第10話
階段の先には地底湖があり、円形状に広がったその地底湖の真ん中には島があった。そこに続くように一本の道が続いている。
静寂に包まれている地底湖の道を歩き、真ん中にある島へとたどり着いた。
「ボスはどこだ?」
「警戒してリンド。もう、水の中にいるわよ」
イリに言われ、周りを警戒する。
その時、静寂を破るように地底湖の水面を裂くようにして巨大な黒いサメが襲い掛かってきた。デビルシャーク。黒く硬い竜のような鱗で身を包むその身体には赤い線が頭から尾にかけて走っており、目は赤く光っていた。
デビルの名に相応しい見た目と言えよう。後方で腕組んで浮かんでる蠅とは大違いだ。
俺は襲い掛かってきたデビルシャークを手に持つ剣で下から切り上げて軌道を変える。剣を触れてわかったが、デビルシャークの鱗はとても硬いようだ。
「防御は任せろ。剣は通りそうにないから魔法でどうにか頼むぞ」
「任せなさい!」
その返答を聞いて、警戒を続ける。
こっちは陸で向こうは水中。どこから襲い掛かってくるかわからないため、警戒を緩めたら負けだろう。
「来ますよ!」
リーナが言った直後右から飛び上がってきた。
狙いはシェリー。俺はシェリーの前に移動し、剣を盾にしてデビルシャークの攻撃を防ぐ。
大口を開けて勢いよく飛んできたデビルシャークの突進を受け止めたため、少し後ろに下がってしまうが、シェリーへのダメージは無いようだ。
「シェリー! 口の中に!」
イリの言葉にハッとなるシェリーは、瞬時に魔力を高めて詠唱を開始。
「”フレイムボム”!!」
数秒で紡がれた詠唱後、炎の塊がデビルシャークの大口の中に放り込まれた。
入ったのを確認した俺は、下顎を蹴り上げて強制的に口を閉じさせる。直後、閉じられたデビルシャークの口内が爆発する。
「キシャアアアアアッ!?」
口から煙を吐き出しながら叫び声をあげたデビルシャークは、勢いよく反転して尾で俺を弾くと水中へと戻った。
「リンド!?」
イリの叫びに近い声が聞こえた。
「無傷だ」
「何でよ!」
なんでよと言われても無傷なのは変わらない。
「もういっちょ来るぞ」
彼女たちの前で構えなおす。
が、飛んできたデビルシャークは襲ってくるようなことはなく、身体中の赤い線を脈動させる。それは心臓のようにドクンドクンと大きなを音を立てている。
「これは!? シェリー! リーナ! 魔法を叩き込んでッ!!」
それを見たイリは慌てたように二人へ指示と魔法威力向上の魔法を飛ばす。
何をそんなに慌てているのかはわからないが、指示に従った二人の魔法がデビルシャークに襲い掛かる。炎と風は相性がいいらしく二つの魔法を混ざり合うと、炎の強さが増し火の竜巻と姿を変えた。少し離れている俺の方にまで熱波が届くほどだ。
「これでどう!?」
と、シェリー。
普通の魔物であれば今ので倒すことが出来るだろう。だが、ボスであるデビルシャークはどうだろうか?
未だにゴウゴウと燃え盛る炎の竜巻に変化が生じる。
竜巻が内側から膨れ上がり、弾けた。
キラキラを舞う火の粉の中、背から蝙蝠のような翼が生え、胸ビレがあった場所からは太く逞しい腕が生えている。尾だった部分は二股に裂けこれまた逞しく人のような足となっていた。
頭の部分は変わらずサメのままだ。
言うなればサメ人間。
「こうなる前に倒したかったのに……ッ!!」
「仕方がありません!」
「陸に出てきてくれてラッキーって思わなきゃね!」
ポジティブだこと。
「キシャアアアアア!!!」
咆哮をあげるデビルシャーク。
地面を叩き、一番近くにいたリーナへと遅いかかる。
「おっと」
悪いが、俺の獲物なんでな。
デビルシャークの拳を剣の腹で受け止める。
「……ああ」
が、デビルシャークの力に耐えきれず、剣は受け止めたところ中心に折れてしまった。
「リンド!?」
襲い来る拳だったが、不可視の壁により防がれる。
それを確認した俺はすぐにその場から退く。すると、不可視の壁は解除されたようで、デビルシャークの拳が床へとめり込んだ。
「リンド、大丈夫ですか!?」
「ああ。助かった」
どうやら不可視の壁を張ってくれたのはリーナのようだ。
「折れちゃったけどどうするの!?」
と、シェリー。
そもそも剣自体使い慣れていないものだったためそこまで気にするようなことでもないな。安物だし。
