15話
あれからアルスは今、騎士団の上層部である騎士団長の元に呼び出されていた。
アルスはあまりも相手の威厳に押しつぶされそうになりながら、片膝立ちの姿勢で項を垂れる。
「お前が二等兵から准尉に恐るべき飛級をした。アルスだな? お前が今、どうして私の前に呼び出されたかは知っているな?」
「はい。僕がアルスです。理由は確かではありませんが……噂のことについてでしょうか?」
それは今から一週間前のことである。
アルス以外の仲間がみんな死んだという、あの最悪の未開拓地調査任務から帰ったアルスは、現場でかき集めてきた仲間の一部を身元が辛うじて分かる者を優先的に遺族に運んだ。
この任務は遠征ではあるものの、大きな危険があるとほとんど遺族には知らされておらず、どうして良いか分からない表情で多くの者が涙を流していた。
しかしそれから二日後のことだった。いつものように自分専用の訓練場で訓練をしていたアルスは、自分の部屋のドアをノックされたことに気がつく。
「はい、どちら様でしょうか?」
アルスの返事に対して、ドアの向こう側にいるであろう者は無言で、ただ無視できないアルスは少しだけ扉開く。
がその瞬間、扉を勢いよく向こう側から蹴破られ、大声を上げながら相手はアルスを殴り飛ばす。
「アルスッ!! なにが准尉だ。何が切り札だ! この偽善者で役立たずのクソ野郎が! 絶対ぇに俺はお前を許さねえ……今度こそここでお前を殺してやるッ!」
相手はドロスだった。模擬戦から特に昇級することなく二等兵のままだが、どうやってここまできたのか定かでは無いが、ドロスはこれまでに見ないほどに怒り狂っていた。
「どうしたんだドロス! 何故ここにきた! もう僕の顔を見なくても良いはずなのに!」
「この人殺しがああああっ!!」
何が何なのか分からず尻餅をついて戸惑うアルスに、ドロスは容赦なくまたしても鉄の剣を振り下ろすが、すぐに横に転がることで回避する。
「落ち着けドロス! 僕は人を殺してなんかいない!」
そう言って宥めようとするが、ドロスは何かがぶつりと切れたような顔をすれば、ギリギリと歯軋りしてさらなる怒りを露わにする。
「なん……だと? お前が自分がやったことはどんなことでも認めるやつだと思ってたのに……最も都合の悪いことだけは揉み消そうとするのか?
ああああぁぁ!! お前も父親がいるから分かるはずだと思っていたのに、それを失った人間の気持ちは分からないというのかぁあ!」
「失った……? まさか、あの任務に……」
「兄の仇だああああ!!」
「なんだって!?」
ドロスには兄がいた。そんな話は今までに一つも聞いたことが無かった。だがこれは知らなかったでは済まない話であることは、誰が聞いても分かること。
ドロスの説得なんて最早無理だということが分かる瞬間でもあった。
ドロスはさらに殺意全開で飛びかかりながら剣を振り下ろす。それを間一髪でまた避けるアルスだが、ここにある選択肢は一つしか無かった。
「すまないドロス……!」
「うあああああ!!」
ドロスの半狂乱的な攻撃をなんとか避けながら、アルスはドロスの無力化を選択する。何があっても部下を殺すなど絶対にあってはならないからだ。
出来れば一撃で気絶させられるように、アルスは振り下ろされる剣の勢いを利用して、懐に入った瞬間に、ドロスのみぞおちに向けて鉄の手甲を打ち込んだ。
ドロスはアルスにとって許してもらうべき宿敵のような者のはずだったが、それを今や簡単に制することが出来てしまうほどに、ドロスは正気を失っていたことがアルスの拳に伝わった。
「がっは……!? ぜってぇに……ゆる、さねぇ……」
ドロスはアルスに身を任せるようにして気絶した。
その直後、アルスの訓練部屋の扉が勢いよく開かれる。そこにあったのは青い表情をした父の姿だった。
「アルス無事か!? あぁ、良かった……。怒り狂った男がお前の訓練部屋に向かうのを見てな。彼は……確かドロスだったかな」
「うん。でもドロスについては許してあげて欲しい。普通なら無断で真剣の持ち出しや、上等兵への攻撃とかで処罰受けそうな物だけど……ドロスの怒りはごもっともだ。
僕は守れなかったんだから……」
「そうか。お前がそういうなら俺も口を詰むんでおこう。彼はどうすればいい?」
「何もしない。そのまま持ち場に戻してくれ。意味もなく拘束や行動制限はさらなる反感を買う可能性があるからだ」
「あぁ、わかった。全く、本当に心配したんだぞ。お前だけが生き残ってしまったことは、こんなことがあろうことは予想はしていた……。
まさかお前の身内でも起こるとは、警戒すべきだったな」
そこでアルスは父の言葉に首を傾げる。まだドロスのような人が他に多くいるのか。遺族へ遺体は全て返したというのに、何故怒りの矛先を自分に向けるのだと。
父は予想するが、アルスは予想していなかった。
「父さん、どういうこと?」
「言っちゃ悪いが、今騎士団の信頼はガタ落ちしている。今回聞かされていた任務はあくまでも調査であり、討伐ではないからだ。
本来なら部隊を適切に制御できなかった隊長に責任を問われるのだが……今や生き残っているのはアルス。お前一人だけなんだ。みんなも怒りを向けるのはお前ではないことはわかっているはずだ。
だが、それらの怒りを向ける場所が無くなってしまった以上、生き残ったアルスに全て向いている」
「そうか……」
「……?」
「なら僕は全部受け止めるよ。死んでいった仲間を見放すなんて言わない。彼らのおかげで決心がついたなんてもっと言わない。
僕は全部受け止めて、それを糧に強くなるんだ。石を投げられようが、罵詈雑言をあびさせられようが、全て許す」
「アルス……」
アルスの選択は市民や同じ兵士の怒りをさらに買わない方法として間違ってはいない。だが、それに伴う精神や肉体に襲うダメージはきっと計り知れない。
父は最後までそれに耐えるしかないなど分かりきってはいるが、それでまた自暴自棄にならないかと、アルスが心配でならなかった。ただそれでも自分の息子を信じるしか無かった。
「分かった……父さんは何をしてあげられるだろうか……」
「何もしなくて良いよ。責任は全て僕に向けられているんだから、それらを軽減する助けなんていらない。
別に自棄になってなんかいないよ。安心して父さん。僕は大丈夫だから」
「分かった……じゃあ達者でな。アルス」
そう言って父はアルスの訓練部屋を出た。
またアルスも父を真剣な表情で見送った。
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