第13話

 翌日、俺はグランダルから出て隣町のギルドに来ている。

 風の魔法で浮遊の練習をしながらだったため、予想より時間がかかり現在は夕方だ。

 浮遊の魔法は会得できたので良しとしよう。

 この町のギルドはグランダルよりも小さいがしっかりとした作りで、食堂のご飯も美味い。ベルゼは町に来て早々どっかに行ったので、彼も彼で食事をしに行ったのだろう。

 人間や魔物はとても美味だが、やはり人間でもある俺としては調理された食事も好きで、依頼やダンジョン攻略していないときはこうして食堂や食事処で食事をしている。

 ギルドでの食事は情報収集も出来るしちょうどいい。

 領域で食った犬からは身体能力、嗅覚の他に聴覚も強化されたため、ただギルドにいるだけで他の冒険者たちの会話を盗み聞くことが出来る。

 今は勇者関連の話をしている冒険者がいないか一組ずつ意識を向けて聞き耳を立てている。

 ほとんどが勇者アイカの死の話題だ。勇者一人の死でここまで話題になるということは、それほど勇者の力に期待されているのだろう。

 そんな中気になる話題が一つ。イリ達の話題だ。

 勇者アイカのパーティーであったイリ達が三日経ったと言うのにダンジョンから戻っていないと言う。

 ダンジョン攻略の途中で命の落としたのではないかと言う噂が立ち始めているらしい。まだ三日だから手こずってるだけかもしれないとも言われているとのこと。

 気づかれたということは近々大きな話題になるのではないだろうか?

 服とかも燃やしてあるから証拠が見つかることはないため問題はないがな。

 他に気になる話題がないか集中していると、ギルドの扉が勢いよく開かれる。そちらに視線を送ると怒りに満ちた形相を浮かべる槍を背負った茶髪の女の子と、泣きそうな顔をしているメイスを腰に下げた黒髪の女の子、無表情だが哀愁を帯びた雰囲気の杖を持った女の子の三人がいた。


「これはミナ様、リカ様、マナミ様! ようこそフィルの町ギルドへ!」


 そんな彼女らに気付いた上等な服で身を飾った男が歓迎するように近づいていく。


「歓迎なんかいらないわ! アイカのいる街はここからどれくらいなの!?」


 茶髪の女の子――霧崎美奈は声を荒げながら男に詰め寄る。


「あ、アイカ様はここから一日行ったところにあるグランダルにいらっしゃいますよ。今は衛兵が守護していると聞いています」


 霧崎の勢いに冷や汗をかきながらも彼女たちに漆島のことを教える男。


「落ち着いて美奈。情報ありがとう。今日はこの町に泊まるつもりなのだけど、どこか良い宿を紹介してくれる?」


 無表情の女の子――鳴島真奈美なきじままなみは男に言う。


「わかりました。手配しますので、応接間へどうぞ」


 そう答える男は彼女たちをギルドの奥へと招き、彼女たちもそれに頷きついて行く。

 そんな彼女らを見るのをやめて食事を続ける。

 いればいい程度に思っていたが、まさか向こうから来てくれるとは思ってなかった。上がりそうになる口角を必死に抑えて切った肉をフォークで刺して口に運ぶ。

 これだったら待っていても明後日にはグランダルに来ていたのかもしれないが、この町に来てくれたのなら都合がいい。グランダルは今警戒されているからな。勇者なんかが来たら警備や護衛のせいで容易に近づくことは出来ないだろう。