「こっちのが得意だから問題ない」
そう言って握った拳をシェリーに見せる。
「そうなの!?」
「ああ。だから、こっからは俺がメインで戦う。支援は任せたぞ」
剣を握りすぎて疲れてしまった手をフルフル振って、再びデビルシャークの前へ。
歩きから走りに変え、助走をつけて前へ飛ぶ。
「剣を折ってくれたお返しだ」
その勢いのままデビルシャークの脳天へ拳を叩きつける。
「キッ!?」
デビルシャークは予想外の威力に床へと顔をめり込ませてしまう。
が、一撃で沈めることはできなかったらしく、すぐに顔を持ち上げる。直後、横から先の尖った水の塊が俺を襲う。
「”ウィンドウォール”!」
水の塊はリーナの使った不可視の壁――風で作られた壁に阻まれ霧散する。
「キシャシャシャシャ!」
不気味な声で笑うデビルシャークは手に水を纏わせて剣へと形成した。
水の剣を俺へと振り下ろす。それを横から叩いて軌道を変え、股下へスライディングして背後へ回る。その時に右手で足を掴み、立ち上がる時に持ち上げてコケさせる。
「”プチメテオ”!!」
倒れたデビルシャークの真上に赤い魔法陣が出現。
シェリーの言ったワードと魔法陣の大きさに嫌な予感がしたため、慌てて水の中へ退避。
魔法陣から魔法が放たれたのか、水中にいるにも関わらず凄まじい衝撃と音が聞こえた。
「……ふぅ」
水中から顔出して一息。
陸へと這い上がると、デビルシャークと俺がいた場所は大きくえぐられており、その中心にはプスプスと煙を立てて倒れ伏しているデビルシャークがいた。
ピクリとも動かず、生きてた時のような馬鹿デカい気配も消えてるため、死んでるとみていいだろう。
「「「や、やったああああああ!!!!」」」
俺が死体の確認をしていると、歓喜の声が響いた。
そちらに向けると、喜んでハイタッチしてる三人。とても嬉しそうだ。
楽しそうに、血まみれになりながらも解体をしている三人を抉られた穴の淵から見下ろす。
しばらくその光景を見ていると、解体が終わったらしくリーナが先頭で登ってきた。
「あ、リンド! 解体おわり――」
「すまんな」
笑顔で伝えてきたリーナに笑顔を返して胸へ手を突き刺してえぐり取る。
「な……んで…ッ!?」
驚愕の表情で俺を見るリーナはゆっくりと後ろへと倒れていく。
「きゃっ!」
「リーナ!?」
後ろにいた二人は倒れてきたリーナに巻き込まれ、デビルシャークの方まで転がっていった。
「いたた……。リーナ一体どうし……え?」
「びっくりしちゃったよー! あれ、イリ? どうしたの?」
イリはリーナの下敷きになり、起こそうとしたところでリーナから血が出ていることに気が付き呆然とする。シェリーはそんなイリを見て不思議そうにする。
「リーナ!? リーナどうしたの!?」
イリは一向に起き上がろうとしないリーナに慌てて揺する。
「え、何? え、リーナ!?」
その慌てふためくイリに近づいたシェリーは、リーナを横から押してイリからおろす。
「そんな……!?」
仰向けになったリーナを見てシェリーは驚き、口元を両手で覆う。
「リーナ! リーナ!! しっかりしてよ……っ!」
胸にぽっかり穴の開いたリーナを揺するイリ。
そんな彼女たちの元へゆっくりと歩み寄る。
「リンド!! なんでこんな……ッ!?」
近づいてきた俺に気が付き罵声を浴びせようとして、俺が心臓を口に運んでいるのを見て絶句する。
「……化け物」
シェリーはそんな俺を見て涙を流しながら俺を睨む。
「そんな睨まなくてもいいじゃねぇか」
半分食った心臓を後ろに放り投げて笑みを向ける。
「なんで……! 一緒に戦ってくれたのになんでよ……ッ!?」
リーナを抱きしめながら怒りを向けてくるイリ。
「なんで? そもそも見ず知らずの男を信じすぎじゃないか? お兄さん心配になっちまったよ」
やれやれと首をわざとらしく振る。
「でも!」
「一緒に戦えて楽しかったか? 俺は初めてパーティーを組んで楽しかったぜ?」
「ならなんで……!?」
「食事のためさ」
「食事……?」
俺の言葉が理解できないようで、イリは睨みながらも不思議そうな顔をする。
「ああ、食事だ」
肯定しながら歩み寄る。
「こっちに来ないで!」
そんな俺にシェリーは杖を向ける。
「嫌だね。せっかくのご馳走なんだ。食べなきゃもったいない」
