第27話

 翌朝。


「おい。見ろよリンドウ」


 窓際でカーテンの隙間から外を見ているベルゼが俺を呼ぶ。

 窓際まで近寄り、ベルゼが捲っている隙間から外を覗く。


「多いな」


 隙間から覗いた宿の前。

 そこにはフルアーマーの騎士たちが殺気立ちながら並んでいた。


「どうすんだぁ? これ」

「まあ、逃げるしかないだろうな」


 あの殺気立ち具合からして、俺が魔に属してるのを確信している感じだろう。

 魔法を使える者ならばこれくらいの移動速度は出るはずだ。

 一体どう言う経緯でバレ、確信に至ったのか気になる所だな。

 ひとまずは宿から出るとしよう。

 一階に降りると確実に捕まってしまうため、レッグポーチから金貨二枚を備え付けの机の上に置く。

 レッグポーチと背嚢を装着し、顔と体型変える。

 前に変身したおっさんだ。

 似ても似つかないこのおっさん状態なら一目でバレることはないだろう。


「影移動で外に行くぞ」

「あいよ。にしても律儀だなぁ。お前は」

「金銭関係は律儀くらいで丁度いいんだよ」

「あっそ」


 くだらない話をしたあと、俺とベルゼは影に潜り外へと移動した。

 宿横の影から出て表通りへと出る。

 宿の前はさっき窓から覗いた時と変わらず、騎士たちが十数人並んでいて、じっと宿の入り口を睨みつけていた。

 その騎士たちを囲むように野次馬どもが湧いているようで、宿の前には人だかりが出来ている。

 少し離れたところへ移動して聞き耳を立てて見ることにした。


「――おい、一体何の騒ぎなんだ?」

「何やら魔のモノがこの宿にいるらしいぜ」

「はあ? アイテリオールの結界内にそんなのいるわけないだろう」

「それがよぉ。二日前くらいに中央大聖堂で警告音が鳴り響いたらしいぜ? だから今騎士たちが殺気立ってるんだ」

「ほー? どこからの情報なんだ? それ」

「知り合いの騎士さ。久々に会った時に聞いたんだ」

「だが、アイテリオールに入国した人は多いだろ。一個人を特定するには早すぎるんじゃないか?」

「なんでも、この二日でここまで来た冒険者がいるってんで、その経路の残留魔素を調べたら邪な魔力を検知したらしいんだ」

「そいつがこの宿にいるってことか」

「ああ」


 なるほど、俺の使った魔法が原因でバレたのか。


「悪魔の力を持つ奴は魔力が汚れてるからな。ここまで早く特定してくるとは思わなかったが、それほど全力で探しに来てるってことだな」

「なるべく魔力を使わずに移動した方がよさそうだな」


 魔力を使わずに移動ってなると、ひたすら走るしかないか。


「見た目も都度変えろよぉ」


 なるほど。それもそうだな。

 門の方向に歩き、途中で横道に入って影に沈む。

 今の姿ではギルドカードが使えないため影移動で外に行く。

 この魔法で街から出たのがバレるだろうが、今は出られればいい。

 街から離れた所で影から出て街道へと出る。


「さて、走るか」

「……だりぃ」  





  ****




 二日ほど走り続けて六つ目の町へと辿り着いた。

 ぶっ通しで走ったから久々に疲れたわ。

 町の外で夜になるのを待ってから木製の外壁を飛び越して中に入る。

 この時間では宿をとることは出来ないため、空き家を探して身を隠した。


「リンドウ。なんか飯ねぇか?」

「飯なぁ……」


 下した背嚢の中を漁ってみる。


「お、魔物の干し肉ならあるぜ」

「寄越せ」

「ほいよ」


 干し肉の塊をベルゼに投げ渡し、ホコリまみれの椅子へと座る。


「そういや、ベルゼって人に認識されないように魔法を使ってんだよな? それも感知されたりしないのか?」

「感知されてるかもな。だがまぁ、移動の時にゃ使ってねぇから安心しろ」


 お、ベルゼが気を使ってくれててちょっと面白い。

 ひとまず朝まで身体を休めてすぐに出発しよう。


 翌朝。

 瞑想するのをやめて背嚢とレッグポーチを身に着けて空き家を出る。

 外壁沿いを歩いて反対側の門付近まで来たところで町の見回りをしていた騎士とすれ違った。

 素知らぬ顔でいたのだが、この騎士達にも魔力感知系の魔道具を持っていたようで、すぐさま振り返って俺の方に走ってきた。


「止まれ!」


 騎士達は俺に剣先を向けて静止するよう言ってきた。


「貴様から邪な魔力を感知した。おとなしく投降すれば危害は加えない」


 そう言いながらじりじりと近寄ってくるのを背に感じ、俺はゆっくりと振り向く。


「……少年と聞いていたが、まあいい。捕らえよ!」


