第2話

「はぁ・・・はぁ・・・」

「Gugyaaaaaaaaaa!!!」


 どことも知れぬ迷宮の中。

 俺はモンスターから逃げていた。





 あの魔法陣はもまた転移の魔法陣だったようで、俺は石造りの壁と天井で囲まれた遺跡のような場所に飛ばされたようだ。

 俺は満身創痍の身体に鞭を打ち、壁際まで移動して背を預けた。


「殺す」


 アイツらの顔、笑い声が頭の中をぐるぐるする。

 それを振り払おうと一言こぼす。


「生きる。生きて殺す」


 そのためにこの場所から出ないと。

 ここがどこだかわからない。

 生贄として飛ばされたのだから神に連なる遺跡かなんかだろうか。


「く・・・ッ」


 痛む身体を無理矢理立ち上がらせ、出口を探すことにした。

 このままこの場にいても飢え死にするだけだろう。

 死ぬのも時間の問題だろうし、どうせ死ぬのなら足掻きに足掻いて死んでやろう。



―――そうして迷宮内を彷徨い始めたのが少し前。


 途中でツルンとした皮膚をした狼型のモンスターに出くわしてしまい、今に至る。

 満身創痍の俺がここまで逃げられているのは遊ばれているからだろう。

 俺が逃げ惑うのを楽しみ、力尽きたところを襲うつもりに違いない。

 なら、奴が飽きるまで逃げてやろう。

 何分でも、何時間でも、何日でも、体力が続く限り。


「ちっ」


 角を曲がったところで舌打ちをする。

 行き止まりだった。


「Gurrrrr」


 振り向くと涎を垂らしながら唸る奴がいた。

 その顔がにやにやと笑みを浮かべているように見えて、アイツらの顔が脳裏に浮かぶ。

 とても。そう、とても気に食わない。

 イライラする。殺意が沸く。

 俺の力ではこのモンスターには勝てない。わかっていても殺したくて堪らなくなる。

 ゆっくりと近づいてくる奴に、俺は合わせるように後ずさる。


「ッ!?」


 何歩か後ずさった時だ。

 俺は足元に転がっている何かにつまずき、倒れてしまった。

 それと同時に奴が襲い掛かった来た。


「クッ」


 仕留めるために俺の首を狙うモンスター。

 腕と足で抵抗するも、モンスターの力は強く押し切られてしまった。

 俺は無意識に右腕を前に出して首への噛みつきを回避する。


「あ″あ″あ″あ″あ″あ″あ″あ″あ″あ″あ″あ″あ″ッ!!??」


 前に出した右腕を噛まれ俺は悲鳴を上げる。

 体験したことのない痛み。

 奴の歯が腕に食い込み噛みちぎろうとしてくる。

 どうにかしようともがいていると、ふと左手に棒状の何かが当たる。

 咄嗟に掴み取り、モンスターの頭へと叩きつけた。何度も何度も何度も――。

 何度叩き込んだかわからないが、奴から力が抜ける。

 俺に覆いかぶさるように倒れて来るモンスター。

 左手を見ると、持っていたの短剣だった。

 短剣には血がべっとりと付いており、運よく刃の方で叩きつけていたのだろう。


 生き残った。

 生き残った生き残った生き残った生き残った生き残ったッ!!!


 喜びの感情。

 嘲笑った相手を殺せたことへの歓喜。

 ニヤつくアイツらへの復讐へ一歩近づいた。


「Garrrrrr」


 そんな喜びも一瞬だった。

 血の匂いに釣られて奴の仲間が集まってきた。


「クソ」


 俺に群がるモンスター共。


「クソ」


 俺の復讐はここで終わり・・・?

 何も出来ずに?


「こんなに俺を苦しませて楽しいか。神様よぉ」


 なんで俺がこんな理不尽な目に合わなければならない?

 ふざけるなよ。

 俺が何してたってんだよ。

 クソッたれ。

 クソクソクソクソクソクソクソッ!!