 ならこちらの方がマシだ。警戒されようとも、町の規模からして兵士や冒険者の数も少ないため容易に無力化できる。

 俺は食事を終えてギルドを後にした。


 霧崎たちがギルドから出てくるのを建物の上から待ち、何人かの冒険者とさきほど対応していた男ともにギルドから出てきたのを確認し、屋根伝いに彼女たちを追う。

 特に警戒されているわけでもないようで、追跡に気付く様子はない。

 しばらく追っていると、グランダル方面の出入り口からすぐのところにある宿屋に入って行った。屯所も近くにあるため警備のしやすさを考えて選ばれたのだろう。

 場所を確認した俺は今いる屋根に寝転がり夜を待つことにした。


 日が落ち、星が空を覆いつくし始めたころ、俺が寝転がっている屋根へと音もなくベルゼが現れた。


「漆島だっけか? の仲間がここにきてるらしいじゃねぇか」

「おかえり。あの宿に泊まってる」


 そう言って寝転がったまま霧崎たちが入って行った宿を指さす。


「ほう? 入り口に兵士がいるみたいだな」

「ああ。漆島が死んでるから警戒しているんだろうな。あと五人くらい近くに冒険者が潜んでる」

「いつ襲うんだ?」

「また真夜中だ」

「真夜中ねぇ」

「やるとしたら最初に外の冒険者と兵士からだな」

「冒険者なら今からやっちまってもいいんじゃないか?」

「彼らも兵士と同じで定期的に交代してるからな。夜中の交代に合わせてそいつらも殺る」

「ほう。ならオレはもう少し食い歩いてくるぜ」

「証拠は残すなよ?」

「任せとけって」


 そう言ってベルゼは屋根から飛び降りていった。

 明日には大量の行方不明者が出てそうだな。

 俺はそう思いながら目を閉じる。



 

