第15話
ドラゴンを食った日から三日が経った。
町、と言うかギルドは朝から慌ただしく動いていた。
ドラゴン狩りへと向かった二十四人の冒険者の死。中堅層から上の冒険者のみで構成されていたのだがその全てが死んでいた。確認をとれたのは数人しかおらず、ほとんどがバラバラにされていたとのこと。
三日経っても誰も戻ってこないことに疑問を抱いたギルドが斥候を派遣。
派遣された斥候が見たのは赤く染まった地面と人間の一部だった残骸が転がり、その奥には心臓を抉り取られていて、魔物か何かに食われたようにボロボロになっているレッドドラゴン。
斥候はすぐにギルドへと戻ると状況を報告。
それを聞いたギルド側はすぐに動ける冒険者に声をかけてドラゴンの回収と、冒険者の残骸の弔いを起こった。
その回収にはちょうど朝食を摂っていた俺も駆り出された。
仲間の死に泣く冒険者、惨状に気持ち悪くなり嘔吐するものなど反応はそれぞれだった。
集められた冒険者の残骸を集めて、火を使える魔法使いがまとめて火をつけて弔う。その後ドラゴンを解体して、持ってきた数台の荷車に乗せ町へと戻った。
作業は昼まで続いたため、ギルドへと戻った俺は昼食を摂ることにした。
ギルド内は静まり返り、昼飯時だというのに誰も食事をしようとしない。そんな中俺は普通に肉を食う。
肉を食っていると、俺の食べている肉を見て何人かが口元を抑えて外へと出て行った。
肉に失礼だぞ。
そんな彼らを眼だけで見送り、食事を続ける。
黙々と食事を続けていると、一人の男が突然テーブルを叩き立ち上がった。
彼は怒りに染まった顔でこちらに向かってくると、俺が食べているステーキを皿ごとテーブルから落とした。
ガシャンと皿が割れ、まだ食べかけのステーキと一緒に盛られていた野菜が床へと散らばってしまう。
俺はフォークに残った肉を頬張り、咀嚼し、飲み込んでから男に視線を向けてため息を吐いた後、割れてしまった皿を一か所に集め、散らばったステーキや野菜を燃やす。
タレは食事が運ばれてきた時に一緒に来た布巾で拭いとる。
片付けが終わったところで椅子に横座りして、テーブルに右腕を置いて男を見る。
「で?」
「ッ!!」
俺の態度が気に入らないのか怒気が増し俺を射殺さんばかりに睨んでくる。
そんな彼の意図がわからず、さらにせっかくの食事を台無しにされたことによってイライラが募り、無意識でテーブルを指でトントンしてしまう。
小指、薬指、中指、人差し指と順番に、リズミカルにテーブルを叩く。
トトトトン。トトトトン。
そんな音が静まり返るギルド内に響く。
「なんか言ったらどうだ?」
足を組みなおし、左肘を背もたれにひっかけて手の甲に顎を乗せる。
トトトトン。トトトトン。
「おい」
「ッッッ!!」
何も言わない男は怒りは有頂天。
何か言おうとしていたのだろうが、怒りによって言葉が出てこないようだ。
そんな男は出てこない言葉の代わりにテーブルを叩き割る。
行き場の失った俺の右腕はストンと膝へと落ちた。
「なあ? 何がしたいんだ? こちとら飯の時間を邪魔されてイライラしてんだ。要件があるならさっさとしてくれ」
「てめぇッ!!」
俺の言葉を聞いて、男は俺の襟元を掴み上げてきた。
男の腕力により強制的に立ち上がらされた俺にガンつける男。
「仲間が死んだってのによく呑気に飯なんか食えるなテメェッ!?」
男の怒声。
唾が顔にかかる。汚ぇ。
「そりゃ腹が減ったら食うに決まってるだろうが」
腹が減ったら食う。当たり前だろ。
「ッ!!」
俺の言葉に怒りと戸惑い、それから少しの恐怖が混ざった表情をする男は、腕に力を込めて俺を投げ飛ばそうとしてきたので、おとなしく投げ飛ばされることにした。