「クッソがあああああああああああああああああああああああッッッ!!!!!」


 俺はモンスター共に首を噛みつかれたところで意識を失った。


「ククク。喚くねぇ」


 失う寸前、誰かの声が聞こえたような気がした。







 目が覚めた。

 石造りの天井。硬く冷たい床。

 天国や地獄ではないのは確かだ。いや、地獄に変わりはないか。


「目が覚めたか」


 声と共に俺の顔を覗き込むデカいハエの顔。


「ッ!?」


 俺は跳び起き後ずさる。


「ククク。そんなに警戒すんなって」


 笑うそいつはハエの頭を持ち、人間のような体に背から透明な羽を生やしていた。

 面白いことにそいつは燕尾服を身に纏っていた。

 明らかに人間ではないそいつに俺は警戒する。


「ったく。助けてやったのにその対応はないと思うがなぁ」


 やれやれといった感じで肩をすくめるハエ人間。


「助けた・・・?」

「ああ。犬どもに食われかけてたお前を助けてやった。だってのにその対応。傷つくぜ」

「・・・すまない」


 現にこうして生きている。助けられたのは事実なのだろう。

 俺はお礼を言うために立ち上がろうとする。


「おお、やめとけやめとけ」


 ハエ人間の言葉に疑問符が浮かぶが、それもすぐに分かった。

 右足をつこうとしたときバランスを崩し倒れてしまう。

 見ると、右足がない。それだけじゃない。左腕もなかった。

 噛まれた右腕は何故か傷がなく汚れているだけ。


「オレが見つけた時には犬どもに引きちぎられてたんだ」

「そう・・・か。何故助けた」

「うーん。そうさなぁ。あえて言うなら神への恨み言が聞こえたから」

「神への?」

「ああ。お前意識失う直前神に対して憤怒していただろう? それが聞こえたのさ」

「心の声が聞こえたと?」

「んまぁな。オレも神を恨んでいるのさ。殺したいほどにな」

「そうか」

「ほら食え」


 ハエ人間は俺にパンを投げ渡してくる。


「食べながら話そうぜ?」


 ククク。と笑いながら座るハエ人間。

 動くことのできない俺は従うことにした。


「何を話す?」

「お前の事に俺の事だ。お前はなんでこの神の領域にいる?」

「神の領域?」

「それも知らねぇのか。ここは神アグノットの作った迷宮でな。ここで死んだ者はアグノットの力として取り込まれちまうんだ」

「・・・それで生贄か」

「生贄?」

「ああ」


 俺はここに来た経緯を話した。


「はーん。なるほど。勇者に魔王ねぇ。大罪たちがいなくなったから出しゃばってきたか」

「今度はそっちの番だ。大罪ってのは?」

「七つの大罪って知ってるか?」

「知ってる。傲慢、嫉妬、憤怒、怠惰、色欲、強欲、暴食。その七つの大罪だろ?」

「博識だこと。その大罪で合ってる。昔はその七つの大罪がこの世界を支配していた。だが、ある日アグノットが大罪たちを襲い始めた。粛清、世界の救済だと抜かしてな。生き残ったのはオレ一人。オレはこの神の領域に逃げ込むことでどうにか生き残ったわけだ。面白いよな。神に殺されそうになったが、神の創造物に助けられたんだぜ?」


 ククク。を笑うハエ人間。

 話からするに彼は七つの大罪の一人だ。

 七つの大罪で見た目がハエか。


「お前は暴食の大罪なのか?」

「お、大正解! オレは暴食を司る悪魔だ」

「悪魔。通りで化け物みたいな見た目なわけだ」

「ククク。なあ少年。オレと契約しねぇか?」

「悪魔と契約。はは! それもありかもな」

「聞くからにお前は力を欲している。勇者ども殺すための。復讐するための力を」

「魅力的だ。だが、お前へのメリットは?」

「お前が手にする力でさらに力を手に入れられる。その力をオレが貰い受けるわけだ。それでオレも神への復讐が出来る」

「つまり契約内容は」

「お前に力を授け、願いを叶えさせる。見返りは願いを叶え力を得たお前をオレに喰わせろ」

「ははは! さすが悪魔。いいぜ。契約しよう。俺は奴らに復讐できればそれでいい」

「ククク。じゃあ契約しよう。拳を出せ」


 俺はハエ人間――悪魔の言う通りに右拳を前に出す。

 それにぶつけるように悪魔も拳を出す。


「名は?」

「竜胆零士」

「かっけぇ名だ。我、暴食を司るベルゼ。リンドウレイジと契約を結ぶ」


 そう彼が言うと、ぶつけあっている拳が光りだす。


「契約内容。リンドウレイジに力を授ける。見返りは彼の命。同意するか?」

「同意する」


 俺の言葉で拳の光が増し、収まると手の甲に紋様が浮かんでいた。


「契約完了だ」

「力は? 変わった気がしないんだが?」

「お前が得た力は喰った相手の力を奪う能力だ」

「暴食らしい能力だな。でもそれって俺が相手を倒せなきゃ意味なくないか?」

「お、気付くか。舞い上がって死んだら滑稽だったんだがなぁ。ククク」

「悪魔め」

「悪魔だからな」

「ははは!」

「ククク」


 俺たちは互いに笑いあう。


「これを喰え」


 悪魔――ベルゼに渡されたのは犬の死骸。


「このままか?」

「暴食の力を得たと同時にお前は悪食になってる。なんでも美味く感じるさ」

「不味かったら恨むからな?」


 そう言って俺は犬に齧り付く。

 確かに生臭さは多少なりとあるものの味は美味く感じる。


「すっげ。躊躇いもせずに行きやがった」


 ケタケタと笑うベルゼを横目に俺は犬を食い続ける。

 久方ぶりのまとも? な飯だからか、それとも暴食の力を得たからなのか、食の手が止まることはなかった。


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