袖で口を拭う。
先ほど食べた心臓により、袖口に血が付くがどうでもいい。
「こないでって言ってるじゃんッ! ”ファイアーボール”!」
歩みを止めない俺へと火球が直撃する。
砂塵が舞い上がり視界を塞いでしまった。
「酷いな。一緒に戦った仲間だろ?」
「ひっ……!?」
直撃してすぐにシェリーの後ろへと回った俺は、彼女の肩に優しく手を添えながら言葉をかける。
ビクッと体を震わせ、ゆっくりと振り向く彼女の眼からは涙があふれ出ていた。
「シェリーに触らないで!!」
「おっと」
短剣で俺へと攻撃してきたイリ。
俺は後ろに重心をずらして避け、短剣を持った彼女の手を掴んで持ち上げる。
「びっくりしたわ。仲間に刃物も向けるなよ」
「アンタなんか仲間じゃないわ!!」
キッと睨みつけてくるイリ。
「そうか。そりゃ残念だ」
「ぅあ……っ!?」
ニッと笑って彼女の心臓を抉る。
彼女を離すと、力なく倒れこんでしまう。
そんな彼女を見下ろしながら俺は手に持った心臓を齧る。
「うめぇええええ!」
口に含んですぐ、あまりの美味さに思わず声が出てしまった。
魔力が身体に満たされるような感覚。弾けるようなうま味。今まで味わったことのない感覚が俺を襲う。
リーナも美味かったのだが、ここまでの感動はなかった。
「おい! ベルゼも食うか!?」
「いらん。光属性は苦手なんだ」
「そうかよ。もったいない」
もしゃもしゃと咀嚼が止まらない。
ふと、シェリーに視線を向けると、彼女は端っこの方まで逃げており、必死に斜面を登ろうとしては足を滑らせていた。
イリの心臓を最後の一滴まで味わい、手についた血をポーチから取り出したハンカチで拭い取ってその辺に捨てる。
未だ必死に登ろうとしているシェリーへと向かう。
静かに近づいていたが、途中で砂利を踏んでしまい音が出てしまった。
「ひぃっ!?」
彼女はその音に気付き、怯えてこちらに振り向く。
「やだやだやだ! こないでぇっ…!」
絶えずあふれ出る涙。
ズボンが濡れてしまっているのは出過ぎた涙かそれとも……。
そんな彼女の前まで来た俺は、屈んで彼女と視線を合わせる。
「一緒にダンジョン攻略出来て楽しかったぜ?」
優しく微笑んで手を突き刺した。
「ひぁ……ゃ……だぁ……ッ」
突き刺した俺の腕を掴むも、心臓を千切り取ったところで力が抜け落ちていった。
俺は立ち上がり、涙を流しながら力なく倒れる彼女を見下ろす。
「いい経験になったよ」
心臓を齧りながらいう。
炎の魔力が全身に行き届く。身体が内から熱くなる。そして何よりも美味い。
が、イリのを食べたときに比べて感動が薄いのは何故だろう。
「ほれベルゼ」
「サンキュー」
半分食った心臓をベルゼに投げ渡してイリの亡骸へと向かう。
「なあ、ベルゼ」
「なんだ? ってうわぁ……。よく光の属性持ちなんか食えんな」
イリの引きちぎった腕を食う俺にベルゼが顔を顰めながら言う。
「ほかの二人よりもイリが美味いんだよ。なんでかわかるか?」
「さあな。オレら悪魔は光の属性が嫌いだから食ったことねぇからわからん。お前が元人間だからとかじゃねぇか? 知らんが」
いつの間にか持ってきていたリーナを食いながらベルゼは答える。
悪魔は光属性が嫌いか。神に近しい属性だったりするからか? 俺は別段光属性に嫌悪感を抱いたりしてはいないしなぁ。……謎でしかない。
「まあ、美味いからいいか」
気にしないでおこう。
その後、俺とベルゼは食事を楽しんだ。
すべて食い終わるころには結構な時間が経っており、久々に満腹になった俺たちはボス部屋を後にする。
階段を登った先が血だまりになっているのに気が付いてベルゼを見る。
その視線に気づいたベルゼは「ククク」と笑いを溢すと「不味かった」と短く答えた。
「はぁ……」
せっかくあいつ等使って一工作しようと思っていたんだがな。
まあ、食われちまったもんはしょうがないか。
彼女たちとは一緒に街を出たため、彼女たちがいなくなったのがわかった時、最初に疑われるのは俺になる。どうにかその言い訳になるものを考えながら帰ろう。
久々の満腹だというのに、なんで頭を働かせなきゃならんのだ。
今回ばかりはベルゼを恨む。
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