 抵抗しようとしない俺を見て、この分隊の隊長であろう騎士が捕縛の命を出した。

 一人が俺に剣先を向けながら近寄ってくる。

 目の前まで来たところで、心臓部分に腕を突き刺す。

 鎧を着ていたが、ただの鉄だったようで軽く突き抜けた。

 心臓を鷲掴んで引き抜く。

 人の核となる部分がなくなった騎士はよろよろ後退したのち倒れた。


「ッ!? 貴様ッ!」


 倒れた騎士を見て、他の騎士たちは警戒を強めて俺を睨んでくる。


「悪いがここで捕まるわけにゃいかないんでね」


 もたもたしていたら勇者に逃げられてしまうからな。

 手に持った心臓を口に運ぶ。


「……ぺっ! やっぱクソ不味いな」

「心臓を……ッ! やはり、貴様は魔のモノだな!! 殺せ!!」


 隊長の号令で騎士たちが俺に襲い掛かる。

 が、時すでに遅し。


「ぐくっ……!?」


 足裏を通して周辺の地面にはスライム状となった俺の一部を浸透させている。

 それらを動かして襲い来る騎士たちの足元から絡めとった。


「俺が勇者の元に行くまで放っておいてくれたら死なずにすんだのに」

「ぐッ!? ね、狙いは勇者様かッ!?」

「おう。お前らにはもう関係ないことだけどな」


 スライムの量を増やして騎士たちを覆っていく。


「あああああぁぁぁぁぁぁぁ………」


 しゅぅぅっと言う音を出しながら騎士たちを消化していく。

 うん。やっぱり不味い。


「うわ……よくそんなもん食えるよなぁ……」

「慣れだ。慣れ」

「慣れねぇよ……」


 くだらない話をしながら屋根に飛び乗り、着地した時の反動を使って外壁の外へと出る。

 ここからしばらく大きめの町はないためひたすら走った。

 途中、食料調達のために村を飲み込んだ。

 建物や植物、土や石などすべて不味い。

 元々不味いものを更に不味くするなんてアイテリオールはクソみたいな国だなほんと。

 四日ほど走り、首都目前である最後の街まで来た。

 が、今俺たちは近場にある木に登って身を隠している。

 理由は街の門前に騎士たちが大勢いるためだ。


「外壁の上にもいるな」

「迂回するか」

「お前が食い荒らせばいいんじゃねぇか?」

「あの数はちょっとなぁ。不味いし」

「慣れたんだろう?」

「考えてみろよベルゼ。わざわざクソ不味いもんを大量に食いたいと思うか?」

「……ならねぇな」

「そういうこった」

「なら仕方ねぇな」


 わかってくれたようだ。

 俺たちは木から降りて外壁に近寄らないよう迂回する。

 本当ならここで一休みと情報収集を行いたかったが、まあ首都入りしてからでもいいだろう。

 かなり大きい街らしく、時間がかかったが迂回することが出来た。

 首都側の門にも騎士たちが見張っていたようだ。

 気ぃ張り過ぎだぜ騎士さん。

 街道には出ず、森の中を首都に向けてただ走った。

 動物にすら出くわさないため、まあつまらないマラソンだな。

 途中途中でベルゼに干し肉をやりながら三日。

 視界の奥に白く巨大な壁が見え始めた。

 一切の汚れもついていない白壁。

 魔物のいないこの国であれほどの外壁が必要なのだろうか?

 三十メートルはあるだろうその白壁には、ところどころ穴が空いているようで、目を凝らすとその穴の中に二人組の騎士がいる。

 監視用の穴なのだろう。

 壁の全貌が見える場所まで来たところで身を隠して様子を窺う。

 監視穴で警戒する騎士に、門前にも十数名。

 商人の馬車や、首都に入ろうとする人々を一人ずつ検査しているように見える。

 馬車に至っては積まれた荷の中まで調べているようだ。


「さて、どうやって入るか」

「騎士どもは正直どうでもいい。問題はあの壁の方だ」


 壁?


「ここまで近づいてんのに気づかねぇのかよ」

「白すぎて逆に気色悪いとしか思わんな」

「その感覚も間違っちゃねぇな。あの壁も聖域結界になってんだ。円を描くように作られた壁自体が触媒で国境に張られた物よりも効果が強ぇ」

「国境の結界よりも強いってなるとベルゼ死ぬんじゃねーか?」

「不死身のオレ様は死なねぇ。吐くが」


 再びグロッキーになるのか。

 めんどくさいな。


「結界を解く方法はあるのか?」

「あ? 知らん」

「は?」

「知らんもんは知らん。この国に来たのオレは初めてなんだよ」

「そうかい」


 ベルゼも知らないとなると、どうするかね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る