    ***




 数時間が経ち、周りの家々から明かりが消えたころ。

 月明かりがあたりを照らす中俺は立ち上がる。

 下を見ると扉の前にいた兵士が屯所から来た別の兵士と交代をしていた。

 このタイミングで周りの冒険者も交代をするのは確認済みである。気配を探り、兵士や冒険者が交代をし終え戻って行ったのを確認したあと、今いる家の裏手に下りる。


「ベルゼ。冒険者は食っていいぞ」

「ククク。魔法使いの匂いがしないから気は乗らないが、まあ腹は減ってきたところだしなぁ」


 ベルゼは建物の影から小さな笑い声をあげ、俺の言葉に了承する。

 気配もなくなったので食いに行ったのだろう。

 確認した俺は一番近いところにいる冒険者の一人へと向かう。


「ったく。なんで俺らより強い勇者を守らなきゃならねぇんだか」


 建物の壁に寄りかかり、宿屋の方に視線を送りボヤいているガタイのいい冒険者。

 そんな彼の横まで行って声をかける。


「ならそんな依頼受けなきゃよかったんじゃないか?」

「なッ――!?」


 いきなり現れた俺に驚き、腰にある剣を引き抜こうとする。

 対して俺は声をあげられる前に手で口を塞ぎ、剣に変えた手で首を斬る。斬ると同時に炎の魔法を剣状の手から放ち切り口を焼く。これにより血しぶきが上がらずに済む。

 あたりに美味しそうな肉の焼けた匂いが漂なか、コロンと落ちそうになる頭をキャッチして静かに冒険者の身体を地面におろし、その上に頭を置く。

 静かな夜のため地面への落下音でもかなり響くためだ。

 焼けた肉の匂いで涎がたれそうになるが、口を閉じて唾液を飲み込んで耐える。

 魔力も少なそうなやつを食ってもしょうがないしな。

 俺側にいる冒険者はあと一人、そいつの所に向かって心臓を抉り取りながら傷口を焼く。

 声を上げられそうになったがすぐに喉を焼き切って声帯を奪う。

 えぐり取る時に心臓の表面も焼けてしまい凄いいい匂いで鼻腔をくすぐられてしまう。

 まあ食うよな。

 そこそこ魔力を持っていたのかちょっと美味かった。

 口端についた血を親指で拭い取り、自分の気配を薄くするのを意識したあと認識疎外を全身にかける。


「夜勤は眠くて敵わんなぁ……」

「そう言うなよ。夜勤のが給金高いんだから」

「まあな。にしてもここまで警戒するほどなのかよ?」

「グランダルで勇者殺しがあったからな。念のためだろうさ」

「大げさすぎる気もするが」

「金さえもらえればいいだろ」

「まあな」


 勤務中に私語とはな。警戒心のかけらもない。

 そんな彼らの前まで行く。


「ん? なんだ?」


 片方が目をこすりながら俺を見る。

 今の俺は見えるが認識できないという摩訶不思議な状態になっていため、脳が混乱をおこしてるのだろう。


「なあ、そこに何か見えるか?」

「いや? 寝ぼけてんのか?」


 こっちは見えてないのか。

 俺は二人の間に行き両腕で二人の心臓を抉る。


「あが――!?」

「ぅあ――?」


 何が起こったのかわからないまま彼らは地面に倒れる。

 両手に握られた心臓を手のひらの内側に口を生成して食い、宿屋のカギを壊して中へ。


「……あ」


 そう言えば部屋の場所把握してなかったな。

 受付カウンターの内側に入って名簿を探す。おそらく霧崎が代表として名前を残しているだろう。

 名簿を見つけ、その中から霧崎の名前を探す。


「二〇一か」


 名簿を戻し二階へ。

 二〇一の扉の鍵を壊して中へと入る。


「”ウィンドカッター”」


 入った瞬間風の刃が俺を襲う。

 それを屈んで避けて飛んできた方を見ようとしたが、続いて横から槍が突き出されたので右手を剣に変えて弾く。


「”ウッドバインド”!」


 その声が響いたあと床がうねり、俺を拘束するように足と腕と胴に絡みついてきた。


「誰」


 そう聞いてきたのは無表情少女の鳴島。


「ひでぇな。俺の顔を忘れたのか?」


 うねった足元を見ていた顔を鳴島の方へ向ける。


「ッ!? 竜胆……ッ!?」


 鳴島は俺の顔を見て驚く。


「竜胆だって!?」

「竜胆は死んだはずじゃ?」


 鳴島の言葉に他の二人も反応する。


「ああ、おかげで死にかけたさ」


 縛られた部位を口に変えて食いちぎっていく。

 口に広がるよくわからない味。


「ひっ!?」


 腕や足に口が出来ているのを見て三人のうちの誰かから小さな悲鳴がこぼれる。


「なんだよ? 人の顔見て怯えるなんて酷いじゃないか」


 怯える彼女たちの顔が面白くてついて口角が上がってしまい。見えてはいないが身体に生成された口も全部笑みを浮かべてるのだろう。


「ッ! はあああッ!!」


 怯えから一転鋭い眼光を俺に向けた霧崎は得物である槍を振り下ろしてきた。

 それを手のひらに口を作って槍先を噛みついて受け止める。


「元クラスメイトに対して本気の殺気を向けるってどういう事だよ」


 槍先の刃を食い壊す。

 鉄の味が広がるのを感じ、手のひらからはガリガリと刃を咀嚼する音が響く。


「なんなのよ!? 死にぞこないが今更なによ!?」

「おいおいおい。死にぞこないなんて酷すぎないか? お前らのために生贄になったっていうのによぉ」


 握った槍をガタガタと震わせながらもこちらに欠けた刃先を向ける霧崎。

 怒りと恐怖が入り混じり、俺を睨みつけながらもその目じりには涙が浮かんでいた。


「き、君がおとなしく生贄にならなかったから私たちは神器が授けられなかった」


 そういうのは鳴島。


「それ、漆島にも言われたな」

「っ!? 愛花ちゃんにも会ったの!? 会ったのになんで助けてあげなかったの!!」


 漆島の名前を出すと、今まで怯えて声も出していなかった皆見里香みなみりかが涙を浮かべながら訴えかけてくる。


「助ける? なぜ? どうして? なんで俺が漆島を助けにゃならんのさ」


 そう言いながら一歩足を踏み出す。


「”ブラスト”」


 踏み出した瞬間風の塊が俺の腹に直撃する。が、腹に大口を生成してそれを食らったため無傷だ。


「んー、美味いが魔力濃度をもう少し上げて貰いたいところだな」


 魔力の塊を食ったのは初めてだが、これはこれでいいもんだな。今度魔法を使う魔物や魔法使いにあったらわざと攻撃を食らってみるとしよう。


「ああ、そうだ。なんで漆島を助けなかっただかだな? 殺したのは俺だ。だから助けるも何もない。狙ってやったし、漆島の仲間も食った。いやあ、彼女たちはとても美味かったよ。特に漆島は格別だった」


