させられた場面だった。
それからは、手のひらを返したように私への接し方が変わった。表面上だけでも優しかった両親は、火傷事件の後から私に見向きもせず妹だけを見ていた。
衣食住は与えてくれるが、それ以上手をかけてくれる事もないし、会話も最低限の挨拶しかなかった。
食事も一緒には取るが、両親は妹とだけ楽しそうに会話をして私に目をやる事は絶対になかった。
居るのに居ない大勢なのに孤独。
そんな虚無感を感じながらの生活。
そんな時だった。
あの人に出会ったのは――
「何してるの?」
屋敷の庭で一人花を摘み、冠を作っていた私に話しかける少年と出会った。
最初はどうやって屋敷に入り込んだのか不思議で戸惑っていたけど、少年の純朴な笑顔と人懐っこい性格に、私のとじ込もっていた心は開いていた。
少年の名は"ルディウス"。
その当時十歳で、私と同い年だった。
それからというもの、私とルディウスはいつも一緒だった。
屋敷からこっそり出入り出来る抜け道を教えて貰い、村の子達も交えて遊んだり、時には喧嘩したりと、沢山の経験を共に過ごした。
そして、それから十年が経った頃――
二人の関係は大きな節目を迎えていた。
「リアーナ……俺と、婚約してくれないか?」
ルディウスがそう言ってくれた時、私の心は満開の花のように明るくなっていたのを思い出す。
「勿論よ、ルディウス……」
両親にも挨拶に来たルディウスは、娘さんを下さいと堂々とした態度で言ってくれた。
そんなルディウスに両親も二つ返事で喜んでいた。
何故なら、ルディウスは勇者に選ばれていたからだ。
ルディウスの左手の甲には、十字を描いた紋章が浮き出ていた。古くから伝わる伝承と、魔国が勢力を伸ばし私達の国に暗雲が立ち込めていた情勢が重なったのも影響していたのかもしれない。
田舎貴族の領地から勇者が出たと国は大騒ぎ。
連日、国からの使者がルディウスの元を訪れていた。
「なあ、リアーナ。どうやら俺は、魔王を倒して国を助ける運命にあるみたいだ……」
「そう……でも、私はルディウスが危ない目に会うのは心配だな……」
私が不安を漏らすと、ルディウスは優しく抱き締めこう言った。
「憎き魔王を倒して帰ったら、結婚しよう」
私の幸せは、もしかしたらその時が頂点だったのかもしれない。
月明かりの下、交わした口づけと約束。
その幸せが、何時までも続いて欲しいと心から願った。
だけど、それから三年後――
約束が果たされる事はなかった。
そればかりか、魔王討伐に旅立ったルディウスが、一緒に旅をしている仲間の聖女様と、恋仲にあるという噂まで耳に入ってくる。
その噂によって、両親や妹からの小言と嫌味は凄まじかった。
「折角役に立つと思ったのにとんだ期待外れだ」
「あなたはいつも私達の足を引っ張る」
「もう諦めたら? お姉様は、きっと捨てられたのよ」
私は居ても立ってもいられなかった。
ルディウスは絶対に裏切ったりしない。
そう信じていたけど、もう我慢の限界だった。
一目で良いから会いたい。
また抱きしめて貰えれば、後何年だって我慢出来る。
そう思い窮屈な田舎を飛び出し一人旅に出た。
目指したのは、ルディウスが内在しているという魔国とガリアス共和国の国境付近。
女の一人旅は危ない。そう考えて、長く伸ばしていた髪も男の子のように短くバッサリと切ってしまった。
旅は決して楽じゃなかったけど、ルディウスに会えると思えば辛くはなかった。
そして半年かけて目的地に着いた頃には、服も汚れだらけで、肌は日に焼けてボロボロだった。
もう少しで会える。
後少しであの暖かくて優しい手に触れて貰える。
そんな事をのんきに考えていた私は、本当に馬鹿だったと思う。魔国側国境付近の町で、情けなく杖を着きながらルディウスを探す私の前に現れたのは、
「ルディウス様ったら……こんな所で恥ずかしいですわっ」
「だってさ、君があまりにも美しくて」
人目も憚らず、手を繋ぎ口づけを交わすルディウスと聖女の姿だった。
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