第6話
樽に腰かけ、右手に持ったまだ温かい肉の塊――心臓をリンゴのように噛り付く。
肉汁のように噴き出す血液は俺の右手を濡らし、口元を汚した。
「魔法使いは美味いな。濃厚だ」
平凡な学生だったはずの俺から出ているとは思えない言葉に、自分で言っていて苦笑いを溢す。
「だろ? 魔法使いや魔術師はは魔力が多いからなぁ。外で食った奴なんかとは比べ物にならんだろ? 盗賊なんかに魔法使いがいてラッキーだったな」
ベルゼは盗賊だった腕を齧りながら言う。
もし、これが勇者や聖女だったら?
あいつらは通常の人間なんかよりも魔力を多く持っている。ってことは――
「ククク。今勇者の味を考えていただろう?」
「……」
図星だ。
俺が答えないでいるとベルゼはまたも「ククク」と笑う。
「勇者や聖女は美味いぜ? 一度食べたことがあるがあれは格別だった」
格別。
人間でいう高級な牛肉とかを食べるようなものだろうか? 俺は想像して無意識に涎を飲み込んだ。
……思考が人間離れし始めてるな。
「んで? ここにいる奴らで村人全員っぽいがどうする?」
「金銭奪ってデカい街にでも行く」
これだけファンタジーな世界なんだ。冒険者とかギルドとか存在しているだろうしな。一度はなっておきたい所だ。
それに、冒険者なら美味い飯にありつけそうだしな。
「デカい街か。だったらここから東に行ったところに街道がある。そこを南に向かっていけばこの領土で一番デカい街があるな」
なんでこいつは領域内にいたのに外に詳しいんだ。
「ククク。不思議そうだなぁ? ま、オレくらいの悪魔なら眷属の一匹や二匹くらいいるもんさ」
俺の顔を見て察したのか、ベルゼは外に詳しい理由を教えてくれた。
眷属か。なるほど、領域内から眷属を飛ばして外の様子を見ていたのか。
「ならその街に行こう」
「休まなくていいのか?」
「もう、なんか休む気なくなったわ」
運動と食事をしてすぐってのもあるしな。もうこのまま街のほうまで向かった方がいい気がしてきた。
とりあえず、路銀として宿屋にある金銭を漁り、ついでに血で汚れてしまった服を着替え盗賊の村を後にした。
翌日。
夜通しが移動を突き進むもまだ街には着かないでいた。領域はだいぶ辺境の場所にあったのだろう。馬車でもあればもう少し先に進んでいたのかもしれないな。
ファンタジー小説定番の貴族救出イベントでも起きてくれたらありがたいんだがな。そう都合いいもんではないか。
「お、リンドウ上を見てみろ」
「?」
ベルゼに言われ俺は空を見上げる。
そこには鳥のような黒いシルエットが見えた。
「なんだあれ」
「ワイバーンだ。あいつを食えば風の魔法が使えるようになるぜ」
なるほど、ワイバーンか。
だがなぜ風の魔法なのだろうか?
「なあベルゼ。なんで風の魔法なんだ?」
疑問に思ったことはすぐに聞く。
「ああ。そうかリンドウは知らないんだったな。ワイバーンやドラゴンなんかの竜種は翼だけではまず飛ぶことはできない。体が重すぎるからな。だから魔力を使って浮遊しているんだが、魔物にも得意属性があってだな。ワイバーンの得意属性が風ってな感じだ」
「ふむ」
「お前が地と水属性が使えるのは領域内にいた地と水属性持ちを食ったからだな」
「なるほど」
ベルゼにお前は地と水が使えると領域内で教えられたが、なんの才能もなかった俺が魔法を使えるようになってたのはそういうことだったんだな。
「風の魔法が使えりゃ空を飛ぶことだってできるぜ?」
「……? 魔力があれば飛べるんじゃないのか?」
ベルゼの説明の仕方だと魔力があれば飛ぶことも可能なように聞こえる。
「いいや。浮遊は風の魔法だ」
「なら風属性をもたない竜種はどうやって飛んでるんだよ」
「風属性を持たない竜種はいないってことだ。得意じゃないだけでな」
なんだ? つまりは攻撃とかには使えないほど得意ではないが飛ぶくらいには使えるってことでいいのか?
思ったことをそのままベルゼに投げかけた。
「ま、そういうこった。っと、逃がすとこだった」
魔法ってのはよくわからんな。
ベルゼは俺との会話を切り、地魔法で作り出した槍を上空にいるワイバーンに向けて投げて落とした。
落下地点に向かい、頭を潰して狩りは終わる。
「ほれ、お前には心臓をやる」
差し出されたのは人間の二回り位大きい心臓。ちょうど小腹もすいてきたところなので遠慮なく頂くことにした。
服を汚さないように動脈から血をすすり、汁気がなくなったところで肉を食べ始める。
さすが魔物の心臓。肉厚で食べ応えがある。それに盗賊の魔法使いよりも魔力量が多かったのかめちゃくちゃ美味い。
体の中に魔力が浸透するような感覚もあり、新しく力を得たのだろう。
「ククク。相変わらず美味そうに食うねぇ」
美味いから仕方がない。
受け答えで口を動かすよりも、食で口を動かし続けた。
心臓を食べ終えた後も残った本体を俺とベルゼでたいらげた。
「ふぅ」
満腹である。
「これで飛べるようになったのか?」
「練習は必要だがな」
ほう。
物は試しだ。目を瞑り、身に宿した新しく手に入れた力を探す。緑色の魔力を見つけ、それを引き出してみた。
体を覆うようにそれを展開していき、浮遊するようにイメージする。
「クハハ! 魔法の才能があるなぁ」
横から楽しそうなベルゼの声が聞こえる。目を開けてみると、胡坐をかいて座っていたはずの俺が立っているベルゼと同じ目線になっていることに気が付いた。
下に視線をやると、座っているにもかかわらず地面が少し下の方に見える。どうやら成功したようだ。
「こんな簡単でいいのか?」
ゆっくりと地面に下りながら言う。
「無駄に魔法の才能があるんだろ。そこらの人間じゃそこまで浮くのに半年はかかるはずだ」
皮肉なもんだな。
才能なしとして領域に捨てられたのに、いざ使ってみると簡単にできちまう。
俺を捨てたクソ共にざまぁと大声で言ってやりたいぜ。
「ククク。リンドウを捨てた奴らもバカだよなぁ。こんな才能の塊を捨てちまうなんてよぉ。ま、おかげで出会えたわけだがな」
いつも以上に楽しそうなベルゼを横目に、俺は浮遊の練習をする。
腹ごなし程度に練習し、ある程度身体に染み込ませたところで俺は立ち上がる。
「さて、練習はこれくらいにして街を目指すか」
「浮遊していくか?」
「会得したばかりだ。確実に出来るようになってからにしたいところだな」
「そうかい。なら、魔法の練習がてら走って向かおうぜ」
表情の見えないベルゼだが、どことなくニヤニヤしているように思える。
「走り?」
「浮遊以外で風属性の使い道を教えてやるってんだ」
「……ご教授願おうか。ベルゼ先生」
「クハハ! 気色わりぃ!」
せっかく持ち上げてやってんのに酷い奴だ。
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