 漆島の――勇者の味を思い出して思わず笑みを浮かべてしまった。


「……化け物」


 呟くような小さな言葉を鳴島が漏らす。


「化け物! ああ、誉め言葉をありがとう鳴島。お前ら勇者のために俺は化け物になったんんだ。喜んでくれよ」


 自分でもわかる。

 今俺はとても醜悪な笑みを浮かべていることだろう。全身で。


「ぅぅ……」


 恐怖によって皆見は腰を抜かしてしまったようだ。


「喜んでくれないのか。残念だがしょうがない」


 右手を霧崎の方に向け、形状を巨大な狼の頭へと変形させる。

 唸り声を上げる狼の頭は霧崎へと襲い掛かった。


「ッ!?」


 槍で払おうとする霧崎だったが、狼は大口を開けて槍をそのまま飲み込み腕まで食らう。


「ああああッ!?!?」


 狼は口の中の物を数回咀嚼して飲み込むと、悲鳴を上げている霧崎を頭から胴まで口に含み噛みちぎった。

 制御を失った下半身がよろよろと揺れ動き壁の方へと倒れこんだ。

 全身に勇者の力が満ち溢れる。とても心地がいい。

 そして何よりも美味い。やはり人によって味が違う。霧崎は例えるならなんだろうか。いや、例えられるものが見つからないが漆島とは風味が違う。だが、体に満ちる幸福感は同等だ。


 咀嚼咀嚼咀嚼咀嚼咀嚼咀嚼咀嚼。


 噛めば噛むほどうま味が広がる。幸福感が身体を包む。

 ああ、飲み込んでしまった……。

 残念に思ったが、まだ二人もいるじゃないか。

 幸福感に閉じていた瞼を開けて鳴島と皆見に視界に収める。


「なんで……なんで……」

「開いて、開いてよ……!!」


 下半身だけとなった霧崎を見つめて涙を流す皆見。

 必死になって窓を破ろうとする鳴島。


「なんで? むしろこっちが聞きたいぜ。なんで俺を見殺しにした? なんで黙って――いや、お前たちは笑ってたな? はっきりと覚えてるぜ? そう、そうだ、そうだよ。だれも助けようとしてくれなかったじゃないか。なのに自分たちは死にそうになったら泣くのか? お友達が死んだら泣くのか? ふざけんなよ。俺だって死にたくなかったさ。だから抗った。死から抗ったんだよ」

「でも、生きてたからいいじゃない! 私たちを殺す必要なんてないじゃないの!」


 俺の話に窓を破ろうとしていた鳴島は振り向いて抗議してきた。


「ああ。生きてたからいいさ。おかげでお前らを殺すチャンスが生まれたんだから! 俺は、お前ら全員を殺すまで死ぬつもりはない。あの時、生贄の儀式のときに誓ったからな」

「だからって友達を……!」

「うるせぇッ!!」


 グダグダグダと抗議しようとする鳴島にイラつき、接近して顔面を殴ってしまった。

 怒りに任せた一撃は予想外の威力があったのか、鳴島の頭は弾けてしまったようだ。

 静かになった室内は皆見の嗚咽と血しぶきの音、そして血なまぐささが漂っている。


「友達だと思ってた奴らに裏切られた気持ちはわかったか? いや、わからないよな」

「や、やめ、やめて……」


 涙と鼻水でぐちゃぐちゃな皆見は命乞いをしてくる。


「やーだ」

「いや――」


 彼女の胸に手を突き刺して心臓を握り、手のひらの口で咀嚼した。

 食い終わり手を引き抜くと、ベッドを背にぐったりとする彼女の眼からは涙が零れ落ちる。


「胸糞わりぃ……」


 せっかくの美味なのに最悪な気分だ。

 俺は頭が弾け飛んだ鳴島からも心臓を取り出して宿屋を後にする。


「終わったのか?」


 宿の屋根に登り月を眺めているとベルゼがやってきた。


「ああ」

「不機嫌そうだなぁ? お、それは勇者の心臓か?」

「ああ。風の魔力だからお前でも食えるだろ?」


 そう言って心臓を投げ渡す。


「クハハ! ありがてぇぜ」


 受け取ったベルゼは楽しそうに笑い礼を言うと「んめええええええ!!!!」と月へと叫んだ。

 そんな彼が面白く、俺は笑みを浮かべて屋根へと寝転がる。


「いい月だ」

「んめええええええ!!!!」


 ベルゼの咆哮がなければもっと綺麗な月だっただろうな。


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