テーブルをなぎ倒しながら俺は尻もちをつく。
横にある椅子を支えに立ち上がり、尻についたホコリをはらいのける。
「怒りを向ける相手が違うんじゃないかねぇ」
そんなことを呟きながら食堂の方にいるウェイトレスに代金を渡す。
「あ、あの、多いです」
少し怖がりながら言うウェイトレス。
「迷惑料と皿、テーブルの弁償代です」
「え、あ、ありがとうございます」
「いえいえ」
にっこりと笑いかけ、俺は冒険者たちから睨まれながらギルドを後にした。
怒りを向けるなら俺じゃなくてベルゼに向けてくれ。
そんなことを思いながらつい最近泊まっている時計塔へと向かった。
この町のシンボルでもある時計塔。
今はこの時計塔の中。大時計の内側の空間に泊まっている。
理由はちょっとした憧れ。一度こういうところで寝泊まりしてみたかったのだ。それに大時計の内側には更に上に行くための梯子があり、そこを登ってハッチを開けると見晴らし台に登ることが出来る。
見晴らし台からは町中を見渡すことが出来るため、拠点として使うことにした。
人の出入りも滅多にないしな。
さて、こっからどうするか。
王国騎士が来るまでは静かにするのが一番だろうか?
別にギルドで稼ぐ必要もないしな。
「暇そうだなぁ。リンドウ」
「ちょっとばかりめんどくさいことがあってなぁ。しばらくは大ぴらに動かないことにした」
「あぁ? つまらんなぁ。オレは自由に動くからなぁ?」
「勝手にしてくれ。暴食しまくるなよー」
「クハハ! 承諾しかねるぜ。オレは暴食の悪魔だからなぁ!」
笑い、彼は見晴らし台から飛び降りて消えた。
「さて、俺は寝るか」
たまにはゆっくり眠ってみるのもいいだろう。
食うだけが娯楽じゃない。眠るのもまた娯楽だ。
娯楽の少ないこの世界じゃすることが限られてくる。
食事、睡眠、読書、狩り、依頼、酒、セックス。他にもいろいろあるだろうが、地球の時みたいに娯楽が溢れているわけではない。
今度暇つぶしように本でも探してみるか。そうだ、酒も試してみよう。
こっちの世界なら成人年齢も低いだろうしな。
そんなことを考えながら眠りについた。
***
あれから何日が経っただろうか。
見晴らし台から見える町の外にかなりの規模の騎士たちがこちらに来るのが見えた。
ああ、やっとか。
「リンドウ! めっちゃいい魔力が近づいてきてるぜ!」
騎士たちが門を通るのを見ていると、いつの間にか見晴らし台の屋根の上にいたベルゼは、屋根から覗き込みながらそう言った。
「ああ。勇者の引き取りに来たんだろうな」
「そうかぁ。いやぁ、美味そうだなぁ」
覗くのをやめたベルゼだが、上からはダラダラと涎が降ってくる。
「汚ぇ!」
「クハ! すまねぇ!」
上からじゅるりと音が鳴り涎の雨は止まる。
「食おうぜー。なぁ、食いに行こうぜー」
「落ち着けよ。あの中に勇者がいないかの確認もしたいから食うならグランダルに移動してからだ」
「ああ? そんなに待たされるのかよー。オレは犬じゃねぇぞ」
「待て」
「おい」
そんなくだらないやり取りをしたあと、俺たちは見晴らし台から降りる。
降りた後、人の気配のない路地に行って姿を変える。
今回は四十代くらいのおっさん冒険者風だ。
食った奴や見たことある冒険者を混ぜ合わせて作られた渋めのおっさん。
身長も合わせて少し高くした。
服装も見た目に合うようにアレンジ。俺の魔力を知ってるやつ出ない限り竜胆零士だとは気づかれることはないだろう。
「ククク。燕尾服が似合いそうな見た目だな」
「お前とペアルックとかごめんだな」
「クハハ!」
準備も出来たので霧崎たちが保護されている教会へと向かう。
教会の前ではすでに三十人くらいの騎士と見たことのある顔が五人いた。
そいつらは漆島グループと仲の良かった男女混合の五人組。
彼らは教会へと入って行く。
さすがについて行くのは無理なので見物客に紛れて待つことに。
しばらくして、勇者たち五人は俯き、沈んだ表情で教会から出てきた。
その後、騎士たちが教会に入って行くと棺を持って近くに停めてあった馬車に運びこぶと、勇者たちも乗り込みグランダル方面の門へと馬車を走らす。
それを確認した俺はその場から去り馬車を追うことにした。
馬車と騎士は東門を抜けていくのを見てから少し時間をおき、元の姿に戻ってから東門を出る。
再びさっきのおっさんに姿を変えて、ぎりぎり目視できる距離を保ちながら飛んでいく。
騎士も勇者たちも気づいた様子はなく、馬車は静かに街道を進む。
このペースで進むとなると今日は野宿になりそうだな。
静かに進んでいく馬車を追っていると日が沈み始めた。
それに合わせて馬車は停車し、周りを守護していた騎士たちは野宿の準備を開始する。
それを上空から眺めつつ背嚢から干し肉を取り出し、空中で胡坐をかきながらベルゼと二人でむさぼった。
夜も更け、最低限の焚火の明かりが眼下を照らし、見張りの騎士数人を残して眠りについている。
「なぁ、食わないのか?」
暇なのかベルゼはナッツ類を空中浮かべ、それを飛びながらキャッチをするという遊びをしながら聞いてくる。
「ここで騎士の一人でも食ってみろ。騒ぎになるだろうが。それに我慢すればグランダルで馳走が待ってるんだぞ?」
「……はぁ」
あからさまに残念がるベルゼ。
目を瞑って瞑想をして魔力回復をしながら彼らが動くのを待つ。
ふと、魔力を練り練りしていると、とてつもなく大きな魔力の塊が近くに出現したのを感じた。
目を開けてそちらを見る。
どうやら森の中に出現したらしく視界に捉える事は出来なかったが、その魔力の塊は馬車の方へと近づいてきているようだ。
馬車の方を見ると、さすがに気が付いたのか勇者たち五人が馬車から降りて騎士たちに声をかけている。
十人の騎士を残してすぐに動き出す馬車。
残った勇者五人と騎士十人は、魔力の方を警戒し抜剣していた。
少しして、魔力の持ち主は姿を現す。
服の上からでもわかる引き締まった肉体。赤黒い片翼。側頭部から前方へと延びる角。そして右手に持たれた黒く禍々しい剣。
「魔族だな」
「へぇ、あれが」
イメージ通りの容姿をしていたので魔族と言うのはわかっていたが、魔力量が尋常じゃない。
魔力感知に疎い俺ですら気づくほどの量だ。
何か会話をしているようだが、正直興味がないのでぼけーっと眺める。
戦闘が始まる。
最初に狙われたのは十人の騎士。闇属性の魔力で形成された槍が一瞬で十人の騎士の命を屠る。
夜と闇属性の相性いいな。欲しい。
そんなことを思うくらいには退屈な戦いだ。
騎士たちの死で激昂した勇者たちのラッシュ。笑いながらそれを受け流す魔族。
魔法と近接を駆使した勇者たちに対して、魔族はその強大な魔力を使わず全て禍々しい剣のみで対処しているようだ。
ちょっと俺の厨二心が疼いたので自身の手で剣を再現してみた。
「おお、かっけぇ」
「そうか?」
「おう」
「そうか」
角を模したナックルガード。
両刃で全体が黒く、刀身の真ん中に赤い目のような物があり、それを中心にして刃全体に伸びる血管のような物。厨二で好き。
それが自分の手首から先にあるってのが更に好き。
ナックルガードの部分まで消し、手首から先を刀身にする。
両手に作ったらもっとかっこいいのでは?
そう思い左手も剣にする。
「あはは!」
なんかこう言う敵キャラいそうだな。
「楽しそうで何よりだが、戦いが終わるみたいだぞ」
「……ほんとだ」
ベルゼの指摘で下を見ると、膝をつく勇者五人に魔族が禍々しい剣を鞘にしまいながら何か言っているところだった。
「強制負けイベントか」
「あ?」
「勇者たちに魔族の強さを示すだけのために来たんだろうよ。ほら、次は負けないとか言ってるだろ?」
「ああ。魔族も次は殺すとか言ってるな」
王道ファンタジーあるあるの負けイベ。
これを糧に勇者たちは己の弱さを痛感し、さらに強くなることを誓う。そんなストーリーになるのだろう。
笑いながら森の中に去っていく魔族を見下ろしながらそんなことを思う。
「よし」
「お? 食うのか? 食うのか?」
「ああ、魔族を」
「魔族かよ!」
「だって闇属性欲しいし」
「まぁたお預けかよぉ! 少しだけ! 味見だけ!」
「うるせぇ」
味見で丸ごと食うだろうがテメェ。
お預けを食らったベルゼは魂が抜けたように手足をだらんとさせて空中に仰向けになって静かになった。
そんな彼を放置して、魔力を隠ぺいした魔族の元へと向かう。
魔族は出現した位置に向かっているようで、完全に魔力と気配を隠蔽した俺に気付くことなく森の中を歩いている。
そんな彼の後ろに着地する。
「魔王様の指示で勇者を見に来たわけだが、弱すぎて話にならんなあいつら」
なんか一人でぶつぶつ言っている。
「勇者だから楽しめるとおもったんだがなぁ」
残念がる魔族の男。
その真後ろをついて行く俺。
出現位置まで来ると、そこには大きな亀裂があった。
その亀裂は空中に出来ているようで、後ろに回ってみても同じく亀裂。反対側にいるであろう魔族はみえない。ポータルみたいなものだろうか?
再び魔族の後ろに回る。
「……だがま、素質はあった。次が楽しみ――だ?」
にやりと笑い勇者たちがいたほう、つまり俺の方に振り向く魔族。
そんな彼の心臓一突き。
唐突に現れた俺への驚きと、胸にかかる衝撃で最後の言葉は疑問形となった。
「残念だが次はない」
そう言って掴んだ心臓を抉り取る。
「カハッ!? お、お前は……?」
「おお! 心臓を抉ったのに凄い生命力だな」
「こ、答えろ……!」
「答える義理はないな」
自分の口を大口に変えて心臓を放り込んで咀嚼。
魔力量だけあって美味だ。
少しだが苦みがあってそれがまたいいアクセントになっている。
「ッ!」
そんな俺を見て後ろに飛びポータルに飛び込もうとする魔族。
「いやいや逃がさないから」
瞬時に腕を巨狼に変えて頭から肩口まで噛みつき阻止。
腕を上に向けて咀嚼しながら口の奥へと引きずり込んでいく。
「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ッ!!!!???」
割れんばかりの断末魔が静かな夜に響き渡った。
足の先まで飲みこんだところで、魔族の魔力で維持していたポータルが消える。それを確認した俺はベルゼの元へと戻ることにした。
戻ると未だに魂の抜けたようなベルゼがぷかぷかと浮かんでいるので、足を掴んで移動を始めた勇者たちについて行く。
少し進んだところで待っていた馬車と合流した勇者たちは騎士に回復魔法をかけられながら悔しさに顔を歪めていた。
脅威も去ったということで今の場所で再び野宿するみたいだが、先ほどの負けイベの悔しさとアドレナリンにより眠れない勇者たちが見張りをするようだ。
何か話しているようだが、俺はまったく興味がないため手に入れた闇属性で遊ぶことにした。
早朝に動き出すまでの暇つぶしだな。
「…………」
ちなみにベルゼは未だに魂が抜けたままだ。
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